第19話、熱血全力少年、見賢思斉きょうだいの僅かな違和感に気づいたのに





田吾作さんが~♪

日頃の感謝を込めて~♪

お山のてっぺんのお社に、向かった時の話です~♪

HEY!

山道を、歩いたら~♪

アリが十匹並んで歩いていて~♪


ありがとう~♪

ありがとう~♪

ありがとう~♪




「……(どきどき)」

「……(わくわく)」

「……どう?」


「く、くだらなすぎる……」



案の定、呆れ果てたようにそう呟く中司さん。

しかし、その表情はそれを通り越して、してやられた感が滲んでいる。


それらしいタイトルのために、色々想像してしまったのが愚かだったという、一種の敗北感にも似た感情に支配されているのだろう。


だがそれは、決して悪いものではなくて。

思わず笑みが湧き出してくるような、そんな表情。

典型的な、この曲を初めて聴いた時のリアクションだ。



「由魅さん、知らなかったんだね」

「そうだねぇ。お、由魅さん世代が違うから」


楽しそうなまどかちゃんのセリフに。

悪びれもせず、あるいは懲りずににこにことそう言う快君。


「お・な・い・ど・し・ですっ!」

「うわぁっ、由魅さんが怒ったーっ!」

「待ちなさいっ!」


快君の言葉を受け、拳を振るわせた中司さんが鬼の表情で快君を追いかける。

今度は捕まらないもんねっ、といった気合十分で快君は脱兎のごとく駆けていく。



「ひょっとしてわたし、怒らせちゃった?」

「気にしなくてもいいさ。いつものことだから」


いたずらっぽく伺ってくるまどかちゃんに、オレは軽くお手上げのポーズをしてフォローを入れる。

ただ、別にたいしたことじゃないんだけど、何かが違う感じがしていた。


いつも見てる、当たり前のじゃれ合いなんだけど。

何かが決定的に違うような、そんな不思議な気分。



「何だか楽しいな。すっごく暖かい気持ち。こんな風に思ったの、久しぶりです」


しかし、オレの考えも、まどかちゃんの呟きで跡形も無く消え去ってしまった。


「そうなんだ? こうやって仲間同士、バカなことしたりとか、なかった?」


オレの言葉に、まどかちゃんは笑顔で首を振った。


「あったけど、快さんや由魅さん、雄太さんみたいに面白い人に会ったの、はじめてだったから……」


面白いに、オレも入ってるんだな。

良いような悪いような。

うん、悪くはないか。



「そっか、それは光栄だね。でも、面白いだけなら段ちのやつがいるから、今度会わせてあげるよ」

「う、うんっ、すっごく楽しみ!」


ぱあっとほころぶように、嬉しそうに笑うまどかちゃん。

まぁ、楽しみにされるほうとしては、心外なのかもしれないけど。


まどかちゃんがそれで喜ぶなら、別にいいやって感じで。

オレは、ここに何しに来たのかも忘れて、ずっとそんなまどかちゃんの笑顔を見ていたい、なんて思ったのだった……。




          ※      ※      ※




まるで長年の付き合いのある友人同士のような。

終始そんなノリで、オレたちは花の迷路、『ラビ・ラビ・フラワー』を脱出した。


話は変わるけれど、オレは用心深いほうだ。

いや、だったと言うべきなのかな。


今まではどちらかというと、『わざわざ信じてって言わなきゃ、裏切ることもないのに』って感じだったと思う。

でも、『たとえ全てが嘘であってもそれでいい』みたいな気分って本当にあるんだって実感した。


頭のどこかでは、何かがおかしいって理解している。

だって、ここはもう潰れてしまったはずの遊園地だったはずなのだ。


それなのに何故まどかちゃんのような娘が花壇の世話をしている?

しかし、そう思う反面、夢の世界をそのまま模したような景観と、まどかちゃん本人が、オレの判断を鈍くさせていて……。



彼女は、実はここに閉じ込められているお姫様で、そしてオレは彼女をここから助け出そうとしている。

そんな妄想めいた考えの方がまどかちゃんの目映いばかりの姿を見ていると正しいような気がしてくるのだ。



「雄太さん? だいじょうぶ?」

「え? えっと……」


不意にそんなまどかちゃんと目が合って、心配げにそう聞かれる。

その背後では、欧風の景色が目まぐるしく回転していた。

中々のスピードで、色が混ざり合い、流れる線となってぼやけ、相対しているまどかちゃんの煌き目映い姿を、余計に浮き彫りにさせる。



そう、今はコーヒーカップ……『フルムー・カフェ』の上にいた。

オレより誰より、まずは中司さんが渋ったけど、乗らなければ先に進めないと言うのだから仕方がない。


中司さん快君ペアと、オレ、まどかちゃんペアになって乗り込んだわけだが。

それからすぐに中司さんが渋る意味を思い知ってしまった。


快君と一緒に乗ればよかったのではとちょっと思ったりもしたが、流れ的にそうもいかなくて。

オレは正直、目前の……すぐ近くにいるまどかちゃんに緊張していた。

そんな益体もない思考の深みにはまるくらいには。



「乗り物酔い、してないですか? コーヒーカップって、嫌いな人多いみたいだから」

「あ、ああ。そう言うこと。いや、小さい頃はさ、車とかバスとかでもよく酔ったんだけどさ、今は平気かな」


オレが変な顔でもしてたからなのか、まどかちゃんはオレがコーヒーカップに酔ったのだと勘違いしたらしい。


酔ってるのはコーヒーカップじゃなくて君だよ。

アキちゃんならこんな時、そんな小粋なジョークでも飛ばして、尚且つそれが似合っちゃうんだろうけど。

少しの沈黙も、意識が雑多な思考の世界から帰ってきてしまうと耐えられなくて。

オレはオレなりに言葉を続ける。



    (第20話につづく)






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