恐怖の妖怪(終)
「システムオンライン! ゲームフィールド展開!!」
刹那、辺り一面が眩い光に包まれる。その光が晴れると、二人と妖怪の前には青空と一面の草原が広がる。
(この風景、一昨日オレがノアとやったゲームの背景そのままじゃねえか! これがノアの能力か? どんな偶然だよ)
「恐怖の妖怪。この能力を今発動できてるのも、あなたと出会って味わった挫折とそこからの回復があってこそ。能力像が定まってなかった私に、それを確信するきっかけを与えてくれた――」
ノアは刀を『武蔵了戒』に持ち替え、両手で持って構える。
「よって! 私はこの能力を以てあなたを倒す! お覚悟を。あなたの不死性は、ここではまるで無意味です」
明理はその光景を見る内に、妖怪とノアの頭上に、それぞれ一本ずつ緑色のバーが現れている事に気づく。
(これは、HPゲージか? ゲームになぞらえて捉えるなら、恐らくこれが0に達した存在は消滅する……なる程、不死性が無意味だっつうノアの発言はそう言う意味か)
妖怪は槍を持った鎧武者へと姿を変え、瞬時にノアとの間合いを詰めて槍を突き出す。ノアはジャンプしてその柄の上に立ち、一歩踏み出して妖怪の首を斬る。
すると妖怪のHPゲージが大きく減り、妖怪は焦って刀に持ち替えノアとつばぜり合いをする。
「恐怖の妖怪が怯えては元も子もないな。まあ無理も無い。この武蔵了戒が放つ攻撃は常に、威力が二倍になる『クリティカルヒット』となる。もう七回斬られたら、あなたは死んでしまうんだから」
(……どうしてそんな重要な情報を教えちまうんだノア! そんな事言ったら――)
妖怪は煙玉を地面に叩き付け、その爆煙に乗じて姿を消す。辺りをぐるりと見渡した後、ノアはHPゲージを通して妖怪の居る場所を特定してそちらを向く。その直後――爆煙を突っ切って銃弾の雨がノアに向かって降り注ぐ。
(銃を取り出して、至近距離に近づかせないようにするに決まってるだろ!)
ノアは刀を横に構え、刀身で銃弾を反射する。反射した弾丸は妖怪に当たってHPを削っているが、ノアが反動で受けるダメージよりかなり小さいという状況となっている。
(まずい! このままじゃ競り負ける……自分で自分のHPは見えないのか? 早く気づいてくれ! 自分の状態に!)
やがて煙が晴れ、妖怪の姿が遠くの方で見えるようになる。妖怪はライフルでは無く軽機関銃を装備しており、弾切れを起こす気配も無く弾を撃ち続けている。
ノアは弾を跳ね返しながら妖怪に向けてゆっくり距離を詰めているが、妖怪はそれと同じ歩幅で後ずさりしている。
そんな事をしている最中にも、まさにノアのHPは急速に0に近づいている。
(……やめろ、行くな)
ついにノアの残りHPゲージが1mmにまで減少した、その時――
「止まれええええええええええ!!」
明理は思わず叫んでしまう。その叫びに我を取り戻したノアは刀を無銘金重に持ち替え、身を大きく屈めながら走り出す。妖怪は銃口を下げて対抗するも遅く、妖怪の懐に飛び込んだノアは機関銃の銃口を切り落す。
すると銃は暴発し、その衝撃に妖怪は怯んでしまう。その隙を突き、ノアは返す刀で妖怪の体を真っ二つに切り裂く。すると妖怪は膝から崩れ落ち、赤い炎を出しながら塵となって消滅した。
妖怪が完全に消滅するとゲームフィールドは解除され、二人は元いた森林に戻る。明理は呆然としながら録画を止め、残置された塵の一片を拾い上げる。
「階位赤か……やはり特務隊案件で、鵺の隊士が対処に当たって良い奴じゃ無かったな」
「……」
「しかし凄いな、そんな奴を一人で倒しちまうなんて。お前、マジで何者なんだよ――ノア?」
ノアは明理に背を向けたまま微動だにしない。明理が近寄って肩を軽く叩くと、ノアはその衝撃で頭から地面に倒れてしまう。
「お前、どうしたんだよ! 返事をしてくれ!」
ノアの体を仰向けにし、胸に耳を当てる明理。
(心臓は動いてる。でも拍動が弱くて、脈も遅い……HPは、文字通り生命力の残数を示す値だったのか!)
胸から耳を離し、スマホを取り出して電話帳を開く明理。しかしアンテナは一本も立っておらず、圏外をしめしていた。
(どうしよう、このままだとノアは死んじまう……せっかく勝ったのに! こんな終わり方って――)
「何かお困りの様ですな」
明理が振り返ると、そこにはポータルを背に仁王立ちする宗玄が居た。
「お前、どうしてここに?」
「彼女の様子を見に来たのですよ。しかしもう、事は終わっているようですな」
「ああそうさ! アイツは恐怖の妖怪に、たった一人で勝ったんだ! だが、見ての通りノアは今にも死にそうでな……何とかならないか? お前に頼むのも筋違いかもしれんが――」
「ああ、勝ったのですな。それは良かった。では早速手を打ちましょう」
「……え?」
宗玄はガラケーを取り出し、耳に当てる。
「俺だ。今から急患一人、受け入れて貰えるか? ……ああ、またしごき過ぎてしまった。一刻を争う状況故、救急車を手配してくれると嬉しい」
それからしばらく無言の時間が続く。明理は心臓の高鳴りに苦しみながらその時間を過ごしていた。
「……受け入れてくれるか、助かる。我々は今、ヘルシンキ自然公園の南口から少し入ったところに居る。なんでそんな所にいるのかって? 聞くな!」
宗玄は携帯を閉じ、懐にしまう。
「ノアは助かるんだな!?」
「ええ、フィルディア州立病院の医者達の腕は確かです。いくら転生者の体が特殊で治療しずらいといえど、彼等なら何とかしてくれるでしょう」
「州立病院!? 何でお前がそこに急患をねじ込めるんだよ!」
「そりゃあ、その病院の医療レベルを引き上げたのは私ですし。生前医者だった経験を活かして、80年前の当時の医者達にちょいと医療を教えてやったら、いたく感謝されまして」
「教官をやりながらそんな事してたのか……」
「教えていたのはたった半年間程度でしたがね。しかし当時の院長が私にこう約束してくれたんです。『宗玄殿が紹介する患者なら、たとえ転生者でも無条件で引き受けます』とね」
「その約束が今でも活きてるって凄いな。二・三回ぐらい代替わりしてそうだが」
「実際、しごきがすぎて死にかけた隊士を何度か見て貰った経験もありますしね。転生者の治療は、新人教育にも使われてると聞きます」
「おい、少しは悪びれながらその言葉を吐け」
「これが私の仕事ですので」
「……まあ、そうだが」
「さて、明理殿には何かしなければならない用事などありますかな? もしあるのなら、彼女の入院手続きは私が済ませますが」
「そうしてくれると有り難い。オレは、美佳やノアがしてきた戦闘を使徒に提出する準備を進めなきゃならないからな」
「ああ確かにそれは大事だ。では委細私にお任せを。ところで……彼女は、良い隊に所属できますかな?」
「当然! アイツにはとっておきの居場所を用意してやるつもりだ。向上心を忘れることの無い、やりがいのある場所をな」
明理は満面の笑みを浮かべ、ポータルに触れる。宗玄はそんな明理の姿を見送った後、ノアの体を抱えて森の出口に向かうのだった。
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