恋愛事情は人それぞれ。でもありえないからなんとかして
第11話 バエルくんのこと
ルラ魔法学校は今日も良い天気、生徒達も元気。新一年生達も入学から数日を経て生活にも慣れ、日夜勉学に勤しんでいる。
「アンタ、暇なのか?」
学校の屋上でボーッと風を浴び、グラウンドで魔法の練習に勤しむ生徒達を眺めていたら。
いつの間にか隣に現れた悪魔は背中の黒い翼を折りたたんで同じように下を見つめていた。
「うん、今はまだ生徒達が練習している最中だから。僕の仕事は清掃。みんなが終わった後だよ……というかバエルくん、久しぶりだね」
「……アンタ、なんでそんな気さくなんだよ」
バエルの黄色い瞳が細められ「オレ、悪魔なのに」と、ふてくされたようにつぶやく。
「もしかして怖がった方がいい?」
そう返すと、バエルはさらにふてくされた。
「ふんっ、バカにすんな。アンタ、オレがこんな外見だからナメてんだろ。オレはこう見えて何人も人の命を奪ってんだ。その気になりゃこの学園にいる連中全員を葬ることだってできんだぞ」
「その気になることは、あるのかい?」
何気なく聞いてみた。多分バエルはそんなことはしないと思ったから。
予想通り、バエルは言葉に詰まって黒い翼の先を力なく垂らしている……犬の尻尾じゃないんだから。
「……ホント、アンタって調子狂う」
「あはは、まぁ残り少ない命なんだから楽しくやらせてよ」
「……オレはそんな陽気になれなかったけどな」
バエルは眼下の景色を見ながら、今までのつんけんした雰囲気が嘘のように、シュンとさびしげになる。それは昔の何かを思い出しているかのようだ。
「ねぇ、バエルくん……悪魔ってみんな、君みたいなの? それともバエルくんだけかな、なんていうか、優しそうな印象を受けるんだよね」
「はっ? オレが?」
「そう、君が」
ハッキリと告げる。きっと本当に性格が悪い悪魔なら自分の命を奪うまでの間にも色々な嫌がらせや、ひどい言葉を投げかけると思う。
過去にそんな人物がいた。それは人だったけど、やっていることは悪魔みたいだった……いや、ただ子供だったんだと思う。相手の気持ちが考えようとしなかったのだ……ジードは。
「オレ――」
バエルは手すりに両手を乗せ、手をパーにして長い爪を見せびらかした。眼下を見る目つきはすぅっと変化するように、あどけなさを見せる。その表情は少年のもの。クラヴァスぐらいの、未来に不安や希望を抱く、少年のよう。
「元はさ、人だったんだよ。ずっと昔、この学校のヤツらみたいに魔法使いを目指していた」
「人……」
そうだったのか。
「オレは元から力を持っていた。将来を期待され、たくさんのプレッシャーも受けて上を目指していた。だが一番酷なのは悪魔より人間なんだよ。オレはオレをやっかむヤツらにハメられ、突き落とされて死んだ。次に目が覚めた時には、オレはこの姿になっていた。きっとオレの中にあった、人に対する憎しみがそうさせたんだと……オレも悪かったんだとは思う、思うけど、な……」
バエルは開いていた手をグッと握る。黄色い瞳はあどけなさを消し、再び憎しみに妖しく光る。
「けどオレは人間を許さない。オレを死という沼に落とした人間。人間なんてみんな同じだ。オレは呼び出されれば無差別に命を奪う。それはアンタ相手でも同じだからな」
「そうなんだ……バエルくんも、苦しかったんだね」
自分にも当てはまる部分があるなと感じた。自分は力がなくてひどい扱いを受けていたけど、バエルは力がありすぎたゆえに追い込まれてしまったのだ……不憫なものだ、同じ命なのに。
(力があるから……それってクラヴァスくんにも当てはまることなんじゃ?)
「バエルくん、君が悪魔になってしまったのは君が人間に憎しみを持ったことと……あとは、もしかして魔力が高かったから?」
バエルは「どうなんだろな」と薄く笑う。
「そこまでは知らねぇよ、けど多分そうなのかね……魔力が変化するのかもな。悪魔は召喚されなきゃ別の世界みたいな場所にいんだよ。暗い、冷てぇ場所だ。そこで過ごすんだ、ずっとな」
ということは悪魔はすごくつらい環境下にいるのか。暗い、冷たい場所なんて……自分なら嫌だ。
「そこから脱出するすべはないの?」
「はっ、んなのあるわけねぇよ。オレは一度死んだ身だ。悪魔やめたきゃ、さらに死ぬしかねぇだろ。けど悪魔は傷つけたって死なねぇ、高いところから飛び降りたってな。身体はすぐに再生する」
どうすりゃいいよ、という力のない小さなつぶやき。それはバエルがその状況をどうにかしたがっているということだ。
どうにもならないとわかっているということはバエルは試したのだろう。傷つけるのも、飛び降りるのも。
(……悪魔を倒す方法……?)
レオは空を見上げる。あたたかい日差しに頭も身体も心地良さを感じている。夏の暑い日差しは嫌だが、ちょうどいい気温や日差しは何もしていなくても幸せを感じる。
(僕には力はない。でもこの気持ち良さはわかっている。小さな幸せでも望む人は受ける権利があるはずなんだ)
魔力があろうとなかろうと。
人だろうと悪魔だろうと。
楽しく生きたいはずだ。
「君を助ける方法、探してみるよ」
バエルの黒い翼がピクッと揺れる。
「暗い場所なんて嫌だもんね。僕みたいなのに何ができるかわからないけど……バエルくんのことをなんとかできるなら、やってみる」
バエルは鼻で笑うと「それはアンタが助かりたいだけだろ」と言う。
「ふふ、そうかもしれないね」
否定はしない。でも自分にはこの先に何もないのも事実。
あきらめていないのか、あきらめたくないのか。自分でもよくわからない。
ただ、何かをしてみたかった。
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