主人公たちの好感度が奇妙なことになっている件につきまして。
当然のように言い退けるルスエルに、私は一瞬返す言葉を失った。
それだけ、と言われても。納得が出来る理由は、何一つないんだけど。
「ほ、本気で答えてくれていますか……?」
「俺はいつだって本気ですよ。あなたがいつも、本気じゃないだけで」
途端、足についている枷が鉛のように重くなる。
慌てて足元を見ると、青銀のそれが発光するように輝いていた。
こ、この前、せっかく軽くしてもらったのに……!
「ここから出たい気持ちがわからないわけではありません、ルーナは基本的に自由な人でしたから。俺だって、そんなあなただから……」
そこまで言いかけて、ルスエルはぐっと言葉を堪えて私を見据えた。
「自由を奪って、罪悪感だってないわけではないのです。だけどそれ以上に」
ぽつぽつ、と。ルスエルは言葉を落としていく。
「俺はあなたを手放したくないのです」
「ルス……あの……」
「それが……それだけが理由にはなりませんか」
段々と、身体の自由が足首から奪われていく感覚がする。
「ルーナ、俺はずっとあなたに会いたかったのです」
ひやりと氷が、足元に纏わりついている感覚がする。
この前の時もそうだけど、感情によって周囲を氷結させてしまう。それがルスエルの魔力の特質なのかもしれない。そういえば、この子、氷の魔法が得意だったような気がする。
「そうですか……もしそうなら、とても光栄ではありますが……」
「もしではなく、そうなのです」
言い切る彼に、私は「は、はい」と反射的に頷いた。
る、ルスエルってこういう性格だったかな……?
ぎこちないまま頷く私に納得していないのか、ルスエルは椅子から立ち上がった。
そうして、私のところまでやって来ると、床にわざわざ膝をついて、「先生」と私の手を両手で挟むように包んだ。
「ずっと、あなたに伝えたかったことがあります」
「なんですか?」
「既に伝わっているものだと思っていましたが、あなたが超がつくほどの鈍感だということを忘れていました」
さらりと貶された気もしたけれど、何か言い返す前にルスエルが言葉を続けた。
「なのでちゃんと言葉にして言います、ルーナ」
その言い方にぎくりとして、私は思わず姿勢を正した。
な、何を言う気なの……?
「俺はあなたが……」
ルスエルがそこまで言いかけた、その時。
―――コンコン、と扉がノックされた。
「ルーナさん? いらっしゃいますか?」と扉の向こう側から声をかけられたので、私は救世主が来てくれたような気分で、「あっ」と立ち上がった。
こ、この声は!
「! ライリ……わっ!」
ところで。
足枷が鉛のように重くなったことを忘れていた、
ぐらりと倒れそうになった私をルスエルが抱き留める。
「っ、ルーナ、大丈夫ですか?」
「す、すみませんっ! 今すぐ退きま……」
謝りながら、顔を上げようとすれば、ちょうどこちらを見ていたルスエルと視線がかち合う。海のように深い青色の瞳が、私の顔を映し出していた。
ち、近い。
瞬きをしながら、どうしようか頭の中で考えていれば彼は私の頬にかかった髪をゆっくりと耳にかけた。
そして角度がついたその美顔に、妙にどきりとしながら「あ、あの」と視線を逸らしつつ。
「ルス……エル様?」
ぎこちなく口を開いた瞬間、「大丈夫ですか、ルーナさん!」と扉を開かれた。
「いま、何か物音が……っ」
慌てて入って来た彼は、変わらぬ若草色の髪の毛を揺らして、丸眼鏡の奥から驚いたように私たちのことを見ていた。
「って、あれ? で、殿下……? どうして……」
「……ライリー」
ルスエルは目をぱちくりとさせるライリーに少し冷めた目を向けた後、口元に微笑を湛えた。
「女性の部屋に不躾に入って来るとは何事だ。王宮魔法師総帥になってから弛んでいるのではないか」
「も、申し訳ございません! まさか殿下まで居られるとは思わず……」
ずれ落ちた眼鏡の奥で、童謡のまま瞳を揺らすライリーは大分大人になっているけれど、その柔弱さは相変わらずだった。
「部屋の中から叫び声のようなものが聞こえたので、ルーナさんの身に何かあったのかと……」
おろおろと彼の目が私に向かう。
気まずい体勢のままなので、思わずひらりと指を振ると「ルーナさん!」とライリーの顔がぱっと明るくなった。
「ライリー様、こんにちは……」
「ああ、よかった……無事に目を覚ましたのですね。変わりはないですか?」
「はい……ライリー様も、そのお変わりないようで……」
そう答えつつ、身体を支えてくれているルスエルに視線を投げた。い、いつ離してくれるんだろう……?
「魔塔主様も一緒に来られる予定だったのですが、急遽予定が変わってしまって……」
そのまま話を続けるライリーに、状況が見えてないのかしらと声に出して訊ねたかった。私の肩を抱いているルスエルの手にこころなしか力が籠った気もするし……。
「それにしても本当によかったです。ルーナさんを助け出した後も目が覚めなくて、殿下たちも……」
「ライリー」
ルスエルに名前を呼ばれて、ぎくっとライリーの肩が揺れる。
「余計なことは言うな」
「は、はい。申し訳ございませんっ! 目覚めたルーナさんを目の前にしたら、つい……」
頭を下げて謝るライリーに、ルスエルは一度溜息を吐いて、私を見下ろした。
「申し訳ありません、ルーナ。せっかく、二人で良い時間を過ごしていたのに……」
良い時間とは、と思いつつ私は「いいえ」と首を振った。
「気にしないでください……支えてくださりありがとうございます」
さらりとお礼を告げて、さり気なくルスエルの手を退かせば、しゅんと悲しそうに眉が下がった気がする。少しだけ申し訳ない気持ちになりつつ、だけど心を鬼にしなければとも思った。
今のルスエルもそうだし、思い返せばソルフィナもユルだって……。
なんか、考えれば考えるほど、私……この場所に地を固め過ぎたかもしれない。
当初の予定では、原作通りの未来になってしまった場合、見過ごしてもらうつもりで、この子たちの好感を少しでも上げておこうと思った。
その途中で、そもそも彼らが生きている間は眠っておけば、全てが解決じゃない? という案を思いつき実行した……だけだったのに。
私が眠っている間に、ルスエルたちの私に対する好感が、奇妙なことになっているような気がする。
「……あの、ルスエル様……ひとつお聞きしたいのですが」
「? なんですか?」
「……私って……その、殿下たちにとって、ただの先生でしたよね……?」
っていうかそれで間違っていませんよね? だとしたらこの足枷も、ルスエルとの距離もおかしくありませんか?
……という疑問は一度、置いておく。
「……ただの先生……」
ひとまずそこだけを確かめたいなという思いで恐る恐る訊ねれば、ルスエルは少し間を空けた後、頬に撫でるようにして私の髪を軽く掬った。
「さあ? どうでしょうね」
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