悪魔やら半悪魔やら嫌いな人やら
第16話 情熱的な魔法使い
まどろみ。いつも起きる前に今日は何が起こるのかなと考える。今日もいつも通りだろうな、何事もなく過ぎていくんだろうな。
でもそれが一番良いんだ、と。
自分の人生は……若い頃は色々あったけど。今は何事もなく過ぎていく予定だ。友人との酒や素敵な学生達に囲まれ、穏やかに時が過ぎていくんだ。
だって自分には力がないから、これ以上のことなんて望めない。高い地位も望めないし、この清掃員を辞めたらもう仕事はないと思う。素敵な人との出会いを望むのは……相手に悪い。万が一子供が生まれてくれたとしても魔力のない子になってしまうかもしれない……それじゃあ、かわいそうだ。自分が散々な目に遭ってきたのだから。
それが良いんだ……。
いや、これしか、ないんだ。
「う、ん……あ、れ……?」
目を開けると見覚えのない天井が見えた。自分がいつもいるのは街中にある築年数の経った古アパートだ。
けれどここは古くはあるが綺麗に掃除されたシミのない白い天井だ。窓からは日が差しており、風が緑色のカーテンを揺らしている。
身体を起こすと室内には見覚えがあった。ここはルラ魔法学校の生徒が使う寮の部屋だ。部屋は生徒自身で掃除してもらうのだが年に一度、魔法学校を卒業した生徒部屋は一斉に清掃する。その時に入っているから間取りは知っている。
そしてこの整然とした部屋の主を、自分は知っている。
「よぉ……」
後ろめたいことがありそうなテンションの低い声。横に視線を向けるとイスに座ったクラヴァスと目が合った。
「おわぁ! クラヴァスくんっ⁉」
彼とは色々あるから正直、会うと恥ずかしい。しかも自分はクラヴァスの部屋にいて彼のベッドに寝ているのだ。つなぎのままで寝ているのが申し訳ないくらい綺麗なリネンなのに。
「ご、ごめんっ。なんで僕、ここにっ」
急いで起き上がろうとした時、伸びてきたクラヴァスの手が肩を押さえた。
「いい、急に起きるな。頭がクラクラするぞ」
押さえる手の力加減がとても優しく、あたたかみを感じる。クッと胸の中も淡く痛んだのは……なぜだろう。
そしてクラヴァスの視線が痛い。
「クラヴァスくん……あの、何があったのかな」
大体は覚えている。クラヴァスがバエルを魔法で攻撃して、それをかばって前に出たこと。背中に魔法を受けた衝撃で気を失ってしまったこと。
その後は……まぁそうなんだろうなと思ったがクラヴァスは教えてくれた。気絶した自分を部屋に連れてきたこと。他の人物に見られないようにと、ここを選び、誰にも知られていないこと。バエルはどこかに行ってしまったこと。
「わ、悪かった……アンタに魔法を当てたこと……すぐに魔法の解除ができなかったから」
怯えるようにクラヴァスの視線が右往左往している。あんなに自信満々だった彼が見せる一面に驚いてしまう。
「あ、うん……大丈夫だよ、僕こそ、身の程をわきまえないでごめんね」
「せ、背中の傷は、俺が治したから傷はないから」
そう言われると背中に痛みがなかった。さすがクラヴァスだ、なんでもできちゃうようだ。
「あ、ありがとう」
「いや、やったの、俺だし……」
なぜか会話がぎこちない。お互いに気まずい、でも嫌じゃない感じ。
クラヴァスは一瞬視線をこちらに向け、またそらすと「なんでアイツ、かばった?」と低めの声でたずねてきた。
「あぁ、バエルくんのこと……」
「だってアイツは悪魔だろ」
その言葉に悲しくなる。そう、クラヴァスの家系は悪魔を祓う一族らしいから。
「うん……でもあの子はね、悪魔だけど。僕のことを助けてくれたから」
フレゴとの一件をクラヴァスに話した。
クラヴァスは驚きもしない無表情だったが、話が終わると眉間にしわを寄せる。
「……なんもない、なんて嘘だったんじゃん」
不機嫌そうな声。
「アンタはあの悪魔に取り憑かれていたんだろ。俺はあの時『なんもないのかよ』とアンタに聞いたけど……やっぱり嘘だったんじゃん」
クラヴァスはイスに座ったまま、自身の膝を殴った。
「俺のせいだ」
その言葉はもちろん聞き逃せない。
「俺が……かわしたんだ」
「なんのことだい?」
「教室にあった魔法陣……悪魔の魔法陣。あれは魔力があるヤツを狙ったものだった。あのクラスで一番魔力が高いのは俺だ。最初、俺は引き寄せられたんだ、触れるように、発動するように」
レオの脳裏に数日前のことがよみがえる。最近、ちょっと忘れていた。
「けど俺は……気づいた。この魔法陣に触れたらどうなるか。きっと悪魔が俺の命を奪う。魔法陣を壊してもよかったんだが、壊すとこっちにそれなりのダメージもあるから……だから“教わった方法”でかわした……魔力があるヤツじゃなくて逆になるように」
明るみに出た真相。そうなんだ、と言う言葉しか出ない。逆になるように。それは魔力がない者に変えたということ。
だからバエルも焦っていたんだ、魔力ある者を捕まえる予定が、逆の者を捕まえてしまったから。
「ご、ごめん! レオさん、ごめんっ」
クラヴァスは青い髪を深く下げた。
「最初はアンタのことなんてどうでもいいと思ったから。悪魔が来たっていずれ一人の人間が消えるだけだって。で、でも、今の俺はアンタに消えてほしくない。アンタがいなくなったら嫌だって思ってる」
情熱的な告白と言うべきか。
しかし自分は半年の命……一時はバエルを消すにはクラヴァスの力を借りればとも思ったが。バエルを祓うのは大き過ぎる力ゆえ、クラヴァスの命を危険にさらすかもしれない。
だから、それはあきらめたのだ。
だからこれで良いんだ。
笑顔で伝えられる。
「クラヴァスくんが無事なら良かった」
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