第31話、熱血全力少年、夢の裏側に在る赤く紅い現実を目の当たる




そんな、どこまでも落ちていきそうになるオレの心に映し出されたのは。

映画のようでいて、現実感のある幻想的なワンシーンだった。



雨は、まどかちゃんとともにある。

神秘的とも言える煌きの輪に、包まれ護られて。


それは。

幻想世界に住まう、メリーゴーランドという名のサーキュレイト。




「そうだ、メリーゴーランドだ……」


まどかちゃんは、メリーゴーランドの色づくあの場所で、何かを待っているようだった。

だから。

メリーゴーランドの所に行けば、また逢えるかもしれない。

オレの中で、そんな漠然とした思いが、何故か確信の満ちたものに変わっていた。


あの夢が、オレとまどかちゃんが共有した世界ならば。

きっと現実にもつながっているって……。



そう、思い立ったら行動は早かった。

オレは反動をつけ、がばっと起き上がる。

オレは、とにかく一度中司さんたちと合流するために。

黒陽石のあるという広場、『フォーテイン』に向かって急ぐことにする。


二人に会えば。

まどかちゃんだってきっとすぐに見つかるはずだから……。






そんな決意をしてから。

どれだけ歩いたかは分からない。


日も暮れて、空の青色が染み入る血液のような緋色に染まる頃。

オレはその場所に辿り着いた。



そして、絶句する。

目の前には、世界の終わりを示すかのような。

夕陽よりもなお赤い光景が広がっていたんだ……。



よくよく見るとそれは、血の海だった。

そのことを理解したとたん、腹の底からこみ上げてくるものを、必死でこらえる。


まだ流れだしたばかりにも思える血が発する、むせ返るような臭いの中。

黒い服の色彩が負けて、赤が支配したかのような塊がいくつもある。


それ何であるのか、心が理解するよりも早く。

身体が一刻も早くここから立ち去れと、足を急かす。

目の前にある現実を拒否しようとしているのに、それでも強烈なインパクトが、瞳を離してくれなかった。




「……あっ?」


そしてオレは、何か質感のあるものに足をとられる。

切り刻まれ、噛み千切られたかのような、誰かの腕。

それと同じようなものが、オレが来た道とは逆のほうへ続く道に、累々と横たわっている。



「ぐっ」


一層強くなる、一種の酩酊にも似た血の香り。


これは、何だ?

これが酒池肉林……なんだろうか。

経験したことのない衝撃で、思考がおかしな方向へ狂い始める。


それでもその塊が。

少し前に会った、バスでここに来たらしい人達の成れの果てだと認識した時。

その真っ只中、噴水の水に囲まれた、何かの台座のようなものに寄りかかる、白くぼうっと浮かび上がる光が目に飛び込んできた。



「あ……な、中司さん……!」


さぁーっと一気に血の気が引いていく。

おかしくなりかけた意識は、中司さんの存在により、逆に留まったようだった。

その光が、中司さんの足の指に付けられた白いマニキュアだと分かり、すぐにオレは駆け寄っていた。


投げ出された足は、ぴくりとも動かない。

変わってオレを襲ったのは、計り知れない恐怖だった。



「中司さん、中司さんっ! しっかりしてくれ! 何があったって言うんだ?」


こうすれば起きて、言葉を返してくれるんじゃないかって思い込ませ、オレは中司さんを揺さぶる。


「うわっ!」


するとすぐに、中司さん自身のものか、他の誰かのものか分からない血によってオレの手は赤く染まった。

その赤は、精神を歪ませるには十分なほどの力を持っている。


その赤に、飲み込まれてしまうのが怖くなって。

オレは後ろ手に転がるように後退さって……。


そんな行動が結果的に、オレの命を救った。



ズガンッ!

突然、大地が揺さぶられるような音がして、今までいた所に赤黒い何かが突き刺さる!



「だ、誰だっ……!」


オレが慌ててそちらを振り返ると。

顔に黒一色……いや、微かに赤黒い、フルフェイスの仮面をかぶった何者かがいた。


それは、黒陽石だ。

あまり見たことのない、黒陽石の仮面。

こめかみの部分からは、血に染まる……束ねられた紐のようなものが踊っている。



その様に、見覚えがあった。

図書館が調べた中にあった、雨の魔物、この地の守り神。

それを模したものであると。



ごくりと喉が鳴るのが分かる。

それから放たれる、生温かいほどの存在感と殺意に、いつの間にかかいていた汗が、一気に嫌なものに変わった。

血の匂いがさらに増して、吐き気が抑えられなくなってくる。



「オオオオオッ!」


そいつは、荒い吐息を吐き出すかのような声を出し、動こうとしないオレに向かって突進してきた。


握られた赤黒く光るもの……刃が信じられないくらい太い剣が、新たな獲物を見つけて喜んでいるかのようにギラリと光る。

何の感慨も無く、めいいっぱいそれを振り上げるのを見て、オレは彼が完全にオレを殺す気なのを理解した。



それは、非現実の一幕であるはずなのに。

でもオレを包もうとする殺気は現実で。


その時オレが感じていたのは。

ただ、『死にたくない』、『まどかちゃんに会うんだ』ってことだけで……。



    (第32話に続く)






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