第47話、熱血全力少年、溜まりに降り積もった心内を吐露する




再び、しとしとと、始まりの雨が降り出す。



オレたちはゴール……観覧車、『フィリーズ・ホイール』の乗り場へとやってきていた。

全てのアトラクションを見たわけじゃないけれど。

その観覧車は、三輪ランドで一番大きなアトラクションなんじゃないかって思えるほどの大きさだった。

ひょっとしたら、どこの場所からでも見えるように作られたのかもしれない。


オレはもう一度、地図を広げてみてみる。

地図の赤い線の終わりは、確かにこの場所を示していた。



「観覧車に、乗ればいいのかな?」

「うーん」


まどかちゃんの言葉にオレが考え込んでいると、

それに変わりに答えるかのように、低い機械の駆動音がして、ゆっくりと観覧車が動き出す。


「そうだね、これはきっと乗れってことなんじゃないかな」


オレはまどかちゃんと目を合わせて頷く。

そう言えば、ここに初めに来た時に、観覧車は動いていた。

ひょっとしたら、まどかちゃんが近くにいたから、こうやって動いていたのかもしれない。


「それじゃあ、乗ろうか。観覧車に始めて乗るのが無賃乗車だっていうのもなんだけどね」

「え? 今まで一度も乗ったことないの?」

「うん、覚えている限りではね」

「じゃあ、同じようなものだね。わたし、家族以外で男の人と観覧車に乗るのは初めてなんだ」

「……それは光栄だね」


オレはおどけて微笑んでみせる。

まどかちゃんだって、相当疲弊して疲れているはずなのに。

それでもオレを気遣ってくれている、まどかちゃんのそんな心遣いが嬉しかった……。






観覧車は、激しくなった雨音だけを引き連れて、ゆっくりゆっくり昇っていく。

二人で座るとちょうどいい広さのゴンドラで。

そこは二人だけの空間といった感じだった。



しかし今は、静けさが重い。

原因は、沈んだままのオレだろう。

中司さんや快君……雨の魔物の存在が消え去った今、二人がどうなってしまったのか。

本当に、オレの選択は正しかったのだろうかって考えてしまって……。



このままじゃいけない。

何より切り捨てた選択肢のことを思うと、心が痛かった。


だからこそ、オレは話すことにする。

いや、話さないといけないんだ。

まどかちゃんに、嫌な思いをさせるかもしれない。

でも、知ってもらうことに意味があると信じて。



「まどかちゃん……さ、オレが一人でまどかちゃんの所にやってきた時、変に思ったよね?」

「快さんと、由魅さんのこと?」


まどかちゃんはオレの言葉を受けて、すぐにそう答えた。

きっと、ずっと気になっていたに違いない。

何も言わないオレを、ただ気遣ってくれてたんだろう。


「その。どうしていなかったかってことなんだけど」

「あの怪物の、犠牲に、なったから?」


まどかちゃんは、オレが言うのを遮るかのように、そう呟く。

つらいことは、独りで背負い込んじゃだめだよ、

そう言っているようにも聞こえた。


しかし、オレは首を横に振る。



「それが、最初は良く分からなかったんだ。二人が黒陽石の力に操られてしまったのは分かったんだけど、犠牲になったところを実際に見たわけじゃなかったから。でも、あの時、雨の魔物と戦った時、聞こえたんだ。雨の魔物の咆哮に混じった、たくさんの人の悲鳴を、二人の声を」


物見やぐらで雨の魔物を見た時には既に、何となく分かっていた事のはずだった。

しかし、オレはそれがどうしても信じられなくて。

否定して、逃げてしまった。

それが失敗だったとも気付かずに。


「だからさ、オレはそれを知った時、一旦引いて探そうと思ったんだ。二人が助かる方法をね。可能性はゼロじゃないはずだった。そう信じたかった。……でも、結局オレは探すことをしなかった」

「それは。わたしが……逃げようと、しなかったから?」


オレは再び、今度ははっきりと首を振る。


「ううん、違うよ。実はあの時のオレ自身が、もうまともに逃げられる状態じゃなかったんだ。力不足……ってやつさ。いや、違うな、本当に言いたいのはそうじゃない。オレはね、その時、切り捨てたんだよ。自分本位に、ね。何が何でもそこから逃げて、二人を助ける方法を探す選択肢だってあったはずなのに、自分がいいほうを選んでしまった。勝手に、黒陽石の犠牲になった彼らが悪いんだって。黒陽石の力に乗っ取られてるとはいえ、オレは殺されそうになった、裏切られたんだ、オレは悪くない。……悪いのは向こうなんだから、倒すのも正当防衛だって。戦う時、そんなこと考えてたんだ。だから、だからっ。二人は雨の魔物の犠牲になったんじゃない。オレに、見殺しにされたようなものなんだよ!」


オレは吐き出すように自分を曝け出した。

それがオレの心の奥底にあった、一つの真実。

それは、万年の雪に抱かれた、下層の大地のように醜く汚い。


結局の所。

オレは二人の命と、自分の身の可愛さを天秤にかけたのだ。

二人の命を救うことよりもまず、自分が死にたくなかったんだ。


そうして、前以上に。

重い沈黙がその場を支配して……。



    (第48話につづく)






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