封印ルートをちょっぴり後悔している件につきまして。





 ◇



 あの後、子供達はそれぞれ元の施設に戻されてソルフィナの保護も無事に終わった。


 案の定、子供を誘拐して他国に売りさばこうとしていた商人は連行され、すぐさま処分された。あの時、「私もその執行に参加したい」と言ったら、ライリーにばっさり断られたんだよな……。


「ルーナさんがいたら、話を聞く前に首を切りそうですからっ!」


 って。ライリーには、私の顔が般若のように見えていたのかもしれない。

 あんなに分厚い眼鏡かけていたっていうのに、まさか怒っている顔が見えたとでもいうのだろうか。

 ……って、あ。そうだ。

 眼鏡、どこにあるんだろう……? ルスエルが処分してしまったのかな。


「―――また考えごと?」


 はっとする。目の前に立っているソルフィナは私の顎を掴みっぱなしのまま、ゆっくりと目を細めた。


「俺が目の前にいるっていうのに、相変わらずムカつくな」

「な、何故ソルフィナ様が腹を立てるのでしょう?」

「…………」


 彼は頬笑むと、「目の前にいるのに無視されたら腹が立つでしょ」と至極冷静な物言いでそう返した。


「無視ではありませんよ。ちょっと昔のことを思い出していただけで」

「思い出す?」

「はい。ソルフィナ様が……ほら、誘拐されたこともあったなーなんて……」


 あの頃からソルフィナの態度は変わったような気がする。

 いっつも、ウニ女だなんだの言って、嫌悪感丸出しだったくせに、やたらと、こう。

 私の周りにいたような……。


「懐かしいですね。あれも確か遠心魔法がきっかけで……」

「はぁーあ」


 盛大な溜息に遮られる。こ、今度は何だって言うんだ。

 虫の居所が悪そうなのもよくわからない。まだ目が覚めてからそんなに話してないのに。

 ルスエルといい、ソルフィナといい、どうしてそんなにピリピリしているんだ。

 よくわからないな、と心の中で腕を組んでいると、ふと私の顎を掴んでいたソルフィナの右手が、そのまま私の両頬を潰した。


 そして。


「目覚める前は、眠ってるお前の顔を見ているだけで、ずっと腹が立ったけど」


「むっ」と唇が突き出た私に、彼は絶やさず作っていた笑みを一瞬で消し去ったかと思ったら。


「起きたら起きたで、やっぱりムカつくな」


 理不尽な文句を立て続けに言われた。

 相変わらず私のことが嫌いなのかもしれないけど、顔を合わせただけでこの言われようとは……。だったらわざわざ声をかけなければいいのに。

 じとっと見上げると、彼は「今、考えてること当ててやろうか」と少し楽しそうに口端を上げながら、こう続けた。


「なんでこんな風に言われなくちゃいけないんだろう。って、そう思ってるんでしょ?」


 私が封印される前のソルフィナってどんな感じだったっけ。


「自分がどれほどの大罪を犯したかも知らないで。呑気なもんだよね、ウニ先生って」


 た、大罪?


「ふぁ、ふぁんほははひふぇふは?(な、なんのはなしですか?)」


 頬が潰されてるせいで明瞭に発音できない。だけどそんなことより何より。


 もしかして私、封印前に何かやらかしてた……?


 もしそうだとしたら、封印されて眠っておけば命が助かる大作戦は、そもそも準備段階で失敗だった……ってこと?


 ソルフィナの手を掴んで、頬から外しながら「た、大罪ってなんですか?」と改めて訊ねれば、彼は「うーん」と唇をほんの少し突き出して、考える素振りを見せた。


「何だと思う?」

「わ、わからないから訊いてるんじゃないですか!」

「心当たりは?」


 首を振る私に、「ふうん」と彼は少し目を細めて、背中を屈めた。危うく額がぶつかるところだった。


「ルーナが気づかないんじゃ、仕方ないな」

「っ」

「絶対に教えてやんない」


 紫色の目が、楽しんでいるのか、怒っているのか、はたまた憎しみを抱えているのかわからないような輝きを持って、私を見つめていた。


「ところで、そんな状態でどこまで行こうとしてるの?」

「そ、それは……」


『黒龍を見つけてここから逃げ出そうとしているところなんです』なんて、この流れで白状出来るわけがないでしょう。


「昔っから隠し事が多いけど、目が覚めて早々、そんな風に焦って逃げ出そうとするなんて」


 ソルフィナの手を掴んでいた手を、逆に掴まれる。


「よっぽど俺たちが嫌いか、逃げたい理由でもあるってことだよね」

「…………」

「ねえ、ルーナ。お互いきちんとした大人になったんだから、何か理由があるなら言ってごらんよ」

「そ、そんな、恐れ多いですよ。大体、ソルフィナ様は、私の教え子であることは変わりないですし……わっ⁉」


 膝の下に腕を回されて、そのまま掬うように横抱きにされる。


「本当に変わらない? もう二十二だよ、こっちは」

「か……」


 そりゃあ、見た目だけの話なら変わってはいますけど。

 高い鼻に、長い睫毛も。

 ほんのり目尻の下がった大きな目に、他人を嘲るのが得意そうな血色のいい唇も。

 ルスエルもそうだけど、ソルフィナも負けず劣らずの美青年になった。

 やっぱり主人公のビジュアルは強い。パッケージなんだから、仕方ない。


「かわった、かも。うん、すっごく変わったかもしれません。あれから十一年ですから、そりゃあとびっきり変わりますよね。たしかに! その通りだ、うんうん」


 ひとまず話を合わせて、機嫌でもよくしておくか。

 多分、逆撫でしないことが、この城で無事生き抜く唯一の方法かもしれない。

 とにかく、脱出まで上手く生きねば……。


「私の体感的にはつい昨日のことのようなので、ちょっと違和感があるんですけど、でもソルフィナ様も二十二とあらば、とっても大人っぽくて素敵な紳士に見えますよ。わあ、格好いいなあ」

「大人っぽいというか大人なんだけど。おまえ、適当言ってない?」

「そうでしたそうでした。大人でした。それで? どうです? そろそろご結婚の話とか……」


 ありそうですけど、と言おうとして、はて。と思う。

 そういえば、ヒロインが出てくるのって……いつだったっけ?

 ルスエルとその話で揉める場面があったような気がするんだけど、ええっと……。

 私、ルーナと戦う……ええっと、どのくらい前だったかな。


「ルーナってそういうこと平気で言うよね」


 途端、ソルフィナの声音が素っ気なくなる。はっとして、私は急いで言葉を続けた。


「あっ、えと、ごめんなさい。は、配慮が足りませんでしたか……?」


 しまった。王族だからこういう婚姻関係の話は普通に出てくるものかと……。

 でもそうか、ソルフィナの場合ちょっと特殊だから、意外とセンシティブな話なのかも知れない。私としたことが!


「一介の魔法師ごときが……申し訳ございません。ぜひ、土下座で謝罪させてください」


 だから、ちょっと下ろしてほしいのですが。とは、勢いのまま付け加えないように呑み込んだ。


「そういえば、ルーナの土下座って綺麗だったよね。謝罪姿だけは天下一品、だったっけ」

「あ、あはは、そんなことも……言ったことも、あるような、ないような」


 真っすぐ前を向いたままのソルフィナに、私はぎこちない笑みを見せた。すると。


「ふっ、はは」

「? そ、ソルフィナ様?」


 急に笑い出したソルフィナに困惑しつつも、その腕から逃げ出そうとすれば枷がぐんっと重くなる。ああ、もう面倒だな、ルスエルの足枷!


「あー面白い。怒ってるのが馬鹿馬鹿しくなるくらい笑えてくるよ」


 どこに向かって歩いているのかもわからない。

 そもそも、どうして私はこんなに自由を奪われているんだろう。

 まだ敵対しているわけでもないんだから、好きにさせてほしい。っていう本音もまた呑み込んでおいて、「な、なにがですか?」とぎこちなく訊ねた。


「こっちは何年も何年も、不安な気持ちでいっぱいだったのに、人の気持ちを蔑ろにするところがさ、酷くてどうしようもないなって」


 そういえば、みんな成長して声がだいぶ低くなった。

 ソルフィナなんて、さっきまで柔い声音だった気がするのに、一気に冷え切ったような気がして、なおさら低くなったと実感した。


「でも安心したよ、そういうところ変わってなくて」


 暫く歩いたところに、両開きの扉がある。

 でもそこは、さっきまでいた私の部屋ではない。

 じゃあ、どこなんだろう、ってそこまで考えたところで。


「大っ嫌いなルーナのままでよかった」


 近くに立っていた使用人が、その扉を開ける。その際。


「この部屋には誰も近づけるな」


 そう釘を刺すソルフィナに、彼らは頭を下げた。

 私は嫌な予感がして、「そ、ソル……?」とその名前を引き攣った顔で呼べば。


「いいね」


 と、彼は笑った。


「もっと呼んでよ。そうやって」


 ここ一番。


 残酷なほど、もっとも冷徹に柔らかく。


「ウニ先生」


 わ、私、もしかして。


 今とんでもない人捕まってる状況……だったりする?


 ソルフィナが私を抱えたまま部屋に入り、そうしてバタン、と扉が閉まった時。


 私は私を封印したことを、ほんのちょっぴり後悔した。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る