第44話、熱血全力少年、歌が終わってしまう前に引き止められる




とっておき、とは言ってもオレは今までそれを使ったことはなかった。

生けとし生けるものの中に眠る未知の力を解放する『皇醒眉(オオサビ)』。

オレは、それを使役する資格を途中で放棄してしまっている。


死ぬかもしれないな。

オレは漠然とそう思いつつも。

輪永拳を教わってから一度たりとも切ったことのない漆黒のミサンガに手をかける。


これを切れば、きっと全てが終わるだろう。

これを切ると、心に決めただけで、大気がざわめいた。


さっきまで、危険だと騒いでいた脳も、すっかり大人しくなっていき。

空気が熱を帯び、あたりに風が捲いていく……。





と、その時だった。

さっと駆けてきたまどかちゃんの、小さな手のひらが、オレの手首を掴んだ。



「……まどかちゃん?」

「雄太……さんっ、駄目……だめだよっ!」


まどかちゃんはそう言って、両手の力を強める。

まさか、気付かれた?

オレがミサンガを切る事によって起こりうることを、知っているのだろうか?

オレはまどかちゃんに、そのことを一度だって言った覚えはないから、何となく気付いたのかもしれない。

オレが、命を賭けようとしているってことを。


女の勘ってやつかな。

これじゃあ、嘘もつけないな。オレは再び苦笑してしまった。

まどかちゃんの小さな、柔らかくつめたい手は、震えている。


それは、寒さでとではなく。

絶対に放さない、と言う意味で渾身の力を込めているんだろう。

だとしても、その力は簡単に解けてしまいそうなほど弱い。


ただ、まどかちゃんは必死だった。

その手を解くのは容易かったけれど、そんな無粋な真似はしたくなかった。

一目ぼれして、好きになった女の子に、こんなにも気持ちを込めて手を握ってもらっているんだ。

それを解くなんて、愚かの極みじゃないか。


オレは、負けました、とばかりにほうっと息をついて。

もう一方の手で彼女の手を包んだ。




そうしていると、ふっといろんなことが思い浮かんでくる。


『護るものがあるならば、選択することをためらってはいかんぞ……』


じいちゃんの言葉。


そして、まどかちゃんと初めて会った、夢のこと。



「止めてくれてありがとう。このまま自分を諦める所だったよ。どうかしてたよ、オレってば」

「雄太……さん」


まどかちゃんは、オレの言葉を受けて安心したように、手を緩める。

離すことはしなかったけれど。


「まだ、諦めなくてもいい方法があったんだ」


そしてオレは、まどかちゃんに言う。


「でもそれには、まどかちゃんの力が必要なんだ。オレと、その方法を、試してみない?」

「うんっ。わたし、やるよっ!」


まどかちゃんは、迷い一つなく、むしろ嬉しそうに頷く。


そして、オレたちは、再び雨の魔物の前に立った。



二つの願いは一つしか叶わない。


そんな瞬間が、オレにもやってきたんだと、自覚しながら……。





          ※      ※      ※





オレは、もう一つの方法を実戦するため、辺りをざっと見回した。

そして、自分の考えに確信を得る。


「まどかちゃん、少しばかり移動しよう。こっちへ」


オレは頭をフルに働かせて、夢と同じ場所を割り出す。

とは言っても、ほんの数メートル移動したにすぎない。

幸いなことに、雨の魔物は地面にめり込んでしまった剣を取ろうとしてもがいていた。


チャンスは今しかない。

移動した場所は、観覧車……『フィリーズ・ホイール』を背にして、雨の魔物と相対できる場所だった。


「少し動いただけなのに、何か変わるの?」


まどかちゃんは、当然不思議そうにそう訊いてくる。


「うん、おそらく……いや、間違いない。えっと、まどかちゃんはそこでじっとしててくれるかな」


オレはまどかちゃんを止まらせると、そのままくるりと背を向けた。

すると、ちょうど目の前に、うまく雨の魔物を見ることができる。


そして、正にそのタイミングで。

今まで止んでいた雨が、また降り出し始めた。



「あ、雨が……」

「うん、夢と同じだ。これで間違ってない」


雨はきっかけだった。全ての始まりを示すもの。

あの夢でも、確かに雨は降っていた。


しかし、夢は夢であり、現実は現実。

オレは、そんな簡単なことにも気が付かなかったんだ。


夢は、つぎはぎだらけのストーリーを、さも同じ時間枠のように見せてくれるけれど、本当は違うんだ。


そのストーリーは、ずっと同じ時間枠と、同じ場所で起こっているわけじゃない。

メリーゴーランドで、まどかちゃんと再会した時。

オレは夢と同じだと思っていたが、実はそうじゃなかった。


……答えは、そこにある。



    (第45話につづく)






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る