第34話、熱血全力少年、まだ終わってないと震え立つ



オレは引き攣る体の痛みで、目を覚ました。

視界にはまたもや空の青が広がっている……。


何がどうなったのかが分からないまま、体を起こし、辺りを見回した。

そこは、結構高い場所のようだった。

入り組んだ白い壁たちが、眼下に見える。


それは、何故か地平線の向こうまで続いているように見えて。

いくら頑張っても抜け出せはしないのではないか、なんて。

そんな虚脱感が、抜けなかった。



快君や、中司さんの姿が見えない。

さっきの地響きは、また地形が変わったために起きたものらしい。

足元を見ると、円状のねずみ返しのようなものがある。

どうやら物見やぐらのような所の上にいるようだった。


運がいいのか悪いのか、あの瞬間、これにひっかかって打ち上げられたのだろう。

ならば、この下に先程の噴水、『フォーテイン』と呼ばれた広場があるはずだ。



「……」


ただ冷静に状況を把握し、終わったことを忘却し、これからどうしようかと模索している自分に反吐が出た。


未だ『醒眉』の脳解放状態が続いているのもあるが。

そんな自分の人でなしさに、やり切れない憤りを感じ、そんな脳を自らの手でかきだしてやりたくなる……なんて考えていた時だった!



ヴァオオオオオオオーンっ!


それは、遠吠えだ。

鼓膜だけでなく、体全体が潜在的な恐怖によって震えてしまうような咆哮が木霊する。


そして、何か巨大なモノが歩を進めるかのような足音が聞こえた。

その足音が、一歩一歩近付いてくると思っただけで。

見えない何かに絞られ軋らんとする圧迫感がオレを苛む。

オレは恐怖で硬直する体を叱咤しながら、腹ばいになって下をそっと覗き込んだ。



……そこに、それはいた。


大量の血液を塗りたくったかのような、生温い色合いの肌。

兎のように垂れた、赤黒く長い耳。

黒陽石の仮面に、そのまま肉付けしたかのような凶悪な面構え。

巨大な蹄めいた指先には、ぼうっと浮かび上がる白。

大木のように太い胴には、ぎりぎりに引っ張られてはち切られそうな男物の服。

その白も、その服も、一番信じたくない答えにつながっているようで……オレは自らの震えを止められない。


それは、何かを探してでもいるかのように、その場をうろうろと徘徊している。

その何かが、オレかもしれないと気付いた時。

身体の震えから起こる、些細な音でさえそれに気付かれてしまうような気がして。

オレはただ息を詰めて縮こまることしかできなかった。

『醒眉』の反動で体が言うことをきかないせいもあり、計り知れない恐怖がオレをなぐりつける。



―――二人で足して一つになればちょうどいいと思うのにな。



そんなオレがその時浮かんだ、そんな自分の言葉に呆然とする。

あの姿は、あれはもしかしてオレが考えたから?

違う。そんなはずはない。

そんな馬鹿げたこと、起こるはずがないっ!

大体、あんな怪物が二人なわけないじゃないか!



「ヴァオオオオオオオーンっ!」


そんなオレの気持ちを打ち砕くような、咆哮。



「……っ」


まさか、本当に?

信じたくない心とは裏腹に、さっき見た姿を思い出す。

確かに、あれはどう見ても快君の服だった。

蹄の白い光沢が、中司さんのマニキュアと同調して離れない。


そんな言いようのない葛藤から来る苦しみに、叫び声をあげたいのに、それすらままならない。

恐怖と苦しみに雁字搦めにされたオレは、意識を保ちその場にいることができそうになくて。


一時しのぎだとは分かってはいても。

再び意識を手放すことしか、オレには術がなかったんだ……。





          ※      ※      ※





「……」


何か、夢のようなものを見ていたのに、思い出せなかった。

それは、当たり前の日常の、幸せな夢だった気がする。


オレは、何度意識を手放し、そして目覚めるのだろう。

それこそ、醒めない悪夢のように現実は再びやってくる。



既に当たりは暗くなり、陽も落ちているようだった。

空は曇ったままで、月も星も見えない。

夢の残滓が、まだ残っているような気がして、

今この独りでいる闇こそが本当は全部夢だと、早く目が醒めればいいのにって思うのに、快君の剣を受けた腕の傷は、しっかりと残っていて。

それが、全てが現実であることを物語っているようで。

暗闇はただ暗闇のまま、いつまでも、変わることはなかった。



(何で、オレだけ……こんなところに、いるんだろう?)


視界一杯に広がる闇を見ながらそう思う。



―――今独りなのは、仲間だと思っていたのに、裏切られたから。


(違うさ、彼らは、黒陽石に操られていたから)


オレは首を振って否定しようとする。



―――操られたのは、彼らの心の弱さ。いくつもの命を奪い、オレの命も危険に晒した。だからもう、関わるべきじゃない。


しかし、容赦なく、言葉の羅列は止まらない。



(そんなこと言うな! オレだって何もできなかった、止められなかったじゃないか!)


―――そう、オレは力がない。何もできなかった。だから、生きていることを幸運だと考えるべき。



事実は、何て痛いんだろう。

オレは、胸元を押さえつけるようにぎゅっと掴んだ。


(幸運だって? みんながいなくなって独りで何もできないでいる、この状況が?)


―――ここにこのまま残るのは、得策じゃない。一刻も早く、ここから出る方法を考えるべき。



さえた脳は、さえないオレの気持ちを無視し、オレ自身の最優先事項を吐き出していく。

イライラした。こんなにも自分が嫌な人間だと感じたことはなかった。



「うるせーっ!」


だからオレは、自らにそう叫ぶ。

そしてそのまま、酷薄で自己欺瞞な考えを打ち消してやろうと、捨てずに持っていた二つのミサンガを結び直してやった。


それでも、鉄錆のような嫌なイライラ感は止まらない。

そんな衝動のままに、じっとしてられなくて、物見やぐらから降り始めた。


暗闇で見づらかったが、それでも何とかもとの場所、惨劇のあった広場へと降り立つ。

暗がりなので、はっきりと断言はできなかったが。

そこには血の痕も何もなく、まるで何も無かったかのように、噴水の水だけが飛沫を上げていた……。


それは、今まであったことは忘れろって言われてるみたいで。

じいちゃんとも誓いも。

まどかちゃんとの約束も。

快君や中司さんとの関係も。

何一つ守れなかったんだって逆に実感させられて。



「そんなの、忘れられるわけねーだろっ!」


オレは、再び自分に言い聞かせるべく叫ぶ。

何一つ守れなかったって諦めるのは、早過ぎると思った。


何より、諦めるのなんてイヤだった。

嫌な自分もままでいるのが、これ以上我慢ならなかったんだ。



―――『星になるまで、上を向いていこう』。


輪永拳の心得第二十曲目。

どんなにサイアクでも、うつむいてばかりじゃ何も始まらないってこと……だ。




そして、それを実行しようと見上げた空には、物見やぐらがあった。

それは、ここに来たときはなかったはずのもの。


そこまで考え、オレは気付く。

物見やぐらが、あのタイミングで出てきたのは、オレを助けるためだったんじゃないのかって。


もしそうだとすれば。

オレを助けた理由は、何だろう?

何か、分からない誰かが、オレを生かそうとする意志が、そこには感じられた。



「まだ最悪じゃない……よな」


だってオレは、ここにこうして生きているんだから。

オレは歩き出した。

当てはないが、そうする理由がある。

そして目的も。


ならば進むしかないだろうと、自分に言い聞かせて……。



    (第35話につづく)






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