恐怖の終わり/希望の始まり

 小さく呻きながら、ゆっくりと目を開けるノア。そうして彼女が目にしたのは、真っ白な天井だった。


(……明理さんの実家? いや違う、天井の白さが微妙に異なる)


 体を動かそうとしたが、全く力が入らない事に気づく。それを認識したノアは、ここで自分が気絶する前に何をしていたのかをここで思い出す。


 それとさらに、自分が白いベッドの上で寝ていることを踏まえて――ノアは、自分は今病室に居るんだという結論に至る。


(でも、転生者は病院の治療を受けられないはずじゃ――)

「何で自分がここに居るんだ、って顔だな」


 右を向くと、そこにはパイプ椅子に座る宗玄の姿があった。


「感謝しろ、ここに貴様を入れたのは俺だ。詳しいことは言えんから、おとなしくそのまま寝ててくれ」

「あ、ありがとうございます! なんとお礼を言って良いのか……」

「構わぬ。貴様が活躍する度に、これは宗玄教官のお陰ですと方々に言ってくれればな」

「もちろんです!」

「……冗談のつもりだったんだがな。まあいい、まずは貴様に謝らせてくれ。初対面の時、去り際に貴様に言った無礼な言葉についてな」


 宗玄は頭を深く、短い間だけ下げた。


「そんな! 確かにあの時は腹が立ちましたが、今考えればああ言われるのも残当で――っ!!」


 ノアは思わず起き上がろうとし、全身に伝わる苦痛に顔を歪める。


「おとなしくしろと言っただろう。担当医は貴様の体調が万全になるまで、最低でも二週間は掛かると言っていた。その間、絶対安静にしろともな」

「……私、そんな無茶をしてたんだ」

「無理もない。初めて使う能力で、しかもそれがリスクを孕む物だったからな。重要なのは、あの一戦で貴様が能力の全容を掴んだかどうかだ」

「はい、もう大丈夫です。もう明理さんを泣かせるような無茶な戦い方はしません」

「それは総隊長殿に言ってやれ。さて、ぼちぼち俺は隊舎に戻るかな。副教官に現場を任せてるとは言え、いつまでも俺が席を外してる訳にもいかないし」


 パイプ椅子を畳み、病室のドアに手を掛ける宗玄。


「……あの、少しよろしいでしょうか? 一つだけ、聞きたいことがあるのです」

 その言葉に振り返り、再び病室の傍らに戻る。

「なんだ、言ってみろ」

「貴方はなぜ、鵺の新人達にあんなスパルタ教育を行うのですか? 前にも言ったとおり、既に使徒によって妖怪退治に適した体への改造は済んでるのに」

「聞きそびれた俺の言い分を今聞こうというのだな。ならば教えよう、俺の特訓は、転生者の能力を覚醒させるためにしているんだ」

「本当にちゃんとした理由があったんですね」

「転生者の能力の覚醒には2パターンある。一つは新井美佳の様に最初から能力を持っているパターン、二つは貴様の様に挫折からの立ち直りで覚醒するパターンだ」

「最初から持ってる場合もあるんですか!?」

「そのパターンは両手で数えるほどしか見てないし、そうだったとしても能力を自覚するために特訓をさせるがな。新井の様に、特訓無しで自分の能力を使えるのは特例中の特例だと考えろ」

「なるほど……」

「俺の仕事はな、覚醒に必要な挫折と回復を隊士達にもたらすことなんだよ。嫌われ者を演じ、苛烈な言葉を尽くして奴らを落ち込ませると同時に反抗心を煽るんだ」

「素ではないんですね」

「嫌な上司には反抗したくなるだろ? 俺はそれを演じることで、俺に反抗してくるような戦士の見込みがある奴だけ本隊に上げている。そうすれば、戦いに適さない奴が無駄死にしなくて済むしな」


 宗玄は少し笑う。


「……本当は優しいんですね」

「おっと、この事はくれぐれも他の奴には言うなよ。このシステムは俺が嫌な奴だからこそ成り立っているんだからな」

「わかりました、秘密は守ります」

「それじゃ、今度こそ行くぜ。くれぐれもお大事にな」


 宗玄はノアに背を向け、病室の扉を開けてその場を去った。ノアが一息ついたその直後、空いたままの病室の扉から着物姿の少女が駆け込んできた。


 少女は急いでドアを閉め、息を切らしながらノアの傍らに駆け寄る。


「使徒さん!」

「シッ! 静かに!!」


 使徒はノアの口を手で押さえ付ける。


「身共は今、仕事をほっぽり出してここに来てるんです。公人が一個人に深く肩入れしている事も、仕事をさぼって来ていることも、双方等しくバレてはいけない事なのです」


 そっと口から手を離す使徒。口が自由になったノアは、フッと小さく笑う。


「なんだか嬉しいです。貴女が私をそこまで思ってくれるなんて」

「貴女は身共にいつも新鮮な体験をくれる。そんな貴女を身共が大切にするのは当然のことでしょう?」

「新しい何かがお望みなら、これからも貴女方にそれを与え続けましょう!」

「楽しみにしています。ところで、フィルディアの恐怖の妖怪を倒したというのは本当ですか?」

「本当ですよ。明理さんが撮ってくれてるので、後で見せて貰って下さい」

「では後で貰っておきますね。しかしそれが本当なら、特務隊への招集も視野に入りますね」

「特務隊……明理さんから言葉だけは聞いてます。どんな組織なんです?」

「鵺と同じ、妖怪を倒す事を仕事とする組織です。ただ鵺と違うところが一点。特務隊は政府の省庁の一つなので、同じ立場にある諜報部から直接依頼を受けることとなります」

「あの意地悪な組織から直接、ですか」

「ご安心を。特務隊は諜報部と対等な立場にあるので、鵺の隊士達が受けているような不当な扱いは受けないですよ」

「……」


 ノアは眉間にしわを寄せ、短く溜息をついて使徒から目をそらす。


「……実のところ、諜報部の鵺に対する対応の粗悪さは議会も把握しています。しかし、我々議会は諜報部の悪行を見逃すほか無いんです。でなければ妖怪への対応が遅れ、市民に危害が及んでしまうので」

「その問題は特務隊では何とか出来ないんです?」

「ダメですね。特務隊の出動要件は出現した妖怪の階位が赤以上である事。白や黒、黄色相当の妖怪の対処は特務隊の業務範囲外です」

「……」

「何とか、この招集に応じて頂けませんか? 特務隊への所属に適した隊士はそう見つかりません。しかも最近は、出現する妖怪がどんどん強くなっているのです。特務隊の出番はこれから確実に増える。その時に備え、一人でも多く面子を増やしておきたいんです」

「……でも、私は鵺が心配です。階位黄の妖怪の強さを知ってるからこそ、早々彼等を見捨ててそちらへは行けないのです」

「その気持ちも、分かるんですけどねえ」


 しばらくその場に沈黙が流れる。それを先に破ったのは、ノアだった。


「これから言う一つの条件、それを飲んで頂けるんでしたら招集をお受け致しましょう」

「本当ですか!? 何でも言ってください!」

「唯一にして絶対の条件、それは『諜報部に、ノア・レイン個人に対して階位黄色の妖怪の討伐依頼を可能な限り出すよう強制する事』です」

「それはもちろんできますが……いいのですか? かなり忙しくなりますよ」

「それでも白や黒の妖怪ほど頻繁には出ないんでしょう? 一日に何件もこなすというのはさすがにキツいですけど、隔日に一件とかでしたら余裕でいけます」

「最近の妖怪の出現動向を見るに、その要望は叶いそうですね。わかりました、では帰ったらすぐ諜報部に貴女の要望を伝えます」

「ありがとうございます、私の身勝手を聞いて頂いて」

「これぐらい楽勝です。では身共はこれで――」

「待ってください。数日ぶりに会えたのです、少しぐらい話していけたりしませんか?」

「ふむ……」


 使徒、明後日の方向を見ながら頭を掻く。少しの間唸った後、使徒はノアの枕元に掛けてあったパイプ椅子を展開して座る。


「分かりました、あと二時間ほどここに居ましょう」

「結構居られますね」

「回診の時間を加味しての判断です。それに、丁度身共は貴女の話を聞きたいと思っていました。今まで身共は、鵺に入って以降の転生者と関わりを持ったことが無い故に」

「おっ、どうやらまた貴女の初めてを貰う事になったようですね! では私、張り切って一杯話しちゃいますよ!」

「ええ、お願いします。貴女が体験した事を、貴女の気の向くままにお話しくださいませ」

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