第48話、熱血全力少年、生成の鳥籠姫とともに今だけは観覧車の窓を濡らす
オレがそのまま黙していると。
今度はまどかちゃんが、悲しみが混じりながらも。
はっきりとした口調で、語りだした。
「わたし……ここに来る前、家に残るか、おじいさまについていくかで、結構悩んだんだ」
それは、一見違う話題のようだった。
それでも、重い沈黙のままよりはいいので、オレは相槌を打って続きを促す。
「それでね、結局わたしはおじいさまについていくほうを選んだの。おじいさまが好きだったし、おじいさまの研究を、近くで応援したかったから……」
まどかちゃんの言葉で、三輪さんのことを思い出す。
きっと彼にとって、まどかちゃんは大きな支えだったのだろう。
まどかちゃんがそうであったように。
「でも、それは今思えば間違いだったと気付いたんだ。わたしが下手に応援して、煽って……おじいさまに対する過剰な期待をして、おじいさまに無理をさせちゃったの」
それは違うと言おうとしたが、まどかちゃんの言葉は止まらない。
「だから、だから全部わたしのせいなの。わたしがいなければ、おじいさまも無理をして、黒陽石に手を出すことなかった。快さんも、由魅さんも、他のたくさんの人達も、犠牲にならずにすんだかもしれないのっ。それに、雄太さんだって、こんなに辛い思いをすることもなかった!」
まどかゃんは叫ぶ。
まるでさっきのオレの気持ちごと、鏡で映したかのように。
……見ていて、堪らなかった。
「それは違うっ!」
オレは勢い込んで言葉を返した。立ち上がった勢いでゴンドラが揺れる。
訳の分からない、熱いもやもやに急かされて、言葉を続けた。
「オレの思いは、オレの判断で起きたことだ! オレが、オレ自身が生きたかったから! まどかちゃんと生きたいと願って選んだんだっ!」
「ど、どうしてわたし、なんかっ」
「好きだから! ……会った時からこれは運命だと思った。最初に地形が変わったときだって、掴んだのは君だった。オレはオレ自身で、オレの意思でこの選択を選んだんだっ!!」
初めはそのことに対して沈んでいたのに。
今は、ただそのことを訴えていた。
結局のところ、オレは全てにおいて、まどかちゃんを。
オレの中にある大切な人を優先したんだと思う。
「雄太さん……わたし、やっぱり悪い子だよ。そんな風に思っちゃいけないって思ってるのに、雄太さんにそう言われて、こんなにも嬉しいんだから」
まどかちゃんは、微笑んでいた。
でもその瞳は、涙で溢れていて。
その表情は、抑えきれない哀しみを、何とかぎりぎり保っているかのような。
無理して笑っていようとする、そんな笑顔だった。
オレは見ていられなくなって、まどかちゃんに顔を隠すようにそっと抱きしめる。
これなら相手を気遣って、繕うこともない。
きっと、オレも同じような顔をしているはずだ。
そんな二人の空気の中で……。
オレは、自分自身にも言い聞かせるようにつぶやく。
「オレ達が、していいのは、選ばなかった選択肢を悔やむことじゃない。選んだ選択肢を、選ばれなかった分まで、大切にしていくことだと思うんだ」
今更都合のいいことだけど、気付いたのはそのこと。
オレが全ての心のうちをさらけ出し、まどかちゃんがそれに応えてくれたことで、初めて分かったことだ。
三輪さんは、ただまどかちゃんのことだけを心配していた。
……ただ、まどかちゃんが無事でいるのを望んでいたんだ。
「そう、だよね。わたし、雄太さんに選んでもらったんだよね……」
確かに、オレはまどかちゃんを選んだ。
好き、という言葉に乗せて。
「うん、オレはオレ自身で、そう決めたよ。……だから、まどかちゃん自身が選んだ答えを聞かせて欲しい」
オレが訊いたのはそんな言葉。
普段ならこんなこと訊けもしなかっただろうけれど。
これは、選んだ選択肢を大切にしていくための、誓い、だったんだと思う。
「……信じてもらえないかもしれないけど。出会った時から、わたしは雄太さんのことが好きだったの。だから、わたしは……雄太さんとともに、ゆくことを……選びます」
厳かに、でもはっきりと、まどかちゃんは言う。
「もちろん、信じるさ。だってそれは、オレも同じだから」
肩越しに伝わる言葉を、オレはそのまま返して……。
「うれしいよ……わたし、雄太さんに、ずっと好きでいてもらえるように、頑張るね」
「ああ、オレもさ」
耳よりも、心臓に近いその言葉は、オレの中へとしっかり根を下ろす。
「だから、だからね? 今日くらいは悔やんでもいいよね? これからを大切にするから……今日だけは、泣いても……いいよね?」
それはきっと、まどかちゃんの最初のわがまま。
オレは、その言葉に黙って頷く。
そしてオレたちは。
もう戻らない、大切な人達を想って。
涙が枯れ果てるまで、二人で泣いた。
二人の空気の中で、二人の涙が満ちていく……。
観覧車の窓には、そんなオレたちにもらい泣きした神様の泣いた雫がこぼれ出して。
誰に知られることなく、包み守られていて。
イルミネーションと、闇夜にたゆたう空の星の光に反射して。
心を震わす幻想を創っている……。
その幻想は、決して破られることはなく。
二人はそんな世界の中心で。
ゆっくりと、溶けていった……。
(第49話につづく)
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