第25話 だから言わないでぇぇ

「わぁぁ! びっくりしたぁぁ!」


 心臓に悪い。まだ血圧等に異常があるわけじゃないが、あまり驚かさないでもらいたい。

 特に間近で顔をのぞき込むのはやめてもらいたい、その整い過ぎている顔で。


「何かと思ったら、アイツと話して楽しそうにしてる……なんか嫌だ、腹立つ」


 クラヴァスは顔をしかめ、完全にふてくされている。きっと彼に尻尾が生えていたら怒りで毛が逆立っているかもしれない。


「ク、クラヴァスくん……えっと、いつからそこに?」


「アンタの隣に来たのは、たった今。アイツが離れてから。アイツとの話は離れた位置から最初から聞いていた。だって気になるじゃん、好きなヤツが他のヤツと関わってるの」


「そ、そうなんだ」


 そこでしばし沈黙します……ん? なんか言ってなかった、この子、すごいことを。

 そのことについて聞き返したいんだけど言葉を失いました……えーっと? 好き……?


「あ、バエルなら事態が治まったから帰った。というか、アイツもジャンに現れた魔法陣のことが気になるって。普通に召喚で使うものとは違う気配がするらしい。アイツが気にしてるなら俺も調べてみるつもりだけど」


 そ、そうか……いや、そうじゃない。それも気にしていることだけど、自分が今、気になることは。


「しっかし、明日からの講師、マジで最悪だ。アイツにだけは関わりたくないのに。しかもアンタに攻撃するなんざ、マジキレる。今度やったら学校ごと吹き飛ばすかも」


 彼が言うと冗談に聞こえない。そこだけは「やめた方がいいよ」と否定しておきたいが、まだ言葉が出てこない。


「心配すんなよ。もうアイツの好きにはさせないから。またアンタに何かしたら俺は容赦しない」


「ク、クラヴァスくんっ……」


 やっと声が出た。のどが張り付いているみたいに、まだ出づらいけど言わなきゃ。


「そ、そんなことまで、君がする必要はないよ……だって、ジードは君の兄。家族だよ」


 声が苦しくて、下を向きながら話した。


「さっき、ジャンとの会話、聞いていたんでしょ。僕は家族はいない……いつも一人だ。だからたとえ嫌いな相手でも、家族がいるのは良いと思うんだ。いつかは和解するかもしれない……相手の良い面に出会えるかもしれない」


「そんなの、ないって、絶対」


 クラヴァスの即答に、フフッと笑ってしまった。そう今は無理だろう。でもいつかは、その可能性はある。いつでも思い返せば一人じゃないと思えるだけ、いいと思うんだ。


「今はいいよ、それでいいんだ……クラヴァスくんの思いのままにするといいよ」


 それを言った後、自分の思考は止まった。

(ヤバ)

 言った後で後悔。今のクラヴァスに言っちゃいけなかったかも。


「あぁ、俺は俺の好きに動いてる。だからアンタのことを好きって言うのも自由だろ」


 恐る恐る顔を上げると。クラヴァスはジッとこちらを見ていた。怖いものを見たような血の気が引く感じと、カァッと顔が熱くなる感じの両方に見舞われる……更年期、かなぁ……?


「バエルに教えてもらってやっとわかった。俺がアンタに対してどう思っているのか。好きだっていう気持ちなんだろ、これが。だから俺はアンタにキスとか――」


「い、いい! いいっ! それは言わなくていいからぁっ!」


 バエルも余計なことを言ったもんだ。クラヴァスはそれを素直に取り込んでしまったじゃないか。

 自分はそんなのはあり得ない、と当然否定するしかない。納得するわけにも同意も絶対にできないのだ。


「クラヴァスくんっ、よ、よく聞いて……君は、そういう経験がないから、よくわからなくなっているんだよ。あ、も、もちろん僕も経験はないけど……でも、君のその気持ちは違うよ。それはもっと、これから、別の人に向けるべきで」


「……何言ってんの」


 クラヴァスの表情はあからさまに不機嫌になる。


「アンタ、俺をガキだと思ってバカにしてんな? 確かに俺は好きとか愛とか、そんな経験ない。でもそれがそういうもんなんだとわかれば、これが好きなんだってわかるっつーの」


 その言い方がすでに子供っぽくもある。意地を張っているみたいな。


「で、でも! 君は十六歳だよ? 僕は君の倍の年齢で、おじさんなんだよ?」


「だからなんだよ」


「……なんだよ、と言われましても」


 どう言えば納得してくれるのだろう。背中を冷や汗が伝っている。本当にこんなおじさんを好きだなんて、あり得ないって。


「じゃあ、俺が聞く。アンタ、俺が嫌い?」


 それは聞き方が悪すぎる。

 嫌いじゃない、としか言えないじゃないか。


「じゃあ好き、だろ?」


 それも聞き方、どうかと思う。もちろん“好き”ではあるけど。恋愛に関する“好き”では……。


「好きならいいじゃん」


「す、好きにも色々あるよっ? クラヴァスくんのことは生徒や友達としては好きと断言できるけど」


「でもアンタ、嫌がらない。キスしても抱きしめても」


 それを言うなぁぁぁ。

 確かに嫌じゃない、拒絶はしない。

 ちょっとは……ちょっとだけは、そんなに好きでいてくれて嬉しいな、と思うけど。


「アンタが俺を信じてないだけだな」


 不機嫌そうだった表情は一転、不敵な笑みに変わる。


「ま、いいや。信じてないなら信じさせるだけだ」


 自信満々に言い切るクラヴァスに逆らえないものを感じ、不安と緊張に動悸がしてきた。

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