春が来る
ぼうっとしているキオンをとにかく座らせ、話を聞いてみることにした。
「他にも季節があるの?」
「……あぁ、あるよ。あるんだよ」
項垂れ、自分へ言い聞かせているようなキオンが深く息を吸う。それから顔を上げた。
その間、私は見守ることしかできなかった。
「昔、この世界には四季が存在していた」
存在していた?
それなら他の二季の精霊はどこに?
疑問は浮かぶが、キオンの言葉を待つ。
「季節の巡り順は、春・夏・秋・冬。人にとって、夏は試練を与えられる、暑い季節。秋はたくさんの恵みを受け取る、涼しい季節。精霊も、それらを表すような性格だよ」
そんな話、初めて聞いた。
春はたくさんの作物や生き物、そして人の心も豊かに育てる、暖かな季節。
冬は自然と、そして自分の心と向き合う、寒い季節。
これだけを、私は教えられてきた。
「その精霊達は、今はどこにいるの?」
最後まで話を聞くつもりでいた。それなのに息苦しさを感じて、勝手に口が開いた。
「眠っているよ」
「眠ってる?」
「人がそう、望んだからね」
人が?
意味がわからなかった。
眠る必要がない精霊が、人が望めば眠りにつく。
ここまで考えて、はっとする。
「まさか、紡ぎ手が……」
思わずもれた言葉に、キオンは悲しげに微笑んだ。
「紡ぎ手は僕達を守ってくれたんだ。これ以上、争いの道具にならないように」
精霊の寿命はないはず。
でも眠るなんて、知らない。
もう、祖父母の話はどれが真実なのかわからない。だから不安が押し寄せる。
まさか、精霊にも終わりがあるのかもしれない。
胸が、痛い。
誰かを失う。そんなことはもう、経験したくない。
それならいっそ、私が消えてしまいたい。
「エレナ」
気付けば、後ろから抱き締められていた。
「紡ぎ手のせいにしたような言い方をした。すまない」
「違う!」
キオンの腕を掴みながら立ち上がる。どうしたら誤解がとけるのか。早く言葉を伝えたい。でも、何て言ったらいいのかわからない。
「精霊にも、終わりが、あるの?」
馬鹿みたいに声が震える。呆れる。この涙は自分のために流しているなんて、知られたくない。
それなのに、久々に荒れる心に振り回される。
こんな風に生きていることを感じたくない。
でも、そんな私をキオンは包み込んでくれた。
「終わりはないよ。眠るだけ。また必要とされるその時まで、深く深く、眠るんだ」
必要とされなかったら?
落ち着かせようとしてくれるキオンへ、私は甘えてしまった。
大切なことだったのに、どうしても怖くて、聞くことができなかった。
***
「何でこの辺りの冬はこんなに短くなったの? 他の地域はその分、冬が長いんでしょう?」
もう春が来る。だから笑顔で見送るはずだったのに、眉間に皺がよるのを止められない。私はキオンと出会ってから、表情が変化しやすくなった。
「……また来るからね。その時まで、これを僕だと思って、一緒に待っていてほしい」
キオンはどこか嬉しそうで、とても悲しそうな顔をする。私の質問の返事もしてくれないし、いったい何を考えているのだろうか。でも、ここで引き止め続けるのは迷惑だ。冬を待つ人達のためにも、早く送り出さないといけない。
だから何も言わず、キオンが差し出してきた手を見つめる。そこに現れたのは、白銀の星のような小さな結晶だった。
「これは僕の力の一部を目に見えるようにしたもの。溶けないし消えない。エレナのそばに置いておいてもらえると嬉しいな」
今にも壊れてしまいそうな結晶を両手で包み込めば、ほんのり温もりが伝わる。そのお陰で、口元を緩められた。
「大切にするね」
私の返事に満足したのか、頷いたキオンの姿はすぐに見えなくなってしまった。限界までそばにいてくれたのだろう。
紡ぎ手だから大切にされている。そう思うと、少しだけ寂しさを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます