第20話、熱血全力少年、コーヒカップで生成の鳥籠姫と向かい合わせ
少しの沈黙も、意識が雑多な思考の世界から帰ってきてしまうと耐えられなくて。
オレはオレなりに言葉を続けることにする。
「何かね、酔いって運動神経が関係してるらしいよ。昔はあまり運動が得意じゃなかったから酔いやすかったけど、三半規管が鍛えられたせいか、酔わなくなったんだ」
「ふぅん。それじゃあ雄太さんは何か運動やってたんですか?」
「高校の時陸上を少しね。後、オレんち昔、道場やってたから」
あまりに自然に感嘆されたから、オレは思わず調子に乗って、言わなくてもいいことまで言ってしまった。
気付いたのは結構最近だけど、どうやらオレは自慢したがる癖があるらしい。
特にこんな風にテンパって会話のつなぎに困った時なんか、如実にその悪い癖が現れる。
こういうのが一番うざがられるって分かってるはずなのに、どうしても言葉を止められない。
「そう言う三輪さんこそ、酔ってる感じじゃないね。何か部活とかやってるの?」
佇まいからして、高校生くらいだろうって、オレは判断していたかた話題をずらすつもりでそんな事を言う。
「え? えっと、わたしは……」
だが、むしろそれこそが地雷だったらしい。
今までオレの話を面倒くさがることもなく聞いてくれていたまどかちゃんのその表情が、突然の雨雲のように曇る。
「園芸部に所属していたんですけど」
何かを言いよどんで、やめる。
過去形なところに、触れてはならぬ重い何かがある気がした。
何故過去形なのか、いろんな憶測がオレに頭に浮かび飛び交ったけど、さすがにオレでもそれがつついてはいけない藪であることは分かる。
そっか、なんて白々しくも頷いて、オレは再び話題をずらすことにする。
「やっぱり花が好きなんだ? いろんな花があったけど、何が一番好き?」
発してすぐに、あまり話が変わってないことに気付いたけれど。
まどかちゃんとしてはそうでもなかったらしい。
気を取り直すようにして、オレの問いに答えようと、悩む仕草をする。
「う~んと、たくさんあって。だけど、一番は薔薇かな。わたし、青色が好きなんです」
好き。
なんて落ち着かない、だけど綺麗な言葉なんだろう。
オレが言われたわけじゃないのに、そんな事を思ってしまう。
「えっと確か、不可能だったっけ、花言葉」
オレはなけなしの知識を引っ張り出し、話に乗っかろうとしたわけだけど。
違いますよ、とばかりに首を振られる。
「それは昔の話ですよ。だって今はどこにでも咲いてるもの」
「なるほど、言われてみればそっか。今はええと、何だっけ?」
ど忘れしていた。
確か、しゃれた花言葉だった気がするけど。
「はい、青い薔薇の花言葉は……」
どこか秘密めいていて、楽しげにその言葉を、ふんわりとした唇から綻ばせようとして。
「なんかお見合いしてるみたいね」
「お見合い、おみ合い~」
不意にどこからともなく寄ってきたコーヒーカップ。
それに乗っていた中司さんと快君が、カップの端に身を乗り出しながら、そんな捨て台詞を残し、また離れてゆく。
「……」
「え、えっと」
開いた口が塞がらないとはこの事なのか。
こっちがびっくりするくらい、真っ白だったまどかちゃんの顔が真っ赤に染まって。
結局まどかちゃんは、青い薔薇の花言葉を教えてくれることはなかった。
聞こうとしても、恥ずかしがっててとりつくしまもなかったからだ。
そんな緊張感がオレにも伝播して、気のきいた会話も続かず。
いいような悪いような、よく分からない雰囲気のまま、オレたちは無事コーヒーカップエリアを抜け、一息つく。
降り立った場所は、少しばかり広がっていて丸テーブルがいくつかと、ベンチが等間隔で並べられていた。
その両側は高く聳える、反対側の見えない白壁で。
壁に導かれるままに真っ直ぐ進むと、次のアトラクションのエリアが見えた。
それは、おそらくジェットコースターの一つ、なんだろう。
乗り場の立て看板には、『リバース・ロマンティ』と、その名が刻まれている。
人気がないから人気がないのか、数分の感覚で無人のジェットコースターが行き来している。
コーヒーカップもそうだったけど、何だかシュールな光景だなぁと思いつつ。
ジェットコースターを目で追っていると、テーブルの一つに身の丈に合わぬ大きなリュックを置いた快君が唐突に言った。
「コーヒーカップで酔ってない? よかったらお昼にしようよ」
そして、了承を得るよりも早く。
リュックの中身からいくつものランチボックスを取り出し並べてゆく。
「ちょっとちょっと、誰も良いって言ってないじゃないの、勝手なんだから」
呆れるような中司さんのため息。
だが、それに被さるようにして、ぐぅと腹の虫の声がした。
「あれ? でも誰かが催促してるけど?」
楽しげな快君の呟き。
何気に目があったまどかちゃんは、わたしじゃないよって首を振って否定している。
流石に自分じゃないことくらい分かっているわけだから、背を向けたままの中司さんをちらと伺う。
微動だにしていない、それが何だか余計に怖くて。
快君が分かってて言ってるのが分かって。
「ははは、ご、ごめん、オレだ」
オレは顔を引き攣らせたまま。
そんな見え透いた嘘をつくしかなかった。
だって、中司さん怖いんだもん。
(第21話につづく)
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