第30話、熱血全力少年、夢は夢だったのかと落ちていく




ゴゴゴォォオオーン……。


その時。

三輪ランド一体に響くだろう、例えるなら巨大な腹の虫が暴れるような雷の音がした。

それは、空にかかる鐘の音のようにも思えて。



「……うわっ?」


それが合図でもあったかのように雨は強さを増した。

すぐにスコールとでも呼ぶべきものになって、地面に水溜りを広げていく。


「まどかちゃん、しっかりしてくれ、すごく降ってきた!」

「……」


もう一度強く手を握ってそこから移動しようとするが。

まどかちゃんはまるで物言わぬ石像にでもなってしまったみたいにそこから動かない。


「な、何が起こってるんだっ?」


オレは訳も分からず慌てていると、さらに地面を満たしていた雨水が渦を捲いて。

どんどんどんどん水かさを増して、オレたちをを飲み込もうとしているのが分かった。

それに倣い、みるみるうちにまどかちゃんの姿が見えなくなっていく。



「何だってんだよ! 一体これは?」


オレはそこからまどかちゃんを引っ張り出そうと、両手に力をこめる。

しかし、踏みしめようとした大地はそこには無かった。

まるで底なしの沼に足を突っ込んでしまったかのように、ずぶりと沈み込む感触。



「く、くそっ!」


オレは焦って、そこから出ようと水を蹴るが。

排水溝に水が流れていくみたいにそのまま引きずられて、なす術もなく渦に飲まれていってしまう。


水の中は、ほとんど何も見えない。

侵食する黒く冷たい水。

そんな水に飲まれ、沈みながら回転している様はひどく滑稽に思えて……。

ただがむしゃらに、まどかちゃんの手を放さないでいることしかできなかった。


しかし。

そのまま地面があったであろう場所まで潜ったところで、先程中司さんや快君たちと分断された時のような衝撃がオレを襲った。



「がっ!?」


指先から地面に落ちたような、激しい痛み。

思わず大量に息を吐き、その瞬間今まであった、まどかちゃんの手のひらの感触が消えているのに、愕然とした。



(こ、このっ!)


それでもどっかに排水溝みたいな入り口があるんじゃないかって、オレはひたすら水の中を潜り続ける。

頭や手が、何度も硬い地面にぶつかるが構やしない。

オレは、息をするのも忘れて、水と戦い続ける。


だから、人は水の中で長時間動けないことをすっかり失念してしまっていて。

ぶつりと、終わりを示すテープのように、かちんと音がして。

オレの意識はどこかへ沈んでいってしまって……。





           ※      ※      ※





「はっ」


がばっと起き上がる。

一瞬何をしていたのかを忘れ、茫然自失しかけていたが。

辺りにまどかちゃんの姿がないことに気付き、大きな衝撃がオレを襲った。


それは、まるでもともと一つだったものが引き裂かれてしまったかのような感覚。



「はは。何だよ? 今のはっ」


乾いた笑み。

これが絶望かと、やりきれない感情に押しつぶされながら、改めて辺りを見回す。


そこには、雨が降った痕跡も、水の渦はあったことも、まどかちゃんがいたことすら幻だったかのように思えて。

気がついたら、土下座でもするみたいに、オレは膝をついていた。


「何だよ……」


混じるのは悔恨。

さっき一緒にここを出ると大見得きって宣言していた自分が、とても愚かに思えた。


「何やってんだよ、オレはっ!」


ただ拳を、自分を痛めつけるためだけに、白い地面を打ち付ける。

情けなさすぎる自分に、どうしようもなく腹が立った。


「初めて……だったんだぞ、生まれて初めて、護りたいと思ったのにっ!」


そう、初めてだったんだ、こんな気持ちになったのは。

オレは、今の今まで誰かと支えあい励ましあい、互いの存在がプラスになるような、そんな付き合いをしたことがなかった。


機会はあったのだろう。

それこそいくらでも。

ただ、自分から行動を起こすのが、ひどく億劫だった。


オレにとっては、自分の時間こそが一番で。

好きな人のために自分の時間を使ったり、気を使ったりすることは縁のないことだと思っていた。


どうせいい事ばかりじゃない、出会いを求めて努力してもきっと駄目だろう。

辛い別れや、ケンカ、気まずい関係になるくらいなら、死んだほうがましだって、

オレはきっと一人で生きていくんだろうなって、漠然と考えていた。


もちろん、オレだって男である以上、女の子を好きになったり、興味を持ったりはする。

でもそれは、あくまで自分の内なる世界での話だった。

密かに想うだけなら誰にも迷惑をかけることもない。それが一番なんだって言い聞かせていて。



―――でも、そんな狭い世界でも、夢を見るんだ。



それこそ、自分本位だと言われても仕方のない夢だ。

数多ある幻想的な物語みたいに。

オレの目の前に現れる、大切な人。

彼女はオレのことを知っていて、何故かオレも彼女のことを知っていて……。

オレは思うんだ、彼女さえいれば、何でもできるような気がする、って。


そんな、浅はかな夢。

ずっとずっと信じ続ける、夢。


そんな夢が、今目の前にあったのに。

オレは何もできないまま、手放してしまった。



「やっぱりオレには、資格ないのかな」


夢は夢のままなんだと。

そう考えて、何もかもが嫌になってくる。



「夢……か」


そのまま大の字になって弛緩に任せ横たわり、溜息のようにその言葉を発する。

目の前には、今にも再び降り落ちてきそうな、昏い雨雲が広がっていて……。



    (第31話につづく)






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