第12話 言わないでほしいです
「あっ、アンタ! ここにいたんだな!」
突如聞こえた声に肩がビクついた。バエルもいち早く彼の気配を察したのか、霧のように姿を消していた。
そして、振り向いた先にいたのは――。
「わぁぁっ! ちょ、ちょっと!」
またもや身体が不意に自由を失い、上半身があたたかいものに包みこまれる。
「やっとつかまえた! ひどいじゃないか! アンタ、俺のことをずっと避けてるだろっ。この俺をシカトするなんて良い度胸じゃないか」
なぜこういうことになったのか、よくわからないが。自分を今、抱きしめている相手は、なんとなく自分も気にかけてしまい、謹慎中に様子を見に行ったイケメンの生徒で。今は謹慎も解けて学業に復帰しているが、隙を見ては自分を探しにくるという謎の行動を取っている人物で。
その度に自分も逃げ回っているのだが、とうとう捕まった。
「アンタのことなんか、引き寄せの魔法使えばすぐ呼び寄せられんだけど。俺の行動は担任がチェックしているからな。校内でおいそれと魔法が使えないし、アンタは俺を見ると逃げるし」
「べ、別に逃げているわけじゃないんだよっ。た、ただクラヴァスくんがこういうのと、その……」
こういうの――抱きしめること。
もう一つは……。
「アンタがしてくれないからだ。俺は知らないことがあるのは許せないタチなんだよ。俺はアンタになぜくっつきたいのか、自分の気持ちがわからない。なぜキスしたいと思ったのか知りたいんだ、だからキスさせろ」
「ひぃぃっ、そ、それを言わないでよ〜っ」
耳慣れない言葉に情けなくも自分は怖じ気づいている。普通の人ならキスぐらいなら〜、とか。こんな子供にされてもな、とかなるのかもしれないが。
自分はキスなんてしたことないし、迫ってきているのは新一年生イチ秀才でイケメンだし。免疫が全くないから対処もどうにもできない状態だ。
数日前からこんなことになり、なんとか逃げ続けているのに。
「だ、だ、だから! こんなおじさんにそんなことしても! なんもわからないって! 気のせいだって!」
「気のせいかどうか、してみないとわからないっ。というか俺の気持ちなんだから気のせいなんてあるかよ。アンタに触れたいとか、アンタのこと、魔力がないことも含めてもっと色々知りたいとか」
「だ! だからっ、言わないでよ〜っ」
なんでこんなことに。もっと数日前なんか『魔力なしで生きてて楽しい?』なんて言ってたのに。
逃げたいが意外と力の強いクラヴァスから簡単に逃げることができない。無理矢理、引き剥がすのもなんだかかわいそうで。
「だから、俺とキスして」
「ひっ! む、無理っ。よく考えてよ、嫌でしょ、僕なんかとっ」
「嫌じゃないから言ってる」
「そ、そういうのは好きな人とすべきなんだよ!」
「俺、アンタ嫌いじゃない。むしろ俺にあれこれ言ってくるの、アンタだけだし。なんか無視できない。だからいい」
ひぃぃー! 自分の心が全力で叫んでいる。
自分だってクラヴァスが嫌いとか、そういうわけじゃない。ただこんな年の差ある子が自分にそんなことをしたいなんて、何かしら気の迷いがあるはずだ。頭が良すぎるから? 魔法の使いすぎ? 誰かの呪い?
いや、クラヴァスならその高い魔力で何も寄せつけないだろう。
(じゃあなんなの、ホントにクラヴァスくんが? いやいやいや、んなわけない! ダメだって! この子の未来を台無しにしてしまう!)
やはり無理にでも引き剥がすしかないか。そう思って彼の両肩に手を置いた時だ。
「へぇ〜、これはおもしろいことになってるね」
二人しかいなかった屋上にもう一人の声が聞こえ、恐ろしいものを見る気持ちで、そちらに視線を向ける。
まさかの、こんな場面を目撃してしまったのは。愉快そうに赤い瞳を細める一人の生徒。
「ふふ、こんにちはレオさん。クラヴァスの腕の中でどうしたんですか」
「フ、フレゴくん……」
前回、謹慎する理由を作り出した二人のまさかの再会……いや、同じ学校の生徒なんだから顔を合わせて当然なんだけど。
クラヴァスは目の前に現れたニヤニヤしている相手に対し、不快な顔をすると「またお前か」と、ため息をついた……って、この“状態”は解除しないんだ⁉
「フレゴ、俺の邪魔をするな。また謹慎くらって時間を無駄にするのはごめんだ」
「そっちこそ、俺の視界にいちいち入ってくるから悪い。しかもなんだ、お前は自分が気に入れば誰でもいいんだな? 見境なく誰にでも発情するなんて最低じゃないか」
(は、発情って……)
そ、そういうことでは、ないと思う。
いや、ないよね……ねぇ……?
「ふん、お前の昔の恋人のことなら、お前に愛想つかせて俺に色目を使いに来ただけだぞ。言い換えればお前が悪いんだ。刺激のない、つまらない男だしな、お前は」
なんだか話が見えたような見えないような。要はフレゴの恋人がクラヴァスを気に入り、浮気をしたということか。それがクラヴァスのせいか、フレゴのせいなのか、わからないが。
「クラヴァスくん……フレゴくんが君を敵対視している理由って、それ?」
クラヴァスが「あぁ」とうなずいた時だ。
「いいや、お前が悪いんだ!」
声を荒げたフレゴが手を前にかざした。
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