第33話、熱血全力少年、黒曜石の怪しい魔力に飲み込まれる
眼に映るものを信じたくなかった。
でも、顔が見えなくてもその服装で判ってしまった。
たとえそれが血の色一色に染められていても、それは快君本人のものだった。
認めたくない、逃げ出したい、信じたくない。
そんな言葉がオレの思考を支配する。
だが、眼を背けたくても、眼の前の出来事は事実、起きていて……。
だからこそ、いつもの朗らかで優しい快君を取り戻したかった。
「生きるさ! これで全て終わらせてやる!」
オレは人差し指の爪で、二本目の、赤と緑のストライプのミサンガを引きちぎる。
どくんっ!
心臓が高鳴り、毛穴の全てが開くような感覚。
さらに、オレ自身は自分でちゃんと見たことはないが、瞳に無限大の刻印が刻まれる。
黒目の中に入り込むように混じる白目が、ねじれた螺旋を描いている……はずだ。
自分が人外のものになった気がして、何かを失ってしまいそうな気持ちになる反面、
周りの非現実ぶりに耐性がついているのを、身をもって感じる。
これが、『醒眉』の始まりだった。
「オオオオオッ!」
「っ!」
四つ足扱うがごとく突っ込んでくる快君をいなし、まずは観察する。
やはり、注目すべきは、黒陽石の仮面だった。
『醒眉』を解放する前からなんとなく分かっていたことだが。
その黒陽石の仮面からは強い邪気のようなものが放たれている。
そして、それから導き出される答えは一つだった。
―――黒陽石には化生が棲まうほどの魔力があると言われている。
その魔力がもたらす物は黒陽石への依存症だ。
古の時代に、黄金の魔力によって一日にして滅びた、エルドラドのような。
そうなると、答えは一つ。
あの黒陽石の仮面さえ外してしまえば、快君は正気に戻るかもしれないということだ。
再び剣を構えて、オレの脳天めがけて振り下ろしてくる快君。
オレはそれを避けずに、間を詰めてその手を掴んで止めた。
「ウオオオオオッ!」
「だああああっ!」
そしてそのまま力比べ。がっぷり四つ状態になる。
こっちの方が背があるぶん、多少有利かもしれないが、どうやら互角のようだった。
でも、ただ力比べをしたいわけじゃない。
だんだん力を強める快君に対し、オレはギリギリのところまで耐えると、ふっと力を抜いた。
「っ!」
急に相手の力が無くなったせいか、前のめりになる快君。
「だぁっ!」
オレはそれを利用して、しゃがみ込み、アッパーの要領で仮面を上に突き上げた。
「うわあああああっ!」
黒陽石の仮面が弾け飛び、まるで断末魔のように、快君の声が響く。
黒陽石の仮面はそのまま血だまりへと落ちた。
その途端、糸の切れた操り人形のようにぐらりと力を失ってよろける快君を。
オレは何とか支えるのに成功して……。
※ ※ ※
「大丈夫か! 快君、しっかりしろ!」
「あ、え? ここは……」
オレが肩を叩いて揺さぶると、快君はすぐに目を覚ました。
そして首を振り振りオレを見て、ぎょっとなって後退る。
「雄太君? な、何その目っ! それに、血、血がっ!」
快君は、オレの瞳の異様さと、周りの異様さに気付き、怯えだす。
……無理もなかった。
おそらく、自分が今まで何をやっていたのかも覚えていないのだろう。
快君のせいでないことは分かっている。
それでも、知らないでいることへの生まれた昏い憤りが、オレを蝕んだ。
それが顔に出ないようにオレは歯を食いしばる。
「怖いっ! 雄太くん……何か、嫌だよっ!」
しかし、快君のその言葉に、オレは表情を保っていられる余裕はなかったかもしれない。
「快君、落ち着いてくれ! 今、説明を……っ!」
それでもオレが、そんな快君をなだめようと、近付こうとしたその時。
『醒眉』の時だから分かる、ちりちりと焼けるような新たな殺意が出現する。
「あぶねえっ!」
「っ?」
しかし、叫んだ時にはもう遅かった。
横合いから回転しながら飛んできた大剣が、快君めがけて投げつけられて。
ドシュッ!
「ぎゃっ」
それをもろに受け、何が起きたのかも分からないままに血だまりに沈む快君。
「かっ、快君っ!」
バチバチバチバチィッ!
「がぁっ!?」
そして、名を呼ぶのとほぼ同時に襲われる、背後からの激しい痛みと麻痺。
もう何が何だか、わけが分からなくなって……。
それでも咄嗟に身体をねじって、後ろの相手を見る。
「な……なんでっ」
それは、中司さんだった。
全身を赤に染め、まるで悪鬼のような表情をしていた。
ただ、足の白いマニキュアだけが、怪しく映える。
なん……で、中司さんが?
オレがそれを考えるまもなく、さらに状況は悪化する。
ドクンッ!
「ぐうっ」
どうやら、『醒眉』のリミットが来たらしい。
反動で体が凍り付けにでもなったように動かなくなる。
電気と『醒眉』による代償で、そのまま、身体が崩れ落ちるのを。
オレは他人事のように感じていた。
「ふふふっ、これが黒陽石かっ!素晴らしいっ!!」
黒陽石の仮面を手にとって、愉悦の表情を浮かべる中司さんが、容易に想像できる、そんな声色。
「な……かさ、さん……ど、どうして?」
息も絶え絶えな快君の声。
それはまだ、相手を疑っていないようで、酷く心に沁みた。
「ふふ、お前は実にいい働きをしてくれた! これで私を邪魔になるものはない!」
中司さんがそう叫び、快君に近付いていくのが、気配で分かる。
一体、何を?
考えるが意識が朦朧とし、顔も上げられない。
「これで、黒陽石は私一人のものよーっ!」
そして。
意識が刈り取られようとする寸前、聴こえてきたのは。
大地を揺るがす地響きと、中司さんの、そんな叫び声だった……。
(第34話につづく)
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