第23話 清掃してしまえ!

「そんなことはない。僕が何もないのは、ジャンが一番わかってるじゃないか」


 彼の身体にまとわりつく気味の悪いムカデを見たら怖気づきそうだ。

 だが彼の“誤解”を解くためには正直な気持ちを伝えた方がいいのだろう。


「前にも言ったじゃないか。僕は色々なことを楽しむようにしてるって。だから笑ってられるんだよ」


 そうでなければ。何もない、何も望めない自分はただつまらない人生を送るだけだ。ほんの少しでもいい。何かしら楽しんでさびしくないように生きていたい。自分だってそれぐらいは望みたいのだ。


「学生の頃に話したけど、僕も魔法使いの家柄なんだよね。でも生まれつき僕は魔力なし。両親はいつかは魔力が生まれるんじゃないかと期待して魔法学校に入れたけど、結局開花することはなかったんだよね」


 その結果、家族には見放された。


「家も将来も僕はなかった……正直言うとすごくさびしかったよ。魔法が使えたらって何度も思った。もっと正直に言うと力のあるジードが憎かったし、魔法が使える君のことも、とてもうらやましかったんだよ」


 自分で言っておいて少し驚きだ。自分は誰かを憎いと言ったことはなかった。それを口にしたら良くないと思って心の中にしまっていたけど今は言葉が出てきてしまう。


「僕がただのんきに笑っていると思った? でもそうでもしなきゃ僕は何も楽しめなかったんだよ! 無理にでも笑わなきゃ、何もなかったんだ!」


 くやしい。だんだん、くやしくなってきた。


「魔法が使えないなんて! 好きでこうなってるわけじゃないのに!」


 両手を握りしめた時だった。

 ジャンは無表情で魔法陣の上に立ち、その身体をムカデにゆだねていたが。その額に妙なものが現れていた。


「ま、魔法陣……?」


 丸い円の中に紋様が描かれた小さな黒い魔法陣だ。中心にムカデに似たドクロのような絵があるが、ちょっと前に見たバエルの魔法陣に似ている気がするが、あれはバエルの魔法陣であって、ジャンの額にあるのはそれとは違う。


(ムカデの召喚魔法陣はジャンの足元にあるヤツだ……それはジャンが描いたヤツだからわかるけど)


 額のは一体何を表しているのか……でもどうにかできる気がした。

 レオはウエストポーチから薬剤二種類を選び、それを使おうとしたが。


(あ、モップがないっ)


 愛用の掃除道具は特別寮に置いてきてしまった。どうしようと考えていると自身のポケットに別の掃除道具が入っていた。こうなれば仕方ないと、それに薬剤を染み込ませ、レオはジャンに駆け寄る。


「ジャン、ごめんっ!」


 窓を拭く用の“雑巾”だけど! ちゃんとゆすいだから許してほしい……!

 ムカデは怖かったが意を決して、ジャンの顔面に雑巾をボフッと当てる。

 ジャンは「んんっ⁉」と暴れようとしたが、それをなんとか押さえつけた。


 すると変化は起きた。いつもの清掃のように魔法陣と薬剤が合わさったことによって蒸気が上がった。薬剤を身体に使うのは初めてなのだが天然の薬草を使っているから肌に悪くはないはずだ、多分。


 ムカデが――ドクロが「シャアッ」と威嚇するような声を上げた。不気味すぎて腰が引けそうになったが踏みとどまり、友人の名前を叫ぶ。


「ジャンッ! 生きてるっ⁉」


 そうは言ってもジャンは雑巾で顔を塞がれているので話せないけど。

 だが薬剤が効いてきたのか、ジャンの魔法の効果はゆるみ、足元の魔法陣が薄れていく。ムカデは最後にもう一度叫び声を上げ、そのまま霧散するように消えていった。


 ムカデも魔法陣も完全に消え去る。目の前には未だに雑巾を当てられたジャンがいるが。

 やがて自分の手首がガシッとつかまれ、雑巾を押さえる手が力づくで外される。


「ぶっはー! 息っ! 死ぬぅっ!」


 そこには真っ赤な顔をして息を吸うジャンがいて、彼の額の紋様は綺麗に消えていた。


「はぁ、はぁ……な、なんだっつーの!」


 何が起こったのかわかっていないのか、ジャンが肩で息をしながら周囲を見回す。

 そしてすぐ目の前にいた自分と目が合い、不審そうに目を細めた。


「あ? レオ? 何、してんの?」


 そこにいるのは先程までの違和感のある友人ではなく、いつもの友人だ。何があったのか全く理解していないらしい。


「ジャン? ……元に、戻ったの?」


「は? 元? 何が? ってか、お前、なんで雑巾かまえてんの?」


「え、えっと、清掃が終わったところだよ」


 どう説明したものか悩むが。とりあえずジャンに特別寮であったことなど、イチから説明した。


「はぁ! 嘘だろっ! 俺がジードを追い返せるわねぇじゃん! ってかジードが来てやがったのかよ! よりによって特別講師がアイツなわけっ! マジで最悪っ!」


「う、嘘じゃないって。ジャンが、なんか妙に迫力あって魔力もパワーアップしてたみたいで……」


 どうやらさっきまでの記憶はないようだ。あの額の紋様のせいだろうか。

 だが数日前の出来事は別だと思う。

 彼の“悪事”……クラヴァスに危害を加えようとバエルの魔法陣を描いたことは。


 そこも追求してみると。ジャンは「あー……」と決まり悪そうに指で頬をかいた。


「そ、そんなことも言っちまってたわけか」


「うん、僕とクラヴァスくんの命、どうでもいいみたいなことも」


「えぇっ!」


 ちょっとだけ恨みを込めて……なんて。実際は大して怒ってなんかいない。

 それにジャンが驚いているということは、そんなことは思っていない、というのが本心なのだ……良かった。


「ご、ごめんっ! レオ! 俺、そんなつもりじゃあ……ってか、全然覚えてねぇ。覚えてねぇけど……」


 ジャンはため息をつき、うなだれながら話してくれた。

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