キオンと過ごす初めての冬

 誰かの温もりを感じながら目覚めるのは、六年ぶりだ。

 精霊と人とでは間違いが起きるはずもない。それでも見た目は人間。だから私は警戒した。それなのに、キオンが口にした言葉が忘れられない。


『おねしょの心配をしているのかな? それはだいぶ前に卒業したよね? 僕はちゃんと知ってるから』


 何を勘違いしたのか、そんなことを告げてきた。添い寝を拒む子供にでも思ったに違いない。そのお陰で、意識するのが馬鹿らしくなった。


『好きにして』


 こんな言葉しか返せず、彼へ背を向けて眠った。

 だから私を後ろから抱き締めてくるのは、キオンしかいない。

 でも、冬の精霊なら暖かさは苦手なのでは? と考えながら彼の手を剥がせば、また抱き締められた。


「おはよう、エレナ」

「起こした?」

「ずっと起きているよ。精霊は人と同じようには眠らないからね」

「じゃあなんでこんなことをしているの? 冬の精霊なら寒い方が好きでしょう?」


 再度手をどけて後ろを向く。すると、間近に白銀の瞳が輝いていた。


「エレナが寒くないように。それにエレナの温もりは好きだよ」


 にっこり笑うキオンに毒気を抜かれるが、精霊の考えていることなんて、人の私がわかるはずもない。だから言葉通りに受け取り、体を起こした。

 そしていつも通り祈りを捧げる。


「天地に生きる全ての存在へ。また目覚めることができたのはあなた達のお陰です。今日も、共に過ごしましょう」


 私達一族の習慣。心を込めて言葉を口にすると、何となく、精霊の気配を感じてきた。


 そういえば昨日はキオンに驚いて、祈りを忘れた。過ぎた時間は戻らない。昨日は特別なことがあり過ぎたのだ。

 なんて言い訳を心の中でする。それから髪留めへ手を伸ばせば、幸せそうな顔をしたキオンが目に入った。


「どうしてそんなに嬉しそうなの?」

「当たり前じゃないか。僕達に向けての言葉だから。それに、エレナの想いを感じるから」


 精霊はこんな風に受け止めてくれるのかと、新たな発見をする。

 それを、白に近い金の髪を適当にまとめながら考える。しかし、まだ視線を感じる。それが祖父母と同じ、見守るものに思えて背を向けた。


「私はもう、子供じゃない」

「わかっているよ」


 何もできなかった頃の私を思い出し、不満がこぼれた。

 それなのにキオンの声はただただ、優しかった。


 ***


 一夜明ければ、寒さが深まっていた。


「飽きない?」

「全然」


 朝食を食べ終え、畑の世話をする。手伝ってもらうつもりはないが、その間もキオンはずっとにこにこしながら眺めてくる。


 気まずい……。


 冬の作物は少しの手入れで済む。だからそれほど時間はかからないが、見られているせいでもたつく。それを誤魔化すために、適当な話題を口にした。


「私が生まれた時からずっと見てたって、今と同じように?」

「そうだよ。許可なく触れるのは失礼に値するらしいから、僕のことを見えるようになるまで我慢していたんだ」


 見えたからといって、結局無許可と一緒では? と言いたい。けれど、眠る前に好きにしてと言ってしまったのは私だ。


 まぁ、別に変なことはしてこないし、いっか。


 キオンはずっとそばにいるだけ。寝起きだけ我慢すればいいかと考え直す。


 それに、こうして一人で生活できるのは、彼ら精霊の協力があってのことだし。


 遠い昔、先祖が感謝の祈りを捧げたことにより、精霊の力が増したらしい。そこから交流が始まり、精霊が見えない人にも精霊の存在を伝える者、すなわち、紡ぎ手となった。

 そんな私達一族へ、精霊は可能な限り協力するという関係を結んだ。

 それが、約束の力と言われている。


「そういえば、斧はすり抜けたのに、どうして私の拳は受け入れたの?」


 作業の手を止めキオンの顔を見る。すると彼は笑みを深くした。


「エレナが与えてくれるものなら、何でも受け入れようと思って」

「痛いのに?」

「痛くても。だって、生きているのを感じられるから」


 自然から作られた道具は精霊の一部でもある。だから、傷つけることはできない。もちろん、人がどうこうできる相手でもない。触れることだって精霊次第だ。


 寿命がない精霊だから、そんなことを考えるのかな?


 新芽でも見つけたようなキオンの微笑みを見て、そう私は考えた。

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