もしかしたらもしかしなくても地雷を踏みぬいていた件につきまして。





「まさかとは思いますが、ソルフィナ様が私の唇を噛みちぎろうとした事件のことを言っておられるのですか……?」

「なるほど。ウニ先生の中で事件化してるのか。おもしろ」

「面白くないですよ、すっごく痛かったんですから! 血も出ていたんですよ⁉」

「そんなに怒ること? 何、まさかあれがファーストキスだとでも言うの? 俺が子供の頃、散々大人ぶっていたくせに?」

「アハハ、何を言っているんですか? あんなのがはじめてなわけ……」

「あるんでしょ? なぁんだ。やっぱりおこちゃまだったんだね、ウニ先生って」


 こ、この男! いくらなんでも、意地悪が過ぎる!

 こういうキャラだとは知ってたけど、知ってはいたけど……!

 主人公側というよりも悪側の方がむいてるんじゃないの!


「ソルフィナ様が知らないだけで、私は経験豊富ですから。あまり妙なこと言わないでくださいますか?」


「それに」と続けつつ、私は顔を背けた。


「あんなのはキスと言いませんよ。事故です。だから事件と呼んだのです。まあ、私と同じように? 経験豊富のソルフィナ様なら、あれが本当はどういうものかわかっているのかも知れませんが」


 嫌味のように続けてしまう。ああ、ここまで積み重ねた好感度が、ぐらぐらと崩れていっているような気がする。その証拠に、ほら見て欲しい。


 ソルフィナの表情を。あんなに目を丸くして!

 ああ、神様。私が後悔する前に、この口を止めてください!

 と、思いつつも、怒りのせいで余計な言葉が止まらない。


「あれをキスというのであれば、ソルフィナ様はよっぽど野性的なお付き合いが好みなのかも知れませんね。もっとも私はソフトで上品なお付き合いを好みますから? ソルフィナ様とのあれは、事故以外の何ものでもないのです」


 いくら挑発されたからって、これは言い過ぎよ私!

 黙りなさい! 今すぐ! 死にたいの⁉


「わかったら、もうあれを金輪際、キスとは言わないでください」

「…………」

「……、ソルフィナ様、聞いておられますか?」


 あまりに何も言わないから、不安になって横目でソルフィナを確認すれば、彼は「うん」と頷いた。その目はすでに丸くはなく、感情を伴わないようなそんな色味でこちらを見ていた。


「聞いてるよ」

「……そ、そうで……」

「聞いた上で、聞くけど。もしかして、俺、煽られてる?」


 遮るように言われて、「え」と引き攣った顔で訊ね返そうとしたら、ずるりと。


「うわっ……いた」

「なんていうか、そんなに文句言われるとは思わなかったなぁ。びっくり」


 今度こそ足が思いっきり引っ張られて、私はそのまま背中を芝生に打ち付けた。

「あいたたた」と背中を擦る暇もなく顔を上げようとすれば、ソルフィナが私の耳の横あたりに手のひらを置いた。必然的に影が私の顔にかかって、思わずごくりと喉を鳴らした。


「っていうか、先生ってやっぱり舌が回るね」


 くすりと鼻で笑うも、その目は笑ってなくて、段々と頭が冷えてきた。

 血の気の引いた顔で「そ、ソルフィナさま……」と蚊の鳴くような声でその名を呼んだ。


「も、申し訳ございません……私ったら、その、怒りに任せて、つい……」

「いいよ別に、ウニ先生だってストレスが溜まってたんだよ。可哀想に」

「な、んて慈悲深いお言葉なんでしょう……ああ、ソルフィナ様ったら、本当にお優しい」


 あはは、とわかりやすく胡麻を擂り始めた私に、彼はようやくいつものような笑みを見せた。……ものだから、私もつい許してくれるのかと思った。


「私のことをまさか許してくれるだな……」

「ううん、許さないけど」

「……はい?」

「許さないけど?」

「で、でも先ほど、いいよ別にって……」

「怒りに任せるのは構わないってことで、許すっていう話じゃないよ。あれは立派な暴言だよ。王族に対しての」

「な……どこか暴言なのですかっ」

「俺を傷つかせた時点で全部かな」

「傷つかせたって……ええ? 傷ついたんですか⁉」

「今のでさらに傷ついた。ルーナってほんと、酷いよ。人を勝手に野性的なお付き合いが好きとか決めつけて」

「……も、申し訳ございません……それは、つい……」


 原作のソルフィナが、あんまり見境がなかったものだから……。


「謝る気があるの? 言いたい放題言ってたのに」

「そ、それはもちろん……」

「ならさ」


 ソルフィナの金髪が重力に伴って、少し下に流れている。

 私はその何考えているのかわからないような目に見下ろされながら、「は、はい」と頷くしかなかった。


「もう一回していい?」

「は、何を……ですか?」

「ルーナが好きだっていう、ソフトで上品なやつ」

「あはは、ご冗談……を」

「あはは、俺が冗談を言うと思う?」

「ソルフィナ様は、そういうの好きかなあって……ほら、幼い頃は好きだったじゃないですか」


 引き攣った笑みの私に対して、彼は笑みはどこか心ない。


「ルーナは気づいてないかもしれないけどさ」


 こめかみから髪を掻くようにして頭を撫でられる。


「俺はもう大人なんだよ」

「そ、それは見たら、わかりますが……」

「いいやわかってないね、先生は心の中でどこか俺たちを見下してるんだよ」


 そのまま指先が髪の毛を梳かれて、そのまま毛先を掴み上げると軽く口元に近づけた。

 仕草こそは優雅だけれど、死の宣告でもされているかのような気分だ。

 もしかしたら、この前のように何か地雷を踏んでしまったのかもしれない。


「なんでも見透かしたように、説教垂れて。挙句ずかずかと人の心の中に入って来る。そういう厚かましくて小賢しいところが」

「あ、あの……」

「俺は昔から、大っ嫌い」


 にっこりと微笑むソルフィナに、私は今度こそ固唾を呑んだ。

 顎を掴むように持ち上げられて、この前のことがさらにフラッシュバックする。


「お、おちつきまひょうっ、そるふぃなさま……っ」


 唇を尖らせたまま訴えかければ、「やっぱり変な顔」と彼ははっと鼻で笑った。


「あんたが経験豊富って信じられないんだけど」


 首を傾げながら、ソルフィナはゆっくりと私の顔に影を落としてく。


「ね。教えてよ、ルーナ先生」


 金色の毛先が私の額に溶けるように触れていく。


「野性的なお付き合いを好む俺に」

「は、待っ……!」

「ソフトで上品ってやつ」


 て、と言い切る前に。


 私の言葉は、ゆっくりと飲み込まれてしまった。







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