情熱的なキスとやらの心当たりが全くない件につきまして。
◇
「はあ……」
やっぱり原作の強制力が働いているのか、何もかも上手くいかなくて嫌になってきた。
あーあ、これまでの努力がなんの意味もなかったらどうしよう……。
項垂れていると、座り込んでいる私の顔に影が差した。
「あれ、ウニ先生。こんなところで座り込んでどうした? 脱走計画が頓挫しちゃった?」
中庭の木陰で休んでいた時、ソルフィナが私を見下ろしていた。
私はじとっとした目で見上げて、「脱出計画って、まだ言っているんですか」と顔を逸らした。
「え? でもあってるでしょ?」
「……ソルフィナ様、こんなところで何をしているんですか?」
「何って、ウニ先生の姿が見えたから話しかけただけだけど?」
芝生の上に腰を下ろしている私の前でしゃがみ込んで、彼は無駄に綺麗な顔でにっこりと微笑んだ。
その頬には『何、話を逸らしてんだよ』という心の声が文字で書かれているようにも見える。
「……失礼を承知でひとつよろしいですか?」
「うーん。もはやその質問自体が失礼だとは思うけど、いいよ。何?」
「ソルフィナ様って……もしかして暇なんですか?」
「暇だったらお前のことを一日中見張ってるよ」
「…………」
即答されて固まってしまう。相変わらず冗談か本気かわからない。
「ところで、ルーナはどうして外にいるの?」
「どうしてって……外の空気が吸いたくなったので……」
「へー。それだけの理由?」
「? それだけとは……?」
「だって、ルスエルがそんなこと許したの?」
ソルフィナの疑問はもっともで、ルスエルの説得には苦労がいった。
初めの内はもちろん部屋の外に出ることすら叶わなかったものの、なんとか説得をしてようやく、中庭まで出ることを許可されたのだ。
『外の空気を死んでしまいます……ううっ』という泣き落としがまさか本当に効くとは思わなかったけれど、ルスエルは意外や意外にも話のわかる男だった。
やっぱり主人公はこうでなくっちゃ! と思ったのも束の間『中庭まで送ります。足枷はいつもの倍は重くしておきますから、時間になったら迎えに来ますね』と言われて、横抱きにされてここまで連れて来られた。
そのため、私はこの中庭から一歩も動けない。今だって座っているのではなく、強制的にこうなっているだけだ。
「許したと言えば許しましたし、許してないと言えば許していませんよ……」
「は?」
意味がわからないんだけど? という風に首を傾げた後、私の足枷を見下ろしてソルフィナは「ああ」と頷いた。
「なんだ、動けないんだ」
「はあ、なんでこんな目に……」
体育座りのまま膝に顔を埋めれば、「そんなの考えなくてもわかるでしょ」と彼は答えながら、自分の足に頬杖をついた。
「むしろ、ルスがウニ先生に弱くてよかったじゃん」
「……何が弱いんですか」
「だって俺やユルだったら、こうして外に出してあげてたかどうかも、わからないんだから」
そっと顔を上げてソルフィナを確認すると、彼は相変わらずにっこりと微笑んだままだ。
「……もういいです」
「何が?」
「人の反応を見て楽しんでいるんだと思いますけど、私、今、ちょっと元気ないんです」
「そうなの? どうして」
「……どうしてって、私は!」
黒龍を探してここから逃げ出さないと、あなたたちに殺される運命なんですよ!
「うん? 私は、何?」
……とは、言えるわけもなく。
「……何でもありません」
ふん、とまたも膝に顔を埋める。ああ、大人げない。
わかっていても、少しどうでもいい。
ライリーに会わない限り、黒龍の場所は不明だし。
黒龍が見つからない限り、脱出の糸口は今のところないんだから。
はあ、原作知ってるからって、そう上手くはいかないものなんだな……。
「もう行ってください。ソルフィナ様、暇ではないのでしょう?」
諦めたように言葉を続ける私をソルフィナは無言で眺めた後、「何をそんなに落ち込んでるの?」とさらに質問を重ねた。
「落ち込んでるわけではありません」
「でもさっきからずーっと溜息吐いてるけど、それは何?」
「これはただの深呼吸です」
「深呼吸にしては、吸い込む空気が少なくない?」
「ちゃんと吸ってます」
「ふうん。で、何で落ち込んでるの? 足枷がとれなくて? それとも脱走が出来なくて?」
「……さっきから質問ばっかり、なんなんですか!」
顔を上げた瞬間「じゃあ、そうだな」とソルフィナはさらにこう。
「あの魔獣が関係してる?」
「え……」
固まった私に彼は「なるほど、そっか」と少し口元を指で押さえた。
「黒龍が何か関係してる、と。そういうこと?」
「あ、ち、違います! 何を根拠に……」
「まあ、そんな慌てないでよ。ほんと、ウニ先生ってわかりやすい」
呟くように言って紫色の目を、ゆっくりと細める。
笑ったのかと思ったけれど、その口元にすでに笑みはない。
「そんなに逃げたい? ここから」
「そ、そんなわけないじゃないですか……」
「ああ、ごめん。聞き方間違えちゃった。ここじゃなくて、俺たちから、だ」
頬杖を突いていた手が、私の足についている枷に向かう。
指先で軽く、それを突いてソルフィナは小首を傾げた。
「ね。そうでしょ、ウニ先生?」
言い方こそは柔いけれど、どうしてこんなに棘を感じるのだろう。
「そ、ソルフィナ様……?」
「うん、何?」
「な、何か怒ってますか?」
「怒る? 俺が? どうして」
「いや、なんだか……そんな風に感じて」
「あー……そうだな。怒るって言うか、ムカついてることはあるね」
「ムカつく?」
ん? と眉根を寄せると、ソルフィナはルスエルの足枷に触れていた手で脛からふくらはぎにかけてがしりと掴むと、そのまま自分の方に引きずった。
「わっ!」
あまりに粗雑な扱いに、お尻をずるりと芝生の上で滑らせてしまう。
そして思いっきり後ろに倒れそうになった……ところで、後ろ手をついた。
「ソルフィナ様、急に何するんですか⁉」
「ムカつくよ。だってさ」
子供が不満を言うような口調で、彼は私を見つめている。
「あんな情熱的なキスしたのに、平然としてるんだもん」
「じょ、情熱的な、きす? は……?」
何の話をしているんだろう。と、目をぱちくりとさせた後、私ははっとした。
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