どうやら、起こしてはいけない者を起こしてしまった件につきまして。
鍾乳洞の中を暫く歩いたところで。
壁や地面にたくさんの魔石の欠片が埋まり、色取り取りに空間が光り輝く場所へ到達した。
すごい、綺麗な場所だな……と、思ったのも束の間。
「あったぞ! 魔石だ!」
「魔法師たちが言っていた通り、北部鉱山にはたくさんあるという話は本当だったんだな!」
一緒に調査にきた貴族や研究員たちは、情緒も何もなく。
それらを見るや否や印刀やピッケルのようなもので、地面や壁をそれぞれ掘り出していた。
確かに普通であれば魔石は貴重なものだから、あまり市場には出回らない。
だから、必死になるのもわからないでもない。
だけど皆ここぞとばかりに掘っている姿を見る限り……。
もしかすると、この人たちの本当の目的は黒龍の調査ではなく、魔石の調達だったのではないだろうか。
その証拠に、公爵の息のかかった魔法師しか周りにはいないし……。
道理で、私に対する扱いも粗雑なわけだ。やっぱりライリーたちについて行くべきだったな。
「ルーナ先生、あれは何をしているのですか」
ふと、珍しくユルが私に質問をする。
「魔石を掘り出しているのでしょう。なかなかこれほどの数は巡り合えないですからね」
「掘り出して何に使うのですか?」
「……うーん、研究でしょうか」
「なんの研究でしょう」
「魔法に憧れる人間は多いので、それに対する……というか、ユル様。珍しいですね、そんなに質問をするなんて」
「……先生以外に質問したところで、まともな答えが返って来るとは思いませんから」
子供とは思えぬ返答だったけれど「まあ、確かにそうですね」としか私も返せなかった。
それをじっと見ていたユルは、踵を返してそのまま道の奥へと進んでいく。
「えっ、ユル様? どちらへ行かれるのですか?」
「黒龍の調査でしょう。父からはそう伝えられました」
淡々と告げるユルに、私はぎょっとする。
ど、どうして大人が違うことをしているのに、子供のユルが黒龍を調べようとしているのか……。
「一人で動くのは危険ですよ! 危ない目に遭ったらどうするのですか!」
というか、もう引き返して帰りましょうよ! という言葉も添えてしまいたい。
「大丈夫です。いざとなったら、父から貰ったこの防護用の魔石があります」
そう言って、ユルは首から下げていた緑色の魔石を取り出した。
ペンダントのように細工された緑色の魔石は、確かに防護魔法に長けてはいる。
「それは……公爵様が持たせたのですか?」
「はい。危ない目に遭うだろうからと」
「…………」
平然と返事をするユルに、少々気持ちが澱んだ。
そんなものが必要になるほど危ない場所だとわかっていて、ユルを送り出したのか、あの公爵は。
「ユル様は何も疑問に思わなかったのですか?」
「疑問? 何をですか」
「ユル様も見てわかる通り、この場所は安全でありません。ああやって大人たちが魔石に夢中な今も頭上では氷の氷柱が揺れています。少しでも衝撃を与えれば、彼らはあのまま串刺しでしょう」
「……環境が悪いのは覚悟してきました」
「それだけではありません。命を落とすかもしれない中で、魔石に大人たちが夢中なのはわかりますか?」
「それは人にとって貴重だからだと、先ほど先生が……」
身体を屈めて、ユルの首元にかかっている魔石を指で掬う。
「魅了されているのですよ」
「え……?」
「何の加工もされていない天然の魔石は、魔力がない者をああやって、魅了し、狂わせてしまうのです。あの方たちは暫く、あの場所から動かず魔石の採掘にいそしむでしょう」
ペンダントからユルに視線を移すと、彼はびくっと肩を揺らした。
「その状況を、子供であるユル様にきちんと説明をされたのでしょうか」
「それは……」
「ペンダントの効力はそれほど強くありません。せいぜい氷柱の一つを凌ぐ程度でしょう」
ぐっと堪えるような表情をして、ユルは唇を噛む。
「あなたはもう少し、様々なことに疑問を持つべきです」
「っそんなこと、知りません! あんまり変なことを言わないでください!」
私の手を振り払うようにして、ルスは後退ると、珍しく声を張り上げた。
「父は……お父様は、俺を心配して、期待して、このペンダントを送ってくれたんです!」
そうして胸元にあるペンダントを握り締める。
「だからっ! 絶対に何か、お父様が喜んでくれるようなものを、持って帰るんです!」
こんな風に感情を爆発させたユルを見たのは初めてで。
いつの間にか気圧されていると、「だから、もう邪魔しないでください!」とユルは走って先に行ってしまった。
いつもは大人しく利口だったものだから忘れがちになっていたけれど、主人公ヒーローの中では一番年下だった。もう少し優しく言うべきだったかもしれない。
でも、こんな場所にあんなペンダントで、成果をあげて来い。だなんていう公爵の身勝手さに腹が立った。
ソルフィナもそうだが、ユルも深く家族で悩まされるキャラクターであった。
だけど、幼少期からこんな感じだったとは……。本当、腹が立ってくる。
自分の子供を道具とでも思っているのだろうか。
って、立ち止まってる場合じゃない。早くユルを見つけて、こんな場所から早く出ないと……。
もしも黒龍の怒りを買ってしまったら、ユルだけじゃなく、私の命まで危ない。
「ユル様! 待ってくださいって!」
「っ、ついてくるな!」
まさかルスエルたちと日頃からやっていることを、ユルとすることになるだなんて。
「これ以上、先に行っては危ないですよ!」
「ついてくるなって、言って……っ」
ーー刹那、ぐわんと。
まるで粘土の上でも歩いているかのように、急に足元が不安定になる。
視界に映るものが全て三原色で分裂した瞬間、しまったと肌身で感じた。
恐らく、黒龍が動いている。
目を覚まし、それほど遠くない場所にいるはずだ。
こんなに鳥肌が立つとは思わなかった。
私は冷汗を垂らし、ごくりと固唾を呑んだ。
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