第17話 心強い味方です……が⁉

 クラヴァスは泣きそうな顔をしていた。最初は全てを突っぱねていた彼が、そんな顔をして。そんなに自分のことを思ってくれているなんて……嘘みたいだ。


「いいんだよ……クラヴァスくんはこれからの人なんだ。君はもっとこの世界にいなきゃ。僕は何もないから、君みたいな子がもっと輝く姿を見れたらうれしいし。それに、そんなふうに言ってくれてうれしいよ」


 残り少ないけど、このまま楽しい時間を共に過ごせたら、それでいい。


「……アンタって、兄貴に聞いていた人と全然違う。全然弱くもダメでもないじゃん」


 ここに来て彼の兄のことが話に出た。正直、その人物を思い出すのはあまり良い気分ではないのだが。でもその人とクラヴァスは違う。


「兄貴……ジードのことだね。ごめんね、ジャン先生から少し話は聞いているんだ」


 きっとクラヴァスはジードから自分と過去にあったことや、自分が魔力なしの落ちこぼれであったことなどの話は聞いているだろう。


「君のお兄さんはとても力のある人だったけど……今でも元気なのかい?」


 大人としては苦手な相手でも社交辞令的な意味で健やかに過ごしているのかぐらい聞いておかなければ。こういう時、大人は不便だ。本当は聞きたくもない。

 しかしクラヴァスは渋い表情を見せた。


「兄貴のことは話したくない。俺、アイツ嫌いだから」


 これはまた驚きの言葉だ。


「兄貴は相変わらずだ。いつも自信過剰、自分勝手で傲慢……今は城の魔法部署の幹部をしている。ここに入学する前にアンタのことは聞いていた」


 魔法学校の教員や務める職員の名簿は魔法部署が管理をしている。それを見て自分やジャンがルラ魔法学校に所属していることは知っていただろう。それなのに弟を行かせることに抵抗はなかったのだろうか。


「ねぇクラヴァスくん……君なら、もっと良い魔法学校も行けたはずだよね。なんでルラ魔法学校にしたのかな」


 ルラ魔法学校も決して劣っているわけではない。だが彼ならもっと上の学校に行けるのも事実だ。それをたずねてみると。


「兄貴から離れたかったんだよ」


 その答えで全て納得だ。彼が心底、ジードのことが嫌いなのだとわかる。

 そういえば以前言っていた。クラヴァスは『強くなり、誰にも指図を受けない存在になりたい』と。それはジードに対抗しての、ことではないだろうか。想像はつく、あの身勝手なジードなら。弟のことも意のままに従わせようとするのが。


「なるほど……クラヴァスくんも大変だったんだね。君はジードとは違う。きっと優しくて素敵な魔法使いになれると思うよ」


 そう言うと不機嫌そうだったクラヴァスが気恥ずかしそうに唇を引き結んだ。気のせい……でもなく、頬が赤い。


「さ、さっき……」


「うん?」


「アンタと一緒にいた悪魔……なんか、すごく親しそうで、見たらすごく腹が立ったんだよ……なんでかな。だからつい、攻撃しちまって……」


 えっ、という声が出ただけで。あとは言葉が出ない。それはつまり自分がバエルにお姫様抱っことやらをされているのを見て、頭がカァッとしたと? そういうことでしょうか。


「あ、あのクラヴァスくん……君は、悪魔を祓う一族、なんだよね? だからさっきバエルくんのこと……」


「祓うというか、別にそれを生業にしているわけじゃない。ただ両親や兄貴は変に悪魔を毛嫌いしている。だからヤツらは悪魔と見れば容赦なく祓うけど、俺はちゃんとした祓い方は知らないし、悪魔だからどうこうとかはない」


 ちゃんとした祓い方……それは悪魔は普通に攻撃しただけじゃ回復してしまうことから。悪魔の息の根を止めるには正式なやり方がある、ということだろう。

 でも、とクラヴァスは続ける。


「フレゴみたいなバカは悪魔を簡単に使役できるもんだと思ってるから召喚の練習ばかりしてるよな。アイツ、いつか自ら滅びるわな」


 その言い方だとクラヴァスはフレゴが悪魔の血を引くとは知らないようだ。色々複雑だ。

 とりあえず自分の気持ちがホッとした点が、一つだけある。


「じゃあ、クラヴァスくんは悪魔を嫌いじゃない、んだね?」


「まぁ……けどアイツをなんとかしないと、ずっとアンタにくっついてんだろ? アンタにいつか危害を加えるなら俺は嫌だよ。でも俺は祓う方法を知らない。今まで、それはアイツの専門だったから知りたくもないと思っていたけど……やっぱり知らないことがあるのは気分が悪いからな、調べてやる」


 そう言ってくれるのはうれしいが……自分の気持ち的にはそうしてほしくはない。


「……あのね、クラヴァスくん。何言ってんだと思うかもしれないけど」


 バエルのことをできたら祓うのではなく、助けてほしい。彼は元は人の身で心から悪魔でいることを望んではいない。さっきフレゴに襲われた時も助けてくれた優しい子なんだ。

 クラヴァスは難しい表情で話を聞いていた。


「僕は、そうしたいんだ。でも僕にはどうにもできない。何かしたいけど力がなければ何もできないんだ、歯がゆいけど。他に何か方法があるなら探してみたいけど」


 でもどうしたらいいのかは、まだわからない。バエルを救うのも、クラヴァスの力を借りなければできないのかも。でも借りたからといって、それによってクラヴァスがどうなるのかも、わからない。

 それでも、もし一緒に方法を探してくれるなら――。


「わかった」


 クラヴァスは予想外の言葉を口にした。


「俺も調べてみる。それがアンタの望みなら叶えてやる」


 まさかそんなことを言ってくれるなんて。しかも『叶えてやる』なんて……とてつもなくカッコいいことを。

 起きた事態に感動していた時、寮の中に設置された授業終了を知られる鐘の音が響き渡った。

 ……忘れてた!


「わぁっ! 寝ている場合じゃない! 僕、仕事があったんだ!」


 なんだか色々起きたが今は勤務真っ只中。そして学生達が授業を終えた今こそ、清掃員の出番なのだ。色々起きすぎてすっかり仕事が抜けていた。


「ごめん、クラヴァスくん! とりあえず話はまた今度っ!」


 クラヴァスの布団を簡単にたたみ、彼の前を通り過ぎようとした時だ。

 不意に伸びた彼の手が自分の頬に触れた。


「えっ?」


 目も口も半開きになっていた時、目の前に何かが近づき、唇に何かが当たる。感じたことのない感触。それは一瞬で離れると、目の前には不敵な笑みを浮かべるクラヴァスがいた。


「いってらっしゃい」


「は、はい……行って、きます」


 何が起きたのか頭に浸透せず、挨拶されたから挨拶を返して彼の部屋を後にする。

 廊下に出てドアを閉めて、シン、としたところで。


(……ん? あれ? あれ? ……あっ?)


 だんだんと頭が状況を理解していき、心の中で絶叫してしまった。

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