第3話 この仕事好きです

「はっはっは、あのクラヴァスに説教垂れるなんて、さすがレオおじさん、やるよな〜」


 魔法学校は小高い丘の上にあり、その麓には多くの店が揃うにぎやかな街がある。

 その中には自分とジャンがひいきにする酒場もあり、カウンターで酒を飲み交わすのが習慣となっている。焼き魚の匂い、他の客が吸うタバコの匂い、世の中の人々の愚痴や涙すること。そんなものに囲まれながら、ジャンは酒を飲んで大体、悪態をついている。


「あのクラヴァスっつうガキなんだけどさぁ……何言っても響かないんだよ。生意気過ぎて。その態度なんとかした方がいいぞって言っても知らん顔だし。ありゃ、そのうち誰かに呪われちまうわ」


「教員がそんなこと言わないの……」


 ジャンは酔いが回ると日頃の愚痴が止まらなくなるのが難点だ。いや飲まなくても愚痴っぽいけど。黒髪の下の顔はすでに真っ赤だ。


「魔法の名門だもんな〜っ。大層大事に育てられたんだろうな、才能もあるし見た目も完璧。苦労なんてないんだろうよぉ……そのくせ俺達はどうだ。能力も見た目もフツー、目立つこともなし、モテることもなぁーし」


「ジャン、モテたかったのかい?」


 ジャンは酒の入ったグラスを傾けながら「そりゃね」と言う。


「学校からの同期、職場の同期……みんな出世したり、良い恋人を見つけて幸せな道を歩んでいるのになぁ。俺っていつまで経っても一人で孤独〜」


「ネガティブに考え過ぎるのもよくないんじゃないの? もっと楽しみなよ、小さなことでもさ」


 自分はなるべく全てを楽しむように心がけている。だってそうでもしなきゃ本当に何もなくなってしまうから。

 ジャンはため息をつき、つまらなそうに手に握るグラスを睨んでいる。


「お前って昔からそんなだよな……楽しいのかよ。ずっと“ただの清掃員”やっていて。その仕事を紹介した俺が言うのもなんだけど」


 その言葉にすぐさま答えを返す。


「もちろん、楽しいよ」


 学校を卒業してから行く先のなかった自分に声をかけてくれたのは他ならぬこの友人だ。ジャンは卒業してから魔法関係の就職をする予定だったらしいが、その道をやめて教員という道を選んだ。

 そして何もなかった自分に、この清掃員という仕事をくれたのだ。それには本当に感謝している。


「僕は楽しいよ。生徒達に明るく“おじさん、いつもありがとう、また明日”って言われるの」


 必要とされている、一人じゃない、そう感じられるから。


“でもみんな、死ぬ時は独りなんだぜ……”


(えっ……?)


 突然、変な声が聞こえた。ジャンに「なんか言った?」と聞いたが彼は首を横に振る。


(なに今の、不気味な声は。そして今の言葉は……?)


 さすがにいつも“のほほん”としているとはいえ、背筋が震えそうになった。せっかくの酒がまずくなる、他の席から聞こえた他人の会話かな、気のせいだ……そう思うことにした。


「そ、そう言えばジャン、君に報告しなきゃいけないことがあったの、忘れていた」


 教室にあった小さな黒い魔法陣のことだ。ジャンに説明すると「ふぅん」と返された。


「それって悪魔系の召喚じゃない?」


 突然聞こえた物騒な言葉。レオは焼き鳥を口にくわえたまま、固まった。

 ジャンはホラー話を聞かせるように“わざと”怖い顔をして話を続ける。


「悪魔系の召喚はとても高度な魔法だ。俺ですら低級な悪魔召喚しかできない。相手の血を吸うぐらいの蚊みたいなヤツ。かわいいだろ?」


「いや、かわいくはないけど。上級なものになるとどうなるんだい?」


 話が重くて焼き鳥の味がわからなくなりそうだが、まだわかった。甘辛い焼き鳥を飲み込むんだ後、ジャンは言った。


「もちろん、全てを奪う。頭の先から爪先、骨の髄まで」


「そ、それって? つまり、死ぬ……ってこと?」


 そんなものが教室に。それは誰かが誰かの命を奪うために使ったということか。

 けれどジャンはのんきに「お酒のおかわりお願いしま〜す」と店員に言っていた。


「はっはっは、まぁそう言われているだけだ。噂だって。それにさすがに新一年生どもが悪魔召喚なんかできるわきゃない。俺だってハエがやっとなんだ」


「さっきは蚊って言っていなかった?」


 愚痴ばかりだったジャンは、やっと元の明るさを取り戻し、ヘラヘラと笑う。焼き鳥を頬張ると「うま〜」と言いながら次々食べ進める。


「んで、その魔法陣って結局お前が綺麗にしてくれたんだろ?」


「う、うん。清掃しなきゃいけなかったからね」


「綺麗に落ちたならいいじゃん、さすがルラ魔法学校イチの清掃員さまだ」


 その言い方はやめて、と言いつつも。実際、生徒やジャン以外の教員からも「レオさんが清掃してくれるといつも綺麗になる」と褒められている。だからこの仕事は好きなのだ。


 ジャンとは街中で別れ、レオは帰路に着いていた。街灯の明かりのおかげで空は暗くても街中は十分に明るく、人通りが少ない道を歩いても怖さや不安はない。舗装された道をコツコツと音を立てて歩き、少し冷たい風が酒を飲んだ身体に気持ち良いなぁ……と思っていると。


「人間っちゃあ酒で不安が忘れられるからいいよなぁ……死にかけていても酒さえありゃ、どんな苦しい死に方をしても平気なんじゃねぇか? ――なぁ?」


 自分のすぐ近く、なんなら耳元で。

 先程も聞いた低く、人を蔑み、絶望させるような声が聞こえた。

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