原作を変えた代償が、これほど大きいとは思わなかった件につきまして。






「っ、ユル様、お願いです。それ以上、先へは進まないでください……」

「…………」


 ユルも異常な気配を察知したのだろう。

 立ち止まったまま、真っ青な顔でこちらを振り返った。


「すぐに戻りましょう、ほら」


 腕を伸ばした私に、ユルが肩を震わせながら、手を伸ばそうとした。


 ちょうど、その時。


 地鳴りがして、空間の全てが激しく揺れ始める。

 大人でも立つのもやっとで、ユルは地面に腰を打ち付けていた。


「ユル様! 頭を守って地面に伏せてください!」


 名前を呼びかけてすぐ、ユルの頭に目掛けて、氷柱が吹ってきた。

 そしてペンダントが割れると同時に、氷柱が一つ粉砕される。


「っ大丈夫ですか⁉」


 私の呼びかけも聞こえていないのか、ユルは青い顔で粉々になったペンダントを眺めている。


「ちょ、ユル……!」


 駄目だ、落ちてこようとしている氷柱にも気づいてない。


「っ、――――」


 急いで地面を蹴って、私はユルの元へ駆けつけるとそのまま呪文を唱えて、次々振って来る氷柱を一つずつ吹き飛ばした。

 はっとしたようにユルが顔を上げる。


「る、ルーナせんせ……っ⁉」

「頭は伏せてください! まだまだ振ってきますよ!」


 少しだけ振り返ってそう伝える。

 どうしようか。氷柱を粉砕するのは問題ないとしても、数が多すぎる。

 一斉に薙ぎ払いたいけど、そんなことをしてしまえば、余計なものを壊して、それこそこの鍾乳洞自体が崩れてしまう恐れがある。

 それに、あんまり強力な魔法を使ったら、黒龍に居場所がバレてしまうだろう。

 ああ、もう最悪だ。

 それに砂や石までも、ごろごろと落ちてくる。

 このままここにいたら、崩壊するかも知れない。


「っユル様、前に防護魔法を教えましたね」

「え……っ?」

「ちょっと、先生、まだやることがあるので、来た道を一人で戻ることできますか?」

「む、無理だ、むりです……そんなことっ」

「ペンダントの欠片を貸してください」


 手のひらを差し出せば、ユルが震える手でペンダントの欠片を差し出した。

 くすみ切った石を握り締め、そうして魔力を注ぎ込む。

 そうして今一度、手のひらを開けば、光を取り戻した。


「私の魔力を入れました。上から降って来るものを全て塞ぐことは難しいかもしれませんが、ユル様の防護魔法と上手く使えば、入口くらいにまでは行けるはずです」

「そ、そんなっ! 先生はどうするんですかっ⁉」

「私を誰だと思ってるんですか? 王宮の魔法師で、ユル様たちの先生をしているんですよ? すぐに向かいますから、外で待っていてください」


 にっこり微笑んだ私に、彼は目に涙を滲ませたが、すぐに腕で拭って「わ、わかりましたっ」と強く返事をした。


「さすがユル様、私の推しです」

「え?」

「じゃなくて、大変、物わかりがよくていい子ですね」

「っ」


 頭を撫でるついで、両腕を掴んで地面から立たせてあげる。


「さ、早く行ってください」


 ユルは迷ったように俯いて、見上げて、を何度か繰り返したあと、ゆっくりと走り出した。

 よし。今の内に、氷柱は排除して、崩壊した時のために、不安要素は全て取り除いておかなきゃ……。

 すると、ちょうどその時。


「うわあっ」


 ユルの叫び声が聞こえた。見ると、前方から狼ほどん大きさをした魔獣が、ユルの周りを囲んでいた。

 最悪だ、黒龍だけじゃなかったのか……!


「ユル様! 防護魔法!」

「っ」


 ダメだ、聞こえてない。


「――――」


 叫ぶように呪文を唱えて、魔獣たちを吹き飛ばすと、今度は鍾乳洞全体が揺れ出した。

 氷柱どころか、頭上が破壊し始めている。

 そして、吹き飛んだ魔獣が石壁に当たり、溶け込んでいく。するとそこから亀裂が入り、ユルの頭上が崩落した。

 大きな石の落下が見えた時、魔法で吹き飛ばそうと思ったけれど、きっと二次被害が起きるだろうと思った。


「ユルっ!」


 走って、その身体を押すようにして守ると、私の身体は砕けた岩の下敷きになった。


「っ、ルーナ……? 嘘だ、ルーナ先生っ! るぅな先生っ!」


 下敷きは免れた涙声になってユルが、私の名前を呼んでいる。

 ぎりぎり肺を潰されるのを免れた私は、大きく息を吸い込んで痛みに耐えた。


「よかった、ユル……時間がないから、早く、行ってほしいんだけど……っ」

「なにいってんだよ! やだよ! 先生を置いてなんかいきたくないっ」

「わかってる、だから……っその、助かるためにライリーに……丸い眼鏡の翠の髪の毛の人にあったら、鍾乳洞がくずれるかもしれないからって伝えて、退避を……」

「っいやだ! 先生! なんでっ……俺にはできないよっ!」

「ユル、落ち着いて……あなたならできる。だって」


 いつものようににっこりと笑って、その震えた手に指先を当てる。


「私の教え子ですから」


 ぽたぽたと涙を落とすユル。拭ってあげられないことが残念だけれど、今はそんなことを言っている場合じゃない。


「私なら大丈夫です……とにかく崩壊まで時間がありません。みんなの命はあなたにかかっているんです、ユル様」

「お、おれ……っ」

「早く行ってください」

「ぜ、ぜったい、助けに来るからっ、だから……だからっ」

「はい、死にませんよ。こう見えて先生、強いんですから」


 力強く言った私に、ユルは涙を拭って立ち上がる。

 その震えた足に、どれだけ酷いトラウマを植え付けてしまったのかはわからない。

 人が目の前で、生き埋め寸前になりかけたのだ。私がユルなら、きっと失神して使いものにならなかっただろう。


「おれ、行ってきますっ、まっててください」


 走り出したユルに、内心とてもほっとする。

 よかった。ひとまずユルの命さえ守れたなら一安心だ。


 いろいろと小説の内容を変えてきた私だけれど、さすがにキャラクターは減らせないし、何よりも情がないと言ったら嘘になる。


 はあ、敵対するはずなのにな……近づきすぎたのかも知れない。


 溜息を吐いて、私は自分の下半身を埋めている岩を微かに浮かす。


 すると、潰れた足から血が一気に滴り始めて、「ああ……」と力の抜けた声が出た。

これはまずい。さすがの悪役だって、大量の血を流せば死んじゃうんだから。


 岩を退かして、ずるずると、身体を這いずる。

 そして身体から重みが退いた時、言葉には形容し難い痛みと痺れが下半身を襲った。身体の半分がもはや使い物にならないような感覚がして、「あー」と再び声を零して両手で顔を抑えた。


 絶望している最中も、氷柱が落ち、先ほどユルが走って言った方の道を塞いでいく。

 本格的に終わったかな。私、ここで死んじゃうのか……。

 小説による私の命日まで、まだあと十二、三年もあるのにさ……。


「原作、かえちゃった罰だ……」


 嫌でも、涙が溜まり視界がぼやける。

 うとうとと瞼が落ちそうになると、目尻からつつっと涙が落ちた。

 寒い……防護魔法までとれてきたんだ。


 所詮、世界最強の魔法師まで、まだまだだったって、ことか……。


 別に世界最強じゃなくていいんだけど、せめて命の心配はしない程度に強かったらな。


 なんて……。





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