悪魔に憑かれ余命宣告だけど、それどころじゃない

第6話 優秀くんも大変なようです

「あ、あぁ、あれ、クラヴァスくん、どうしたの。また忘れ物かい?」


 優秀である彼が忘れ物するなんて思えないが、挨拶代わりに口にしていた。


「今日もすごかったみたいだね。ジャン先生が驚いていたよ。一年生なのになんでも魔法ができちゃうって」


 ……くそ生意気なヤツ、とも愚痴っていたけど、そこは言わないでおく。ジャン先生の沽券に関わるから。

 クラヴァスは何も言わず、眉間にシワを寄せている。何か言いたいのだろうか、それともただ話したくないだけか。いずれにしても一方的に話しているのは気まずいものだ。


「……あ、はは。ごめんね、おじさん、うるさかったかな。あ、そうか、教室で何かしたいんだよね。ジャマだよね。もう終わっているから、じゃあ――」


 足を一歩だけ動かした時だ。クラヴァスの声が「ま……」だけ聞こえ、足が止まった。


「ま、待てよ……あ、アンタ、ホントに、なんもないのかよ」


 戸惑うような口調、微かに震えている彼の手は震えを抑えようと握りしめられている。

 先日から二回目であるその言葉、さすがに無視はできなかった。


「クラヴァスくん……何か、あった?」


「……っ! な、なんでも……ただ……」


 もしかしてバエルの魔法陣に関わるのは彼なんだろうか。そう捉えざるを得ない。

 あの魔法陣には二人が関わっている可能性がある。魔力ある者を葬るために魔法陣を描いた者と。そして魔力がない者を狙うようにした者。彼の場合、実力を考えればどちらでも可能かもしれない。

 犯人はクラヴァス、なのだろうか。


「……アンタ、魔力なし、なんだろ」


 その言葉に息を飲む。なぜそれがわかるのか。魔力のあるなしは見た目ではわからず、魔法の使用ができるかできないかでわかる。バエルの場合は悪魔という異質な存在ゆえ、わかってしまったのだろうけど……クラヴァスがなぜ。


「ホントに、いるんだな……魔力がない人間なんて」


 その言葉は完全に“魔力なし”の人間を否定する言葉だ。確かに数は少ないがこの世に存在する。

 そして“生きている”のだ。


「確かに僕は魔力なしです。でも、なぜそれを?」


「……知り合いに聞いた」


 知り合いと言われ、彼の知り合いで自分のことを知る者はジャンしか浮かばない。でも彼がそんなことを言うはずはない。


「ダサいよな、魔力なしなんて……アンタこそさ、生きてて楽しいわけ?」


 年下からの辛辣な言葉。そんなことを言ったら大人としては指導してあげた方がいいのかもしれない。

 それに……それは散々、今まで多くの人に言われてきた言葉だ。魔力なしは何もできない、と。それでも自分は――。


「楽しいですよ」


 その質問にはしっかりと答えられる、笑って。


「魔力はなくても楽しんでます、色々なことを。だからそういう言い方は良くないと思いますよ。これからもクラヴァスくんは多くの人と出会うんですから。今から敵を増やすことはないでしょう……クラヴァスくんも色々なことを楽しんでください」


「楽しむ……? はっ、俺はそんな、つまらないことに気をまぎらわす気はないよ。俺はただ賢く、強くなる。誰にも負けない魔法使いになるだけだ」


 珍しくクラヴァスが長く話してくれた。ジャンからは「あいつはほとんど話さない、口を開けば生意気なことしか言わない」と聞いていたから、ちょっと驚きで嬉しいかも。


「クラヴァスくんは十分に賢くて強いじゃないか。それなのにまだまだ上を目指すの?」


「当たり前だ。誰にも文句を言わせない、指図されない存在になってやるんだ」


「それって誰か、君に文句を言って指図する人がいるってことかな」


 クラヴァスが唇を引き結んだ、その様子でわかる。彼は優秀ではあるがまだまだ子供、わかりやすい面もあるようだ。


「そっか、クラヴァスくんも大変なんだね」


 優秀だからってなんでもこなせるわけではない。時にはできないことだってある。

 けれど、もしかしたら彼はそういうことから逃げ出せる環境じゃないのかもしれない。もしくは逃げ出すことが大嫌いな性格か。

 いずれにしてもクラヴァスはただ虚勢を張っているように見える。


「とにかく無理しないでやるんだよ。魔力なしの僕が手助けできることなんて何もないけど話を聞くことはできるから。あとは君達がたくさん魔法を使った後の清掃はね、任せてね」


 少しでも彼が抱く負担が軽くなれば。といってもやれることなんか本当にないし、こうして色々言うのもただのおせっかいだろう。

 案の定、クラヴァスの表情は険しくなる。


「な、なんで……なんでアンタは……くそっ、何も、ないくせに!」


 肩を怒らせたクラヴァスは足音荒く、廊下に出て行ってしまった。カツカツと革靴の音が遠退く中で「何もないかぁ」と苦笑する。


(逆に君は色々ありすぎるんだろうね……そう、僕は何もない。だからこそ半年の命になっても悲しむ人もいない……だから良いんだよ)


 とりあえずクラヴァスがバエルの魔法陣に関わりがある率は高いようだ。別に犯人探しをしたいわけではないが、担任のジャンには伝えておいた方がいいのかもしれない。

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