生意気な主人公に天罰が下ってしまった件につきまして。

 



 ◇


「はあ、お腹すいた……」


 ライリーから貰った星砂糖をポリポリ食べながら、私は隅で体育座りをしてぼーっと壁を眺めていた。

 虫にはいまだに慣れないものの、この世界に来てから、こんな風にぼんやり過ごしていたことなんてなかったことがなかったから、なんだか新鮮な気分だった。


 もしもこのままずっとここにいれば、逆にぶっ殺されフラグを回避できるんじゃないだろうか……?


 だとしたら、それはそれで……。


 いやいや、何も出来ない状況で、ただただ息をしているだけの状況なんて、なんの価値があるというのだろう。

 私ったら、諦めは早くないほうだったのに……。


 こんなじめじめした気持ちになるぐらいなら、さっさと運命を辿ってしまいたい。


 ああ、王室魔法師になるまでは上手くやれてると思ったんだけどなあ……。


「はあ……」


 何百回目かの溜息を吐いた、その時。

 地上に繋がる地下牢の階段の方が、何やら騒がしい気がした。

 いくつか足音が聞こえる。

 ふと顔を上げると、ぞろぞろとこちらに向かって急いでくる人影が見えた。


「っ、ルーナ! ルーナ先生!」

「ん? ルスエル……様?」


 瞬きをして、首を傾げる。

 銀色の髪がランタンの光に照らされて、格子の前で止まった。


「た、大変なんだっ!」


 顔色が悪いのに、走ってきたせいかその白い頬や小さな耳や鼻は赤らんでいた。

 周囲の護衛たちが「走っては危ないです!」という注意をしていただろうに、きっとなりふり構わず走って来たのだろう。


「そんなに急いで、どうかされたんですか? もしかして、私の罰をそろそろ取り消してくださりに……」

「兄様がいなくなってしまったのです!」


 遮られて「ん?」と私は首を傾げた。


「兄様……ってことは、ソルフィナ様ですか?」


 こくりと頷くルスエルに、「心当たりはないのですか?」と訊ねれば彼は涙目で続けた。


「それがっ、その……」


 不安そうに、口を震わせるルスエルに「殿下」と優しく声をかける。


「落ち着いて話してください。何があったのですか?」

「……ルーナがあんなにダメって言ったのに、今日もお兄様と城下に行ってしまったんです……」

「まさかその時、いなくなってしまったのですか?」

「っ! は、はい……」


 頷きながら俯くルスエルに、私は盛大な溜息を吐いた。


「……王室の護衛は、本当に役に立ちませんね。何のために、殿下たちについているのでしょう」


 正直に口にすれば、後ろにいる護衛たちはもちろん、ルスエルまでびくっと肩を揺らした。

 し、しまった。別にルスエルを責めたいのではなく、周りのお付きの人たちに文句が言いたいだけだったのに……。

 いくら格好でカモフラージュしているとはいえ、私ったら気を抜くと悪女になりかねないんだから。


「ご、ごめんなさ……っ」

「ま、まあ! 過ぎたことは仕方ありません。ルスエル様がここに来たということは、私に助けを求めてここにやってきた、ということですよね?」


 にっこりと笑顔を作れば、ルスエルは零しかけていた謝罪を呑み込んで、「あ、ああ」と頷いた。


「ライリーという魔法師曰く、ルーナ……先生がお兄様に遠心魔法をかけているから、魔力の軌跡で場所を探し出せるかも、と言っていて……」

「まあ、確かにそうですね。一時的に解除したとはいえ、まだかかったままですからね」

「な、ならお願いだ。お兄様を探してくれ!」

「それは構いませんが……私をこの牢から出してくれると約束していただけるのなら……」

「約束する! だからお願いだ!」


「お兄様をっ……」とぐずるルスエルに、「わかりました」と私は得意の笑みを見せた。


「可愛い教え子の頼みです。聞いてさしあげましょう」

「…………」


 ルスエルが顔を上げて私を見る。

 その目に、ゆるりと光が差した……ような気もする。


「そうと決まれば、早くここから出してください。時間はあまりないのでしょう?」

「え? ……あっ、わ、わかった! 衛兵! ルーナを外に出してくれっ」


 何故かぎこちない様子のルスエルの命で、ようやく対魔術の石で作られた牢から解放される。


「じっ……」


 自由だ~~~~~! と、叫びたい気持ちを押し殺して、くるりとルスエルを振り返った。


「さ。ソルフィナ様を探しに行きましょうか。ルスエル様」

「っ、ああ!」


 頷きながら、私の後ろについた。




 □


「ソルフィナ様とは、どこではぐれたか覚えていますか?」

「えっと、街に辿り着いたあと、お兄様は孤児院に向かったんだ」

「孤児院?」


 前に一度、彼らが何をしに城下へ向かうのか、わざと泳がせて覗いたことがある。

 その時も孤児院に行っていたけど……。


「兄様は、週に二度ほど、そちらの孤児院に向かうことがあるんだ」

「そうなんですね。理由をお尋ねしても?」

「友達がいるとは言っていたけど……その、本当の理由はわからない……」


 どんどんルスエルの声が小さくなった。

 知らない振りをして聞いてみたけど、そうするべきじゃなかったかもしれない。

 半分、血が繋がっているとはいえ、ルスエルもソルフィナのことをあまり知らないのだろう。お兄様と慕っているのも、彼なりに考えたソルフィナへの懸命な歩み寄りなのかもしれない。


 元々、ソルフィナは孤児院育ちの孤児だった。将来的に、より多くの孤児院へ惜しみない支援を目指しているソルフィナは、今の内に現状の孤児院がどんなものか見ておきたいと、幼少期によく城を抜け出していた、という一文を小説で読んだことがある。

 記憶は薄っすらとしているけど、確かこんな感じだったはず。


「それで、いつはぐれてしまったんですか?」

「お兄様が孤児院に行っている間、俺とユルはいつものように街を見て回ろうとしていたのだ。そしたら……兄様の叫び声が聞こえて、それで……」

「誘拐されてしまったのですね」

「っこ、怖いことを言うな! まだわからないだろ!」

「でも、ソルフィナ様の叫び声が聞こえてきたんですよね? その後、姿も消えてしまったと」


 ぐっと黙り込み、さらに目の縁に涙を溜めるルスエル。

 私だって脅したくてこんなことを言っているわけではない。

 状況的に一番あり得そうな過程を話しているだけだ。

 孤児院の近くで、子供が誘拐されるという事案は決して珍しい話ではない。


 それに、ソルフィナの髪は一般の人たちにとっては珍しい金色。


 この子たちが、自分の容姿にまで気を配れるとは思っていないから、変装といっても服装をほんのり誤魔化す程度のマントについたフードを被るぐらいのことしかしていないだろう。


 金や銀など、光り輝く美しい髪色がもしも少しでも見えてしまったなら、奴隷商人に誘拐されたって仕方のないことかもしれない。


「今頃、奴隷商人が大事に囲っているか、もしくは既に競りにかけられて、売り飛ばされているか」

「っだ、だからさっきから、どうしてそんな不安をあおるようなことばっかり言うんだ!」

「煽っているんじゃなく、本当にそうなっている可能性があるから言っているだけです」


 地上に出て、すぐさま手のひらから箒を取り出すとそのまま跨った。


「それにしらみつぶしに当たったってしょうがないでしょう? ある程度目星をつけないと」


 ルスエルを見ると、彼は怪訝そうな顔をしながら「何をしている」と告げた。


「何って、ソルフィナ様を探しに行くんですよ。殿下は行かないのですか?」

「行くけど、ほ、箒で行くのか? おまえの?」

「はい。時間がありませんから」


 頷く私に、ルスエルは複雑そうな顔をした。


「俺も、それに乗らないといけないのか?」

「嫌なら待っていますか? 私だけでも必ずソルフィナ様を回収してきますよ」

「回収って……お兄様を物扱いするな!」


 吠えるようにルスエルが言ったので、私は耳を押さえながら謝罪した。


「はいはい、申し訳ございません。それで? どうするんですか? 乗りますか? 乗りませんか?」

「の、乗るよ! 乗ればいいんだろ!」


 ルスエルは箒の後ろに跨って、柄を握っていた。


「あ、ルスエル様、私の腰にしっかり腕を回さないと危ないですよ」

「えっ」


 その手を取って、腰に手を回すように促せば、彼の頬はほんのり赤らんだ。


「ど、どこを触らせてるんだ、おまえ!」

「どこって腰ですよ。それがどうしたんですか?」

「どうしたって……」


 口籠るルスエル。

 どうやら、触ることをためらうくらい、私のことが嫌いらしい。

 まあ、嫌いだとしても、今だけは我慢してもらうしかないけれど。


「私に触るのは嫌かも知れませんが振り落とされないように、しっかり掴んでていてくださいね!」

「え……? 嫌……?」


 ルスエルが不思議な顔をしていたが、私の目は既に街の方へ向いていた。

 私の魔力はダイヤモンドのような光をともした、薄紫色。

 髪色と比例するその色が、きっと街のどこかに痕跡を残している筈だ。


「行きますよ!」

「え……うわあっ!」


 風を切るように飛び上がると、ルスエルは反動で私の腰にぎゅっと手を回した。

 暫く上空を飛び回って、魔力の後があちこちに動いているのが見えた。


「あ! ルスエル様! あの辺って、遊びに行ったりしますか?」

「あ、あのへん……?」


 私が指を差せば、ルスエルはその先を確認しながら首を振った。


「あの辺りは港が近いから、俺たちはさすがに近づけない!」

「なるほど」


 頷きながら、港へ続く山道へ向かった。

 ちょうどその近くまでやってくると、そのひとつの道に、荷物を詰んだ馬車が。


 まさかと思ったが、こうもあっさり見つかるとは。


「見つけましたよ、殿下」

「え? 見つけた……? お兄様を⁉」

「はい。降りますので、お気をつけてください!」

「え? わっ⁉」


 急いで地上へ降りる。

 そしてそのまま低空飛行になりつつ馬車を引いている、恰幅のいいおじさんの横に並んだ。


 御者席に座っているひげ面の男は、こちらを見ると「んあ?」と。


 何故、箒に乘った女と子供が、自分の真隣を並走しているのかを理解していなさそうだった。


「こんにちは、奴隷商人さん。もしかして今から誘拐した子供を、他の国に売り飛ばしに行く途中ですか?」

「……うわあっ⁉ 王室魔法師⁉」


 途端、私が着ている王室魔法師専用のローブを見て、驚いた声を上げる。


 そして、その男が驚きのまま手綱を引けば、大きく鳴いた馬が前足を上げた。

 すぐさま走り出した馬車に、私は「誰が逃がすかっつうの」と飛び上がってその後を追う。


「る、ルーナ先生! どうなってるんですか⁉ お兄様は⁉」

「申し訳ございません、ルスエル様。もう少し我慢してひっついててくださいね!」


 ぐらぐらと激しく揺れる荷台を眺めながら、頼むから倒れないで欲しいと思う。


「クソッ! なんで! なんで王室魔法師がこんなところにいるんだっ! 話が違うぞ!」


 ブツブツと言いながら、鞭で馬を叩くひげ面の男。

 私から逃げることで頭がいっぱいいっぱいだったのかカーブに差し掛かった時、荷台の重さに耐えられず、崖から落ちそうになっていた。


「あっ、落ちる!」


 ルスエルが叫んだ。


「――――」


 呪文を唱えて、急いでその車体に透明の紐を巻き付ける。ぐっと手で引っ張ろうとしたら少し荷台の重さに負けて、崖下に引っ張られてしまいそうになった。


「わっ!」


 ルスエルがバランスを崩して箒から落ちそうになったので、空いていた手でその腕を掴んだと同時に、馬車がまた落下しそうになった。


「ルスエル様、私は落ちないので、信じて掴まっていてください!」


 荷台から子供のような悲鳴が聞こえる。言ってしまえば、蜘蛛の巣のような糸で宙づりにしている状態の馬車なのだから、中は大変不安定な状況に違いない。


 この紐がいくら特殊だからとはいえ、う、腕が死にそう。

 下から風が吹き上げるように、魔法を使えば、山道に無事、馬車が戻った。

 必死に御者台にしがみついていたひげ面の男は、道の上に投げされていた。


「お助けくださいっ、おたすけください魔法師様っ!」


 手のひらをこすり合わせながら、震えている男を無視して、私は厳重に鍵を締められていた荷台の扉を開けた。


 そして、不安そうな顔で必死に扉を開けようとしてた、とある子供と目が合った。


 薄暗い箱の中に、私の背後から日の光が差して、ほんの少し明るくなる。

 その中で見覚えのある、絹糸のような金色の髪が頼りなくへたっている。


 アメジストのような美しい紫色をした目は私の顔を見た瞬間、光を集め、ゆるりと揺らめいた。


「だから城下に出てはいけません、ってあれほど言ったのに」


 くすりと笑って、そのボロボロの姿に手を差し伸べる。


「ばかですね、危うく他国へ売られるところでしたよ?」


 目の前の彼は、指先を振るわせて私に向かって手を伸ばした。


 土に汚れ、殴られたのか口の端が切れた顔が、悲痛と安心で歪む。

 その表情だけで、私が来るまでの間、どれほど大変な目にあったのかがわかる。


「帰ったら、たっぷりお仕置きですからね」


 私が穏やかにそう言えば、彼はそのまま胸の中に飛び込んできて「ううっ、あああっ」と大声を上げて泣いていた。

 いつかは私を倒す主人公のひとりで。

 生意気だとはいえ、ソルフィナだってまだまだ子供なのだ。怖くて仕方なかっただろう。


「大丈夫、大丈夫」とその背中を落ち着かせるように撫でてあげれば、背中に回すソルフィナの手がより一層強くなった。

 そんな私たちの後ろで「兄様……っ」とルスエルは涙目になりながら立っていた。

 荷台の中には気を失っている子供も何人かいて、私は深い溜息を吐き出す。


「とりあえず皆さん、外に出ましょうか」


 ひとまず、ソルフィナが無事でよかった。

 商人は後程、王城に連れ帰ってそれ相応の罰を与えなければ。








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