第15話 めんどくせぇもう一人

 感謝の言葉を伝えるとすぐ近くでバエルが息を飲んだような気がした。暗くて顔が見えないからどんな顔をしているのか、わからないけど。


「アンタって、ホントに、調子狂うな……」


 バエルのあきれたような言葉が聞こえ、そして視界が徐々に明るくなっていく。次第に呼吸も楽になり、身体のだるさも消えていく。空気があたたかい、やわらかい風が心地良い。


「う、あ、あれ……?」


 目を開けると、そこは先程までの暗い世界ではない、緑色と白い日光が差し込む森の中だ。少し離れた場所から魔法学校のチャイムが聞こえる。


「学校から近い森ん中だよ、多分な」


 すぐ近くで声がする。恐る恐る視線を声のした方に向けると本当にすぐ間近――見上げた先にバエルの顔があり、黒鉄色の胸板には自分の肩がぴったりくっついている。


「……なんか、すごいことになってるね」


 これがとても綺麗な人物だったらバエルもテンションが上がったかもしれない。こんなおじさんで申し訳ないです。


「……ま、いいけどな」


 バエルは素っ気なくつぶやき「立てるか?」とたずねる。ものすごく気を使ってくれているようだ。


「あ、大丈夫……ありがとう」


 答えると、バエルはそっと下ろしてくれた。悪魔なのに、その優しい仕草にも驚きだ、おじさんでも胸キュンしてしまいそうだ。


「あの、バエルくん……フレゴくんは?」


「さぁな、そのうち戻ってくんだろ。アイツ、自分であっちの世界に行き来できるみてぇだし。アンタもめんどくせぇヤツに目つけられたな」


 そう言われても、いまいちピンときていないが。とりあえず思いつく疑問を口にしてみる。


「フレゴくんみたいな存在って結構いるのかい?」


 バエルは言っていた、フレゴは悪魔の血を引く存在だと。

 いるぜ、というのがバエルの答えだ。


「みんな気づかねぇだけで結構いんぞ。悪魔ってヤツは欲ばっかり持ってるからな。性欲強けりゃ、人間襲って身ごもらせることもある。そういうのが生まれりゃ見た目は人間でも中身は半分悪魔みたいなヤツになる」


「そ、そうなんだ」


 その事実を聞き、なぜか少し恥ずかしくなる。うーん、悪魔も欲はあるんだな……まぁ、そうだよね。

 バエルもあるのかなと思い、チラッと視線を向けると。


「オ、オレはねぇからな! オレは食うだけ!」


「な、何も言ってないよ」


 よくわからない空気感。

 少しするとバエルが先に口を開いたのだが。


「はぁ……くそっ、もう一人めんどくせぇのがいたの、忘れてた――ぜっ!」


 全てを言い終わる前に、バエルは翼を勢い良く開くと空へ飛ぼうとしていた。

 しかしそれを阻止すべく出現したのは、地面から伸びた長いツタ。生きているようなそれは力強く伸びるとバエルの片足に絡まった。


「ちっ、あぁ、くそ! めんどくせぇな!」


 舌打ちし、ツタを引っ張るが切ることはできず。ツタはウネウネと動き、バエルを地上に引き戻す。


「バエルくんっ! あ、あれ?」


 バエルに駆け寄ろうとした時、今度は自分の身体が後ろへと引っ張られる。あららと思っているうちに後退すると、自分の肩に手が置かれた。


「レオさん、どっか連れて行かれてたのか⁉ ってか、なんで悪魔がいるんだっ!」


 いつの間にか現れたのはクラヴァスだ。

 ではバエルが「めんどくせぇ」と言っていたのは彼のことか。そう言えば先程フレゴが言っていた。


『正義と言えば正義の存在。俺らには恐怖』


 それがクラヴァスの家系。

 そしてフレゴの指す“俺ら”とは悪魔のこと。


(悪魔っ!)


 バエルが心配になった。


「クラヴァスくん、ダメだよ! 彼は悪魔だけど悪い子じゃないんだっ!」


 そうは言っても余命宣告はされているけど。この時はそんなことなど忘れていた。

 なぜなら、すでにクラヴァスが動いていたから。


 クラヴァスが両手を合わせると周囲に光の玉が無数出現した。キラキラと輝くダイヤモンドのようだが、バエルにとっては良くないものだと思う。


「クラヴァスくん! やめてっ!」


 光の玉はツタにまだ足を取られているバエルに向かって飛んでいく。当たったらきっとダメだ、バエルが消えてしまう……って自分はなぜそんなふうに思うのだ。

 バエルは自分の命を狙っているのに。半年後には殺されるのに。

 でもバエルは自分を助けてくれた、それは自分を食らうのは彼だからというのもあったのかもしれないが。


(彼は助けてくれたんだよ……!)


 自分に再度、言い聞かせ――レオは肩をつかむクラヴァスの手を振り払い、バエルの元へ走る。


「バエルくん!」


「アンタ、何してっ⁉」


 バエルの前に立ち、彼を守るように手を広げ、背を向ける。

 こういう時に魔法が使えたら、飛んでくる魔法も魔法ではじき飛ばせるのに……いや、そんなことを思っても仕方ないこと。自分はこの身体しか持っていない。でもこの身体でも助けることはできるはずだ。


「――く、うっ!」


 背中が焼けるように熱くなった。火でも当てられたかのようだ。火は数発だけ当たったが、まだ歯を食いしばって耐えた。


(倒れるな、絶対にっ)


 しかし背中が痛い。きっとそれなりに傷がついたかも。


「レオさんっ!」


 クラヴァスが何かをしたのか、飛んでくる光の玉は消えたようだ。自分の背中にもう当たってこないから。


「ア、アンタッ、バカ、だろっ!」


 バエルの声に「へへ」と笑って返した途端、自分の身体はぐらついた。

 思ったよりもダメージに耐えきれなかったようだ。

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