悪党顔負けの主人公に求婚された件につきまして。







「……んっ」


 その肩を掴むけど意味がなく、仕方がないので思いっきり叩いてもそれもやっぱり意味がない。ああ、筋トレはやっぱりすべきだった。魔法が使えないと、私はここまで成す術がないんだ。


「ちょっ、っ、おち……っ」


 ソフト、と言う言葉を表しているのか知らないが、いちいち啄むように離れる。


 この前とは打って変わって、柔らかな唇が、甘噛みでもするように私の唇を噛むものだから、「そる、っ」と名前を最後まで言い切ることができなくて眉根を寄せた。


 ぐもった声を零す度、不本意な羞恥心に襲われる。そんな私を薄目で見下ろして、ソルフィナはどこか満足そうに口角を上げた。と、思うと、そのまま角度をつけて……。


「ん、っま……」

「んー?」

「そ、る……ちょっ、ま」

「何、どうしたの?」

「ま、まって……って、いってる!」


 ばちんっとその生意気な顔面を叩くようにして押せば、いい加減その動きが止まった。

 無意識に息を止めてしまっていたのか、一気に「はっ」と肩で呼吸をしながら、私はその金髪を見上げていた。

 そんな私を、私の指の隙間から見下ろし、舌打ち交じりに「痛い」と呟いたのはソルフィナだった。

 そして、引き剥がすように私の手を掴んで、「ルーナ……」と低い声で私の名前を呟いた。


「ったいな……何すんだよ、いいとこだったのに!」

「っいいとこも何も、っきゅ、急に何するんですか⁉」

「は? 何ってキスだけど? そんなもんわかるでしょ」

「っそういうことじゃなく、なんで急に!」

「急じゃないし。ルーナが先に煽ったんじゃん」

「あ、煽ってない!」

「煽った」

「煽ってないです!」

「煽りました」

「煽ってません!」


 子供のような言い合いをしながら、こ、この男……と私は拳を握りたくなった。

 見た目はこんなにも見目麗しく立派な大人に成長していると思ったけど、中身は子供の頃とちっとも変わらないらしい。


「とにかく、悪ふざけはやめてください!」

「は、悪ふざけ?」

「っそうですよ! ご自身の立場を考えてください! 私はただの魔法師なんですよ⁉」

「……こっちはふざけたつもりなんて、一ミリもないけど」


 掴まれていた手で引っ張られて少し背中が浮いた。「な……」と困惑した私の長い前髪を梳くように、そのまま後頭部に手のひらを回すと、ソルフィナは角度をつけながら深く口付けを交わしてきた。


 目の前で揺れる金髪に気を取られて、唇の隙間から舌先が入ってきた時、「んっ」とその服を反射的に握り締めた。


「ぅ、っ」


 息を吸い込もうとすると、唾液腺を突く様にして舌が動こうとするものだから、下手に唇が開けられず、息苦しくなる。

 涙目でソルフィナを見れば、彼はそんな私の訴えを無視するかのように、私の髪を軽く後ろに引っ張って、必然的に上を向かせた。

 喉が反り、唾液が喉の奥にさらに嚥下して、咳込みそうになる。


「っごほ……そる、っ、ぅ」


 ほ、本当になんで、こんなことに……!


 悪役のルーナの運命を変えようとしたのは確かだし、彼らの教育にちょっと私が助かるようにオリジナルを施したのは確かだけど……、

 別に人格や趣味嗜好を変えようだなんて、これっぽっちも思ってなかった。

 だからこそ、この展開は、正直想定外すぎるというか……。


 とにかく、ルーナとソルフィナが原作で接する機会なんて、終盤の殺される目前以外、滅多になかったはずなのに!


「……ウニ先生さ」


 暫くして、ようやくソルフィナが私から離れた瞬間、息苦しさで滲んだ涙を拭いながら、私は咳込んだ。


「っ、ごほ、ごほっ……はあっ」


 ようやく息が吸える。顔を逸らしながら、地面に手を突こうとした瞬間、肩を掴まれて、ソルフィナの方を向かされた。

 やっとの思いでソルフィナに目を向けると彼はいっぱいいっぱいの私とは打って変わって、顔色を一つも変えないまま「顔逸らさないでくんない?」と一言。


 さっきまでの出来事は夢だったのかと疑いたくなるレベルの平然顔で、私は思わず「ま、まだ、なにかあるんですか……」と普通に返してしまった。


「相手の心がちっともわかってないよね。なんて言うか、思いやりがないって言うか」


 それをあなたが言うの? と返してやりたかったけど、我慢する。

 ちょっと今、彼に突っ込んだり、余計な一言を言っていられる状態じゃない。


「先生なんて向いてないって、俺はずっと思ってたよ」


 私の肩を掴んでいた手で、ゆっくりと私の髪を掬った。

 長く伸びっぱなしのその髪は、意外や意外にも傷みを知らず、誰かがまるでずっと手入れをしていたかのような、そんな輝きを放っている。ぼさぼさのダサい魔法師を演じていた私からすると、それはちょっと落ち着かない。


「自分だって気づいてたでしょ? 自分は教師に不向きだって」


 わざとらしく私の毛先にキスを落として、鼻で笑うその姿。

 嘲笑したいのか、なんなのか。

 絶対に、不必要で且つ過度なスキンシップに困惑が止まらない。

 そんな私の反応をやっぱり気に入っているのか、笑みを絶やさない彼の表情を見ていると、極悪非道のサイコパスという原作の紹介文は間違っていなかったのだと思う。


「まあ、あんたの目的は別だから、向き不向きは関係ないんだろうけどね」

「……っな、なにを言ってるんですか、さっきから……」

「だってウニ先生って……今は、黒龍の居場所が知りたいんでしょ?」


 ばっと顔を向けると、「あはは、わかりやす」と彼は私の髪を指先に巻きながら笑った。

 し、しまった……つい。


「そんなに知りたいなら、教えてやらなくもないけど」

「え……知ってるんですか?」

「もちろん、俺を誰だと思ってるの?」


 そりゃあ、一応、権力も見た目も兼ね備えた、主人公のひとり……まあ。捻くれてはいるけれど。


「で、でも……私はどうせ……」


 ふと、足元に視線を落とせば、彼は「ああ」と。


「その足枷も何とかしてあげるよ。ルスには、俺がついてるから安心して、とか言っておくから」

「…………」


 そんなことで、あのルスエルが快く『うん、いいよ。外してあげるね』とか言ってくれる未来が想像できない。だからといって、他の手段は思いつかないけれど。


「まあ、ルーナが乗り気じゃないなら、仕方ないけど。黒龍のことは、他の誰かに教えてもらって……」

「ま、待ってください、ソルフィナ様!」


 叫ぶように引き留めればソルフィナがゆっくりと瞼を上げて、私を見る。

 なんだかその視線に、先ほどまでのことを思い出して、ぎくりとした。


「黒龍の居場所、本当にわかるんですか?」

「疑り深いな、本当だよ」


 次、いつライリーに会えるかもわからないし。

 もし会えたとしても今の調子じゃ、本来の私が殺される時期まで、黒龍に会えない可能性だってある。

 だとすれば……。

 ここでソルフィナに協力を仰ぐのは、決して悪いことじゃないのでは……?


「この足枷のことも、本当の本当になんとかしてくださるんですか?」

「もちろん、保証してあげる」


 きらきらと。

 笑顔のソルフィナが、一瞬天使に見える。

 先ほどまでの行為や、今までの暴言仕打ちはさておいて。

 私の計画にプラスになるのであれば、どんな悪党主人公でも天使のように見える物なのだと感動してしまう。

 このままではあの軟禁状態からいつまで経っても抜け出すことが出来なかったのだから、過程はどうであれ、ようやく前に進むことができそうなのだ。

 私はやっと見えた希望の光に、姿勢を正して「そ、それじゃあ」と一際明るい声を上げた。


「お願いしても、よろしいでしょうか……?」

「うん、いいよ」


 快く頷いて、彼は指を弾くように、私の髪を離したと思ったら私の左手を掴んだ。

 そうして。


「だけどその代わり、条件があるんだけど」


 などと付け足しながら、彼はにっこりと微笑んだ。


 あ、後出しとはなんて卑怯な……!


 そう思いつつも、私は「じょ、条件?」となんとか聞き返す。


 と、その言葉を待ってましたとばかりに、アメジストのような綺麗な瞳が緩やかに細くなった。



「まあ、大したことじゃないんだけどさ」


 同時に、金色の長い睫毛が揺れ、陶磁器のように滑らかな白い頬が上がる。


 そして、一拍ほど間を空けると。


 「あのさ、ルーナ」


 彼は、無駄に美しい皇子様仕立ての笑みを湛えたまま。


「俺と結婚しよ」


 私にとって衝撃的な一言を放ったのだった。








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