友人に嫌われかけたから雑巾で清掃してやった
第21話 てんやわんやな事態です
喉を締めつけていたものがなくなったが身体に力が入らない。そこを支えてくれたのはどこから現れたか不明な、ジードとは別の、もう一人の青い髪。
そしてもう一人……ジードを吹き飛ばしたのは自分とクラヴァスの前に立ち、黒い翼を広げた悪魔。
「やれやれ、めんどくせぇことになってんなぁ」
二人はジードを見据え、ジードは現れた二人を見て笑った。
「クラヴァス! これはなんの真似だ⁉ 不思議なことだらけで超おもしろいんだけど!」
はじかれたジードは態勢を立て直すとまた壇上に立っていた。
「大事な弟と悪魔が一緒になって、魔力なしを助けるなんてどういうことよ⁉ ウケ過ぎてこの建物壊しちゃうかも!」
ジードは狂気じみたように叫び、両手の平を下に向けると足元に紫色の魔法陣を出現させた。
その途端、魔法陣から伸びたのは紫色のトゲの生えたツル。数本のそれはクラヴァスとバエルに向かってムチのようにしなり、飛んでいく。
二人は目を合わせてもいないのに同時に動いていた。クラヴァスはレオを背後に隠すとツルの動きを遅くする魔法を使い、バエルは翼から生み出した旋風でそれを切り裂いた。あっという間にバラバラだ。
(す、すご……この二人組んだら最強なんじゃないかな……)
しかし相手は魔法幹部の魔法使いだ。二人でかかっても、きわどいかもしれない。
「ジード! 俺はお前が嫌いなんだよ!」
しかし、弟からいきなり、とんでもない言葉が出ていた。
「そのお前が俺の大事な人を傷つけようとしてんだ! 許せるわけないだろっ⁉」
わぁぁぁ、すごいこと言ってるよぉぉ!
兄貴の前だよぉぉぉ!
「ちなみに! そこの悪魔も俺の友達だ! お前が悪魔嫌いでも俺にとっては関係ない! どっちも俺が守る!」
「おいおい! オレは守られるタマじゃねぇっつーの!」
バエルが非難の声を上げる。
「というか! オレはいつからお前の友達になった! ちょっと魔法教えただけじゃねぇか!」
「別に俺がどう思おうが勝手だろ! この俺がお前を気に入ったと言ってやってるんだ! じゃなきゃお前なんか友達もいないんだろっ!」
いつの間にか、言い合うために互いに距離を詰め、真正面で向き合っている。
あのぉ、僕、放っておかれてますけど……。
「俺はな!」
クラヴァスが叫ぶ。
「小さい頃から完璧だった! 俺に意見するヤツ、魔法についてアレコレ言うヤツなんていなかったんだよ! それがどうだ! ここに来てから俺を気にかけてくれるヤツがいて、避けようと思った悪魔は実は良いヤツだし!」
「な、何言ってやがるんだよ!」
今度は黒鉄色の肌のせいで詳細は不明だが。顔を赤くしたようなバエルが叫ぶ。
「オ、オレだって変な魔力なしに取り憑いたと思って嘆いてたのに! 話したらコイツすげぇ良いヤツだし! コイツの命を狙っているのにオレを悪魔の事情から助けようとしてくれてるし! 接近してきた悪魔祓いの血を引いてるヤツも返り討ちにしてやろうと思ったら、オレを友達扱いしやがるし!」
……なんだか変な展開になってきましたが。
お互いに胸のうちを吐き散らかし、肩で息をしている。自分とジードは呆然とそれを見つめるだけだ。
多分、この二人は似た者同士なんだろう。嫌われ者、孤独。でも完全に悪い性格をしているわけではない。
(うぅん……なんか自分も恥ずかしくなるような言葉があった気がするけど……まぁ、いいか)
二人は落ち着いたのか「はぁ」と同時にため息をついた。息もぴったりでおもしろい。
そして再びジードに向き直り、クラヴァスは足元に魔法陣を描き、バエルは両手に炎を生み出す。
「というわけでお前の入る余地はないっ!」
同時に同じことを叫び、魔法が発動した。クラヴァスの足元からは狼の群れが現れ、咆哮を上げて突進を。
バエルは無数の炎を投げつけた。
(ちょ、ちょ! 本当に建物が崩壊しちゃうって!)
そっちの方が心配だ。特別棟が壊れましたなんて報告がいったら、ここにいる全員にどんな処分が下るやら。
ジードはまだどうにでもなるとして、バエルも姿をくらませるとしてクラヴァスがヤバい。彼は前科もあるから。
「クラヴァス! お前は俺の弟のくせに俺の言うことが聞けないのかっ! おもしろいじゃん! お前が魔力なしをかばう⁉ しかも悪魔も大事ときたもんだ! 父と母がそんなこと許すと思うかっ⁉ お前を強制的に連れ帰ることもできるんだぞっ!」
ジードも二人を迎え撃つべく、再び紫色のツルを放つ。こんな数が多く、威力がある魔法がぶつかったら――。
「ダ、ダメだって! みんなぁっ!」
自分には力はない、モップで床を磨く他は叫ぶしかない。
でも全力で叫んだ時、目の前に変化が起きた。
その光景に、その場にいる全員は息を飲むしかなかった。
室内が一瞬にして暗闇になったのだ。唯一の光源になっていたのはバエルの炎だったが、それも時間差でシュンと消えてしまった。魔法陣も光を放っていない。窓から差し込んでいたかすかな日差しさえ遮られ、室内は完全な闇だった。
「な、なんだよ、これっ」
バエルのあせる声がする。
「バエルくん、大丈夫っ?」
暗いから自分も動けないが。これもジードの魔法か? でもジードも何もしてこない。
「魔法、誰のっ?」
この声はクラヴァスだ。彼がそう言うのは、きっとジードの魔法ではないからだ。
「……ケンカはそこまでだ」
すると、この場にいた声でないものが聞こえた。だが聞き覚えはある。常によく聞く声だから。
「全員、この場から立ち去りなさい。建物を壊されたら大惨事なんでね。忠告を無視したらどんな処罰をくらっても文句は言えませんよ。特別講師の方もいらっしゃるのは明日でしょう。フライングはマナーが悪いですよ?」
言葉が終わるとホールは明るさを取り戻した。その場にいた全員は周囲を見渡し、今の声の気配を探すがこの場にはもういないようだ。
「……ふん、仕方ないな」
ジードはそう言うと、足元にまた魔法陣を浮かばせた。
「クラヴァス、詳しくはまた後日聞かせてもらうからな」
転移魔法を使ったのか、ジードの姿は一瞬で消えた。
「ふん、お前と話すことなんかないっつーの」
めんどくさそうにため息をつくクラヴァスの背中を見ながら、レオは首をかしげる。
(今の声……)
あの人のもので、間違いないような。
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