第45話、熱血全力少年、生成の鳥籠姫に心得諭される




「ヴァオオオオーンッ!!」



雨の魔物は咆哮をあげ、ついに剣を抜き取り、こちらを見てきた。

いや、顔が向いただけで、その濁った瞳が本当にこちらを見ているのかどうかは、知りようがなかったけど。


それでもオレは、雨の魔物から視線を外さず、じっと見据える。

そして、背中越しにまどかちゃんに言った。



「まどかちゃん。これから何が起きても、声をあげたり、視線をオレの背中から逸らさないでいて欲しいんだ。何があってもだ、お願いできる?」

「うん、分かったよ。……雄太さんを、信じるからっ」


まどかちゃんは、祈るように両手こぶしを握り、意気込んでそう言ってくれる。


「うん、信じてくれ」


オレは、そんな頼もしいまどかちゃんに笑みでそう返すと。

その言葉を最後に口をつぐみ、手を軽く広げた。

そして、ただまっすぐに、雨の魔物を見続ける……。



雨の魔物は、それをどう思ったのかは分からない。

ただ、動こうとしないオレたちを見て、すぐに剣を構えてこちらに突進してきた。


しかしオレは雨の魔物が近付いてきても、動きを見せない。

ただ、じっと見据え続ける。


一瞬が勝負だった。

とにかく、限界ぎりぎりまで引き付けるんだ。



と。


(来るっ!)


視線を向けなくても分かる、雨の魔物とは比べ物にならない大きさの何か。

それでもオレは動かない。



「ヴォオオオッ!」


そして、雨の魔物が剣を振りかぶって、今まさにオレに叩きつけんとする瞬間。

オレはその剣を持つ腕に向かって跳躍した。


重さにより勢いのついた剣は、オレの突然の反応に軌道を変えられず、熱い風を伴って皮一枚ぎりぎりの所を通過していった。

その一撃を避けられた雨の魔物は、再びあの不快な超音波を発射せんと口を開ける。


確かに、この至近距離ならただことじゃすまないかもしれなかった。

しかし。



「遅いっ!」


オレは叫び、雨の魔物の肩を踏み台にして、さらにその上へ飛び上がった。


上空で刹那、雨の魔物と視線が交わる。

オレは、そんな天地無用な状態であっても決して眼を逸らさなかった。

それがオレの作戦であり、決意だった。



……そして。


ドッゴオオオオオオオオオオーン!


それだけで意識が飛んでしまいそうな大きな破砕音が木霊する。



その時、音とともに巻き上げられたオレの視界に入ったのは。

昏い雲が埋め尽くす空と、屋形船と呼ぶのもおこがましい、巨大な帆船、『ニーズ・ユーズ・ボート』、で……。





           ※      ※      ※





「……さん! 雄太さん!」


まどかちゃんの呼ぶ声がする。

ふわりと意識が浮上する感覚がして、オレは目を覚ました。


「雄太さん! よかった……」


まどかちゃんは涙ぐみながら、こちらを覗き込んでいる。

そんなまどかちゃんに応えようと起き上がろうとするが、うまく身体が言うことを聞いてくれなかった。

背中には、硬い木片の感触があって、痛い。


とにかく解放している力を戻さないと。

オレは、無意識にもポケットにしまっていた二本のミサンガを取り出して、結びにかかる。


「これを結ぶの? 待ってて、わたしがやるから」


指先の動きがおぼつかないオレに変わって、まどかちゃんが手際よく結んでくれる。


すると、すぐに息がつけるようになった。

おそらく、瞳も元に戻っているはずだ。

今度こそ力を込めて起き上がり、オレはまどかちゃんのほうを見る。

それでもかなりの気力を要したけれど、上から見つめ続けられているのは何だか照れくさかったんだ。



「結局、どうなった? うまくいった?」


オレはそう言いながら辺りを見回す。

雨の魔物の姿は無かった。

変わりにあるのは、ぶつかって大破したのだろう、もとは空飛ぶ帆船だった木切れの残骸の山だった。


「雄太さん、『嘘つきは悲劇のヒロインのはじまり』……なんだよ?」

「えっ?」


オレは思わず間抜けな声をあげてしまった。

輪永拳の心得第二十七曲目。

数多ある心得の中でも、何か違うようなって思える、最たるものだ。

でも、まどかちゃんの表情は真剣そのもので、それを茶化す気にはなれなかった。



「わたし、今、本当に生きた心地がしなかったんだよ?あのおっきな船が来ても、雄太さん全然見てなくて、逃げようともしなくてっ」


初めは怒っていて強めだった口調が、だんだんと頼りなくなっていく。

そこで初めて、一連の行動をまどかちゃんから見た立場で思い返して、すごく後悔した。


いくらなんでも少しくらい説明するべきだったんじゃないかと。

……まあ、そんな時間もなかったんだけどさ。



    (第46話につづく)






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る