第24話 清掃完了!

「確かにクラヴァスのことは気に食わねぇよ。でもイチ生徒だし、殺したいまでは思ってない……はずだった」


 は、はず、だった? その言葉に怖いものを感じる。ジャンの視線も申し訳なさそうに左右に動いているから……嘘では、ないのだろう。


「ただ、なんだろ……数日前から頭が痛い時があって。無性に暴れたくなるような、変な気分になってたんだよ」


 ジャンによれば、そんな時に不意に魔法陣を描いてしまった気がする、らしい。無意識にそんなことをするなんて、あり得るのだろうか。


「だ、だけどっ! 俺の魔力なんてそんな大したことないからっ! 悪魔召喚だって蚊みたいなのがやっとだって言ったじゃん! バエルなんて無理だし!」


「で、でもバエルの魔法陣を描いたのは君、なんだよね?」


 それを突き詰めるとジャンは「あぁ〜」とイラ立ちながら黒髪をかいた。


「でも無理なもんは無理だからっ!」


「じゃあさっきのムカデみたいなのは?」


「はっ? ムカデ? なんだよそれ! そんなのも知らん!」


 ダメだこりゃ。とにかくジャンの記憶は曖昧らしい。やはり先程消した紋様が関係しているのか。後でクラヴァスやバエルにも聞いてみよう。

 そう考えた時、ふと自分の手に握られた雑巾を見て思い出した。


「……あ、そういえばジャン、顔、痛くない?」


「顔? 何が?」


「さっき額に変な魔法陣が現れたから薬剤かけて拭いたんだ……これで」


 ヒラヒラと少しグレーがかった雑巾を見せる。一応「洗ってはあるよ〜」とさり気なく、つぶやいておく。

 だがジャンはそれよりも気になったことがあるようだ。


「額の魔法陣って、あからさまに怪しいじゃん。これは何かしらの陰謀を感じるなぁ〜」


 急にジャンがニヤけ出した。そっちに気が入ったので雑巾で顔を拭いたことはお流れになったようだ。


「レオ、それについてさ、一緒に調べてみようぜ。なんかワクワクする」


「ワクワクって、子供じゃないんだから」


「いいじゃ〜ん、別に。むしろこれが騒動に発展して、さらに大事になったら嫌だろ? お前も仕事なくなるぞ」


 ジャンは目の前の未知なる事態に胸を躍らせているようだ。つい最近まで「つまらない人生」なんて嘆いていたくせに。彼に必要なのは刺激だったのもしれない……まぁ、わからなくはない。


「いいけどね、僕も仕事なくなったら嫌だし」


「よっしゃ、じゃあこの件はパナ学長や他の教員にも言うなよ……あ、あとさ……」


 急にジャンは姿勢を正すと真剣な顔つきになり、頭を下げた。何かと思ったら「ごめん」と謝罪の言葉が聞こえた。


「お前のこと……覚えてないけど、ひどいこと言ったと思う。ごめん、悪かった……確かに俺はお前をうらやむこともあったよ……それは所詮、俺のないものねだりだ。お前がうらやましかっただけ。お前が大変な目にたくさん遭ったのもわかってるつもりなのにな」


「ジャン、別に……」


「いや、ちゃんと言わなきゃ。ごめん。とにかく俺はずっとお前の友達でいたいんだ。レオみたいにイイヤツなんて滅多にいないし。どうか俺を許してくれ」


 そこまで言われても怒りなんて元からない。さっきは少しだけムカついて声を荒げてしまったけど、自分のイラ立ちやむなしさなんて結局すぐに消えるものなのだ。

 だからこそ、ここまで生きてきたのかもしれない。


「あと、お前に取り憑いたバエルとかいう悪魔だけど――」


「あ、それはいいんだ」


 ジャンの言葉を途中で止めた。そこについては何も不満はない。


「バエルくんはね、とても良い子だよ」


「良い子って、相手は悪魔なんだろ。取り憑いてたらお前の命がっ」


 そう、半年の期限。でもそれを決めるのは誰なんだろう、悪魔のしきたり? バエル自身?

 どちらにしても自分がしたいのはバエルを“祓う”のではなく、彼が望むようにしてあげたい。


「そこについてはどうにか、なるかもしれない。だから今は気にしなくていいよ。それより君が気になることを調べていこうよ。それに明日、ジードが特別講師で来ちゃうんでしょ。今のうちにメンタル鍛えておかないと、また沈むよ」


「……お前がそう言うなら。メンタル鍛えるならクラヴァスの野郎と一時間も話せば嫌味の応酬で鍛えられそうだぞ」


 それはジャンに対してだけで自分の場合は『キスしたい』とか……もっと別の意味でメンタルをすり減らすことになる気がする。


「あ、そういえば特別寮にクラヴァスくん達を置いてきてるんだ、掃除道具も。僕は戻るよ」


「あぁ、俺も授業あんだわ」


 今さっきの騒動が嘘のように。お互い「じゃあ」と言って別れようとした。


「レオ!」


 少し離れた位置でジャンが呼んだ。


「お前の、その掃除ってさ、多分魔法より最強なんじゃね? なんでも消せる気がするぜ!」


 それはいつかも誰かから言われた気がする言葉だ。誰だったか。最強とまでは言われなかったけど。

 ジャンは足取り軽く去っていった。とんでもないことになっていたが、彼との仲が壊れなくて良かった。


「……ふふ、モップが最強ねぇ」


 モップで世界が救えるかな。

 そんなことを思って笑っていた時、すぐ隣で「なんか楽しそう」と、ひがむ声がしてレオは飛び退いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る