流浪のサムライではいられない
狐を斬ったノアは、戦闘の余韻でしばらく動けずにいた。しかし瞬間移動してきた使徒が背後から肩を叩くと、ノアは意識を取り戻して後ろを向く。
「お疲れ様です。ヒヤッとする場面はありましたが、概ね順調に退治出来ましたね」
「これもあなた方のチューニングのお陰です。しかし、メンタルが強さに直結する身体というのは疲れてしょうがないですね……走るのとは別の疲れを感じます」
「初戦を終えた転生者は皆そう言います。無意識に身体を動かせた現世の肉体が羨ましいと」
「あれ、転生者は皆が皆妖怪と戦う道を辿っているのですね」
「ええ、そのために呼んでいるので。転生者の仕事は妖怪を退治する事、当然それには体力を使うので『若ければ良い』という判断基準を使ってます」
「私だけが特別、ってワケじゃないんですか」
「ガッカリしました?」
「まさか。特別扱いには飽きたので丁度良いです」
「そうですか。では戻りましょうか、貴女の今後の予定についても話しておきたいですし」
「ええー!? 今からまた新しい説明なんて聞く気が起きませんよ! 翌朝で良いでしょう? ね?」
「……まあ、なあなあに話を聞かれては後が面倒ですからね。いいでしょう、説明は後回しにします」
「やった! それじゃ帰りましょう! いっぱいお話しましょうね!」
はしゃぐノアの肩ををまんざらでも無い表情で掴む使徒。こうして二人は帰路に就き、その後夜更けまで目一杯語り合うのだった。
そうして迎えた翌早朝――使徒に叩き起されたノアは、酷く寝ぼけた状態で使徒の説明を聞くことになった。
「ふむ、これでは疲れを押してでも昨日話しておくべきでしたね」
「……んあ?」
使徒はノアの頬を一回強く叩き、肩をゆする。
「起きてください! 今からする話は、聞いてませんでしたじゃ済まされない話なんです!」
「……へへ」
「何がおかしいんです」
「気軽に暴力を振るうほど心を許してくれた事が嬉しくて、つい。昨日、貴女の素の部分を多く引き出せたお陰かな。ねえ? 近衛朱鳥さん」
「ほ、本名で呼ばないで下さい! なんかむずがゆくて、落ち着かないです」
「でも、本名で呼び合った方が親密度上がりません?」
「何事にも順序って物があります。今はダメですがいずれ、ね」
使徒はそう言って微笑む。その表情をみて酔ったように顔を赤くしたノアは、両頬を押えながらうつむく。
「目が覚めたようなので説明を始めますね。貴女には本日より、『鵺』という組織に所属して頂きます」
「鵺?」
「転生者が自動的に所属する事になる、政府管轄の武装勢力です。そこでは日々、転生者が妖怪の根絶を目指して戦っています」
「へえ、そういう事でしたら是非そこに就きたいです! 人助けはサムライのお仕事ですから!」
「意欲的で大変よろしい。ところで貴女、袴を着てみたいと思っていたようですね。試しに、玄関近くにあるクローゼットの中を覗いてみて下さい」
ノアは立ち上がり、クローゼットの前に立って扉を開ける。するとその中には白い着物と黒い袴がそれぞれ三着ずつしまってあった。
「ええっ!? こんな高価な物、私が着ちゃって良いんですか!?」
「ああ、そちらの世界では高価な物でしたね。しかしご安心を、この地域において袴は比較的安く作れる物なので」
使徒は立ち上がり、ノアに背を向けて歩き出す。
「あれ、もう行っちゃうんですか?」
「そろそろ戻らないと営業開始時間に間に合いませんので」
「そうですか……」
玄関に行き、草履を履いて扉を開ける使徒。ふと振り返り、見送りにやって来たノアの顔を見る。
「仕事終わりの時間を人と過ごす、というのは割と癖になる感覚ですね。またいずれお邪魔しても?」
「いずれといわず毎日でも通って下さって構いませんよ!」
「ありがとうございます。では、これにて」
使徒が手を合わせた瞬間、その体は一瞬で消滅する。そして使徒が居た場所には1枚の紙が落ちており、ノアはすぐそれに気づいて拾い上げる。
(『今日中に上記の住所にある建物に行き、三階にある総隊長室を訪ねよ』……すぐ行くのはまずいよな。腹ごしらえしてから行こう)
ノアはキッチンに行き、木製の冷蔵庫を開く。そこには様々な食材が等間隔で配置されており、ノアはそれらを使ってお茶漬け・味噌汁・焼き魚を作る。
それらをお盆に載せ、縁側に座って食事を始めるノア。
(やはり日本産のお茶づけは美味しい……背景のノスタルジックさも相まって、いつか食べたミシュラン二つ星のフレンチより美味しく感じる)
あっという間に料理を平らげたノアはその場に寝転がり、無銘金重を抱いて一息つく。
(……私の理想は、個人で世界を渡り歩いて妖怪を退治する事だった。座頭市のような流浪人として生きたかったんだ。でも、こうなった以上は素直に従うしかない。これもまた、サムライになるための道の一つだとおもって頑張ろう)
ノアは刀を更に強く抱きしめ、深呼吸をする。それから立ち上がり、ノアは玄関でスニーカーを履いて外に出るのだった。
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