第18話 友人の深い憎しみです

「お、終わりましたぁっ!」


 生徒達の教室清掃を全部を終え、担当に報告に行くと。担当の男性は唖然とした表情で声を上げた。


「えぇっ! お、終わったんですか?」


「は、はい! 終わってます! 各教室! 今日は先生達もこの後、使うようで全部チェックしてもらってますけど! 全部終わってますよ!」


 担当は壁にかけられた時計を見て、まだ唖然としている。


「……まだ一時間しか経ってない」


「えぇっ⁉」


 その事実には自分でもびっくりだ。普通、全部の教室清掃には三時間以上はかかる。別に手を抜いたわけではない。普通に仕事を遂行しただけなのだが。


「で、でも先生達がチェックしてるから問題ないってことですもんね……レオさん、すごいですね」


「あ、ははは……無心でやったから」


 笑ってごまかす。胸の中がずっとドキドキしていて、それを気にしないために無我夢中でやったのだ。ドキドキの原因はさっきのアレ。生まれて初めての、アレ……思い出しただけで鳥肌が立った。


「あ、じゃあレオさん、ちょっと臨時でお願いしたい場所が。校舎の少し先に特別棟がありますよね。明日から特別講師が来て生徒達に指導するそうで。レオさんなら完璧に綺麗にしてくれるから、そこをお願いしてもいいですか?」


「あ、はい、もちろん」


「じゃあこれ、特別棟の鍵。普段は偉い方しか入れない場所なんで門はガッチリ鍵かかってます。でも普段使わないなんてもったいないですよね、立派な建物なのに」


「そうですね」


 特別棟。何回か入ったことがあるが洋館のような外観で中はコンサートでもやるような壇上のあるホールになっている。そこで生徒達は魔法陣の使い方を学ぶのだが教室に比べたら範囲は広いし、魔法陣は巨大だったり数が多かったりで毎回清掃に時間がかかるのだ。


 とりあえず使用前のホールなら、そんなに手間はかからないだろう。掃除道具とモップを抱え、廊下を移動していると。教材の木箱を抱えたジャンとすれ違った。


「おっす、レオ。忙しそうだな?」


「あはは、僕はそうでもないよ。君こそ忙しそうじゃない?」


「まぁな……明日から特別講師週間だし。俺達は準備に回るからな。良いような悪いような。ところでレオ、忙しそうだけど……なんか楽しそうでもあるな? なんか良いことあったのか」


「え、え。いやっ、あの」


 ジャンの追求に言葉がドモる。楽しそうと言われると楽しいことなんかあったかなと考えるが、アレが楽しいかどうかと言うと……楽しくはない。でも嫌悪、でもない。


「な、なんでもないよ……ちょっと仕事色々あってドキドキしてるだけ」


「そうなのか? ……なんか、お前からクラヴァスの魔法の気配がすんだけど」


 ジャンが顔を曇らせる。魔法の気配なんて、わかるものなんだ、と焦っていると。


「レオ、クラヴァスと別に仲良くするなとは言わねぇよ。でもアイツの兄のこと、忘れんなよ。お前だって散々な目に遭って、ひどい時なんか過呼吸を起こしてたじゃねぇか」


「うん……」


 過去のことを少しだけ思い出したら胸が痛んだ。わかっている、でもクラヴァスは違う、そう思っているから。


「そういえばジャン、一つだけわかったことがあるんだ。あの教室にあった黒い魔法陣のこと」


「あぁ、あれ……何?」


「あれはクラヴァスくんがやったものじゃない。クラヴァスくんを狙ったものなんだよ」


 クラヴァスが涙ながらに謝罪をしていたのだ。それが嘘なわけはない、あれは彼を狙ったもの。


「その証拠、あるわけ?」


 ジャンの声がやたらと鋭い。そのことについて調べるのは意味があるのかと言いたげだ。


「証拠は、ないけど。でもクラヴァスくんから聞いた。それにジャン、確かに彼のことが気に入らないのはわかるけど、君にとっては生徒の一人だろう? 生徒が誰かから悪魔をけしかけられてるんだ。教員として放っておけないだろ」


 それは当然のことなはず。

 しかしジャンは鼻で笑っていた。


「アイツは悪魔を祓えるだろ。けしかけられたとしても、なんら心配はない」


「ジャン、なんでそこまで」


「アイツが嫌いだからだよっ!」


 廊下に響く怒りの声。思わず周囲に誰もいないかを見渡してしまう。幸い、誰もいなかった。


「お前だってそうだろ⁉ ジードが嫌いだろ! アイツはその弟、ジードと同じ血が流れていやがるんだぞっ!」


「ジャ、ジャン、声が大きいよ……」


 ジャンの中にある怒りの強さが現れるように彼が持つ木箱がミシミシと音を立てる。ジャンのジードに対する憎しみはそこまで強いのだ。


「お前は知らないだろうけど、俺、アイツのせいでこんな生活を送るハメになったわけ。ホントなら、学校卒業後、俺は今アイツがいるだろう魔法部署に行く予定だったんだ。それをアイツが邪魔しやがった。俺はダメなヤツだと吹聴して評価を落として、就職をおじゃんにされたんだよ」


 それは知らなかった。ジャンは学生時代から魔力はあり、教員にも高評価を受けていたから希望通りに、ことが進んだと思っていたから。


「アイツは最低なんだよ、レオ。わかってんだろ。アイツの弟だ、クラヴァスだってロクなヤツじゃない。別にそれによってアイツの評価を下げるとかはしねぇけど、俺は受け入れないからな」


 ジャンは最後に舌打ちし、足音荒く去っていった。

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