第7話 おじさん、巻き込まれます
仕事を終え、ジャンに魔法陣のことについて報告しようと職員室にたどりついた、ちょうどその時だ。
職員室のスライドドアが開き、中からスラッと背の高い男子生徒が出てきた。
「あ、すみません」
男子生徒は丁寧に頭を下げ、外に出ていく。制服の綺麗さを見るからに彼も新一年生。サラサラの黒髪に赤い瞳が印象的な子だった。
(今年はイケメンな子が多いなぁ)
自分ももう少し若くて格好良かったらな、なんて考えてしまうが。考えたところで、この“のほほん”っぷりが変化するわけではない……今さらあきらめろ、自分。
再度職員室に入ろうとした時、もう一人、中から人が出てきた。
「あら、お疲れ様です〜」
銀髪を後ろで団子状にした背の高い人物。青いローブ姿が特徴の彼はルラ魔法学校で一番偉い人物だ。
「あ、お疲れ様です、パナ学長」
パナ学長は優しい笑みをたたえ「レオさんこそ、いつもお疲れ様ですね〜」と労ってくれた。
彼は自分より年上であるのに、おっとりではあるが見た目が若々しく、実年齢は不明だ。しかし誰にでも分け隔てなく優しく接する、実にできた学長だ。
「レオさんが綺麗にしてくれるから、いつも校内がツヤツヤピカピカで本当に助かりますね〜」
「あ、いえいえ、こちらこそありがとうございます〜」
のんびりした口調に思わずつられてしまう。それでもパナ学長はなんでも魔法を使いこなせるすごい人物だと聞いている。
「これはレオさんにしかできない特技ですからね。どうかそれを誇ってこれからもお願いしますね〜。では〜」
パナ学長はニコッと笑い、会釈をして去っていった。いつ会っても彼に会うと清々しい気持ちになる。何もない自分にああして“自分にしかできない特技”と言ってくれるからかもしれない。
気持ち軽やかになりながら、レオは開いたドアから職員室内をのぞいた。
「失礼しまーす、ジャン先生いますか?」
室内は入口にパーテーションが置かれているので中を伺うことはできないが「はいは〜い」と陽気な男の返事があった。
「あ、レオさんですか! ちょっと待っててください! 今、こっち片付けたら行きますからー!」
ジャンは一応建前として周りに誰かいる時は敬語で話す。ジャンの言葉に「わかりました」と返事をして少しの間、待機した。
だがジャンは忙しいのか、中でワチャワチャしているようだ。
「あぁ、もう! なんでこんな書類ばっかりなんだよ〜!」
よほどの書類に翻弄されているのか。わめいているジャンは他の同僚の先生に「まぁまぁ」となだめられている。教師は大変なんだなぁ……自分は清掃員で良かったなぁと、他人事のように考えてしまった。
「あぁ〜もう! ごめん、レオ! 別のところで待ってて! え〜っと、あそこでいいや、図書室!」
すっかり建前の敬語も忘れたジャンに「わかりました」と答え、言われた通りに職員室から少し廊下を歩いた図書室へと向かう。
この学校の図書室には魔法に関する貴重な資料も多いため、放課後は生徒に開放されておらず、生徒は誰もいないはず……だった。
(……ん? 何か、変な感じが……)
図書室へ入る金属のスライドドアを前にしたら妙な気配がした。勢い良くガラッとドア開け、レオは言葉を失う。
(なっ……これ、は……!?)
図書室の本棚、テーブル、カウンター……それらを埋め尽くす謎の黒い物体。ワラワラとうごめくそれは寄せ集まった黒い鳥だ。スズメのようにも見えるがチュンチュンなどかわいい鳴き声ではなく、ギィギィと虫のような声で鳴いている。
「おっと……誰か来ちゃったか」
その中心に誰かがいる。黒い鳥に隠れるように潜んでいた存在は赤い瞳を光らせ、笑みを浮かべて姿を現した。
それはつい先程、すれ違った黒髪の男子生徒だ。
「あれ? あなたは清掃員のレオさんでしたよね。どうしたんですか?」
男子生徒は悪びれる様子なく、ニコニコと笑っている。それがあまりにさわやか過ぎて逆に不自然だ。
「えっと、ちょっとここで人を待つ予定だったんだけど……君は何を?」
「ふふ、俺は魔法の練習です。まぁバレてるから言っちゃいますけど悪魔の召喚魔法ですよ」
「悪魔、召喚……」
召喚魔法は新一年生には難しいと聞いている。だがこの様子を見るに、この生徒はあっさりとやってのけているように見える。今年の新一年生はすごい者が多いのだろうか。
いや、それよりも大事なことがある。
「あの、生徒は放課後の図書室に来るのは禁止だよ? しかも図書室で魔法を使うのも」
知らなかったのかもしれない。けれど入学した時に説明はあったはずだ。
ごめんなさい、知らなかったぁ〜と目の前の子は言うかなと思ったが――。
「ごめんなさい、もちろん知ってます。でもどうしても調べて、どうしても使ってみたかったんですよ。どれぐらい難しいのか、どれぐらい威力があるのか……これは低級召喚だからそれほど難しくはありませんでした。上級になれば人の命を奪えるほど強いものが呼べるんですよね、上級悪魔ってヤツです」
悪魔……それは自分も昨日から関わっている。けれどその力はまだ見ていないから、悪魔がどれほど強大なのかはわからない。
「あとは威力なんですけどね……誰かを攻撃してみないことには、それはわからないですよね」
ニコニコしながら吐かれる物騒な言葉にゾッとする。
何をしようと? まさか……。
「ごめんなさい、レオさん。あなたに恨みなんか全然ないんですけど……“アイツ”を倒すための実験台になってください」
やっぱり! たまにいるんだ、好奇心旺盛過ぎてとんでもないことをする生徒が!
レオは逃げようとしたが遅かった。男子生徒の開いた手が鈍く光り、各所に止まっていた黒い鳥達がギラリと目を光らせ、一斉に動き出す。バサバサと羽音が鳴り、鳴き声は室内に響き渡り、獣特有のニオイが濃くなる。
(ダ、ダメだ! 間に合わないっ!)
鳥の鋭いくちばしが、たくさん、自分に向かってくる。命までは取られないが絶対に痛い。というよりホントに自分は何もしていないのに。
(巻き込まれるなんてっ!)
どうしようもない、もう目を閉じるしか対処法はない。暗闇の中、自分の脳裏に“昔、言われた言葉”が思い浮かぶ。
『この魔力なしが! 何もできない、生きる価値もないヤツ!』
それは自分に向かって言い捨てられた言葉。まだ年若い十代の頃で、ひどい言葉に対する防衛策もなくて、ただ言われたことに傷つく日々だった。
今では自分は本当に何もないから、と納得して安心しているけど。当時はつらかったんだよな……。
「おい! しっかりしろよっ!」
ふと、誰かの声がした。
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