第8話 クラヴァスくんの正体

 突然の言葉と同時に、肩にあたたかい感触があった。

 目を開けて見ると――すぐそばに。本当に頭が当たりそうなぐらい近距離にいたのは黒い鳥の群れに向かって手をかざし、真っ直ぐ前を見据える青い髪の男子。


(ク、クラヴァス、くんっ⁉)


 まさかの展開だ。自分は守られるように肩に手を置かれ、クラヴァスの方に引き寄せられている。

 クラヴァスは何かをつぶやく。すると一瞬にして鳥の群れは羽根を散らし、消え失せた。


(す、すごい。あの群れを一瞬でっ)


 実力を垣間見ただけで彼のすごさがわかった。生意気な態度はダテではないのだ。


「おい、フレゴ! 何くだらないことしてんだよ! 関係ない人を巻き込むなよ!」


「クラヴァス……人のせっかくの召喚を台無しにしやがって!」


 フレゴと呼ばれた生徒は先程までの穏やかな様子が一変。憎しみを込めた目でクラヴァスをにらむ。そして間髪入れず、両手をパンッと鳴らすと氷の塊を宙に生み出した。


「お前のために呼び出したのに、ひどいじゃないか!」


「ふんっ、あれぐらいの召喚で意気がるなよ! あんな小鳥じゃ俺に埃すらつけられないぞ!」


 クラヴァスも指を鳴らし、氷とは反対に火の玉を宙に生み出す。ここは図書室だ、火と氷なんて。大事な数々の本が台無しになってしまうのでは。


「ふ、二人とも! こんなところで魔法を出したらダメだよっ!」


 レオが動こうとしたのを、クラヴァスが肩を押さえて制止する。若いのに意外と力が強い。


「アンタは動くな、ケガ、したくないだろ」


 その声は鋭い。でもこちらを気づかうような含みに逆らえず、動けなくなる。

 そんな中、クラヴァスはフレゴをにらみ、タチの悪そうな笑みを浮かべた。


「フレゴ、そんなんだから恋人にも逃げられんだなぁ、愚かなヤツ」


「――てめぇ!」


 二人の魔法は今まさにぶつかり合う直前だ。それなのに自分は止めることもできない、見ているしかない。魔法が使えたなら何かしら対処ができたのかもしれないけど。


(ダメだよ、二人とも――)


「ストーップ!」


 突然、周囲を飛んでいた氷も火も、一瞬にして蒸発するように消えた。何事かと三人で図書室の入口に目を向けると。


「こぉらぁーっ! 図書室で魔法を使うヤツがあるかぁ! あと放課後の図書室に入るのは禁止だと言ったはずだ!」


 怒りに顔をしかめたジャンが現れた。ジャンが魔法を使うところを見たのはもちろん初めてではない。けれど事態を瞬時に静めたのだ、彼の力も教員ならではだ。


(ジャンも、なんだかんだすごいよなぁ……)


 だが図書室で魔法を使ったことで教員達は大わらわだ。クラヴァスとフレゴは一人ずつ、ジャンと教頭先生の面談をくらい、寮の自室に戻され、追って何かしらの処分を下されることになった。


 一方の自分は……ただジャンに指定された場所にいただけなので、なんのおとがめもなく帰された。

 しかしジャンに話もあったので昨日も訪れたばかりの酒場で話をすることにした。


「……クラヴァスが関係してるって?」


 ジャンは酒のグラスを握りしめ、不愉快そうに舌打ちした。また酔いが回っているのでクダを巻く気満々だ。


「ホンットにアイツはロクなことしねぇな……しかし、それを仕掛けたとしたら、誰を狙ったものなんだか。まぁ、なんにしても悪魔召喚で危害を与えるのはルール違反だ。ヘタすりゃ退学」


 そのことについてだが……先程のフレゴのことは、ちょっとだけ自分がごまかしてある。

 フレゴはクラヴァスに危害を加えるために悪魔召喚をした。だがそれを告げ口したらジャンが言うように、ヘタすれば退学になってしまう。彼らの間に何があったかはわからない。


 でもそうなるのは良くない。そう思い『好奇心で召喚して暴発したみたい』と言ってある。それが発展し、魔法のやり合いになってしまったのだと。


(こんなおじさんの機転だけど、退学まで、ならないといいなぁ……)


 自分を攻撃してきた相手にまで、そんな心配をしてしまう。性格だから仕方ない。ひとまず話を変えておこう。


「ジャン、とりあえずさ、黒い魔法陣の方なんだけど……違う可能性もないかな」


 ジャンはグラスに口をつけながら「ん?」と疑問の声を上げる。

 バエルの魔法陣はクラヴァスが仕掛けた可能性もあるが自分にはもう一つの考えもあるのだ。


「あの魔法、クラヴァスくんを狙って描かれたとか」


「……は?」


 ジャンの視線が瞬時に怖いものになる。目が細まり、目の前にいる存在――自分を、好まぬものを見つめるような目で……思わずたじろいでしまった。


「レオ、マジで、言ってる……?」


「ジャン……?」


「クラヴァスが狙われているって、マジで思ってる? わかんの、お前に?」


 なぜそこまで刺々しくなっているのか。酔いのせいか? なぜかこの長年の友人に違和感を抱かずにはいられない。


「そ、そういえば……クラヴァスくん、僕のことも知ってたんだよね……魔力がないこと。知り合いに聞いたって言っていたけど」


 いったん話題を変えようと思い、もう一つの疑問を口にする。クラヴァスが自分を“魔力なし”だと知っていたことだ。普通に過ごしている分にはバレないことなのだ。

 ジャンはため息をつきながらグラスをテーブルに置くと「その理由はわかるわ」と、まだ不機嫌そうに言った。


「レオ、ジードのこと、覚えてるか」


 その名前に顔が引きつるのを感じた。忘れもしない名前だ。


「クラヴァスはジードの弟なんだよ。年は離れてるけど。入学の書類見たから俺はわかってる。そう言われると髪とか瞳の色、同じだろ? 性格も学生時代のジードそのまんま……会った瞬間、俺、腹が立っちまったわ」


 ジャンはまた教員らしからぬことを言った。

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