第22話 ジャンの裏の言葉

「ちょっと、ごめん!」


 クラヴァス達にそう声をかけ、レオは特別寮を飛び出した。

 今の声は間違いない、自分が知る、あの人だ。魔法で今の事態を収めたということは彼は近くにいるはずだ。



(あいつに、なぜあんなことが?)


 あのジードでさえ追い返してしまった。あの二人の魔法を簡単に消し去ってしまった。彼にそんな力はないはず、いつも一緒にいる自分はわかっている……なのに。


 特別寮の周囲は森だ。魔法使いなら魔力をたどれば相手の位置がわかるのかもしれないが自分が頼りにできるのはカンのみだ。

 だがカンは当たってくれた。それとも彼が引き寄せたのか。

 森の中でにっこり笑う、ご機嫌そうな友人を。


「ジャン」


 今さっき怒った様子を見せていた彼だが、今はご機嫌だ。ズボンのポケットに手を入れ、余裕そうだ。


「よぉ、レオ。慌ててどうした?」


「ど、どうしたじゃないよ。さっきのアレ、君がやったんだろ」


「アレって、なによ?」


 とぼける気か。だがジャンの素振りはあからさまだ。


「僕は魔力はないけど友人の声ぐらいわかるよ。さっき特別寮で騒動を静めたのは君だ」


「ほぉ〜、よくわかったな」


 ジャンは両手を出すと、力を見せびらかすように両手を空に向けた。


「見たかよ、さっきのジードの様子……アイツがビビってたんだぜ? あのクソ性根の腐ったヤツがよ? 信じられねぇ」


 ジャンはククッと笑う。その様子はいつものジャンとは何かが違う。


「一体、何したんだい? なぜかわからないけど、クラヴァスくん、も驚いていたし……」


 バエルくんも、と言いかけたがジャンは知らないことだと思ってとっさに飲み込んだ。

 正直なところ、ジャンの魔力は大したことはないはずだ。教員として高い能力はあるがジードにかなうわけはなく、クラヴァスでやっと、だと思う。


「そうだなぁ、あの場にいた全員、驚いてたよな……ってか、なんでお前、悪魔なんか連れてんだ?」


 懸念するまでもなかった。バエルのことはすでにバレていた。

 だがジャンはさらに笑みを濃くして「なーんてな」と言った。


「聞くまでもないわな。お前に取り憑いちゃったんだろ、悪魔バエル。魔力を持った人間が好きな悪魔。お前が魔法陣触っちゃったんだもんな」


 ジャンの言葉に息が詰まる。自分は何を言われてるんだ、と頭の中が遠くなるような感覚に襲われる。


「だって俺だもん、新一年生に逆転の魔法を教えたの。万が一の時のため〜って教えたんだけど。クラヴァスがまさかそこに使うとはね。というか使う時点でひどいヤツだ。やっぱりアイツは最低だな」


 逆転の魔法。そのことについてはバエルやクラヴァスが言っていた。バエルの魔法陣は元は魔力ある者を狙ったものだったが魔法でそれを反対にした、だから自分は引き寄せられるように触れてしまったのだと。


「もう察しはついてるだろ? バエルの魔法陣は俺が描いたものだ」


「な、なんで……」


「言っただろ、俺はあのガキが嫌いだと。過去に散々、俺達を痛めつけてくれた野郎の弟だ。アイツにとって弟はどれほど大事かはわからないが苦しめてやれば多少はアイツも苦しいんじゃないかと思ったわけ。お前だってさぁ、ジードは嫌いだろ。現にさっきも襲われてたんだろ?」


 そこは否定できない。ジードのことを思うと全身が拒否するように痛む。さっきもそうだ、何もしていないのに一方的に痛めつけられた。


「で、でもクラヴァスくんは違うっ。彼は僕を助けてくれている」


「それは一応、お前に対する罪滅ぼしだろ? だってバエルが取り憑いたのはクラヴァスのせいだ」


「違う! それはクラヴァスくんのせいじゃっ」


 全ては成り行き、そうなってしまっただけ。


「そもそも、ジャンが悪魔召喚しなければ誰も被害に合わなかったはずだ。嫌いというだけで教員が生徒に危害を与えるなんて!」


「教員つったってさぁ、イチ人間なわけよ」


 長年の友人の言葉が信じ難い。こんなことを言うヤツではなかった。日頃愚痴ばかり言ってはいたけど、こんなことを。

 クラヴァスが一年生として入ったから? 過去を彷彿してしまったから?

 憎しみを抱くのは、わからなくはない。彼は夢も奪われたんだ。自分みたいに元から何もなくて、すでに落ち切っている場所で蹴られていたわけじゃない。高い場所から落とされたんだから。


「それにさ……別に俺はどっちでもよかったんだよ」


 ジャンは手を下ろすと足元に魔法陣を浮かばせる。なんの魔法かはわからないが黒い光がぼんやりと輝く。


「クラヴァスが死のうが、お前が死のうが俺はどっちでもよかった」


「え……」


「だってお前、いつも楽しそうなんだもん。何もないくせに。ただの清掃のおじさんのくせに。いつも笑って、のほほんとして、楽しそうだ。なんでお前は楽しそうにできるんだよ」


 ジャンの足元の魔法陣から生き物のようなものが浮かび上がってくる。それはジャンの身体を伝い、登ってくる。

 その外見にゾッとした。普通なら目があるだろう位置には黄色い光だけがある、ドクロの頭。カタカタと硬い音を鳴らしながら登る身体は人間の脊柱のようであり、そこには無数の足が生えている。言い表すなら骨のムカデ。


 それも足が震えそうになるぐらい驚愕だが。

 今のジャンの言葉は……?

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