悪魔のような主人公に、踊らされてしまった件につきまして。




 ◇


 王城の地下牢は、それはそれは深い奥底にあって、こんな場所にある地下牢など、前世でも現世でも、見たのは生まれてはじめてだった。

そう言えば白愛終盤で、ルーナがヒロインたちにこてんぱんにやられたあと『不死』を彷徨い続ける、と書いてあったけど、その場所って確か王城の地下牢じゃなかったっけ?


ということは、この場所がいずれ行き着く私の墓場ということに……。


「ぜっえったい嫌なんだけどお!」


 どお、どお、どぉ……。


そこかしこが石造りのせいで、自然とエコーがかかった。

薄暗いし、なんか虫も走ってるし……。ああ、もう無理無理無理!

私、この世で自分の死の次に虫がいっちばん嫌いなのよ!

しかも、この格子、対魔術がかけられている。

 はあ……お腹もすいた。どうせなら、連れて来られる最中に一度、衛兵を殴って腹ごしらえをしてから、大人しく幽閉されるべきだったかもしれない。


「そんなことしたら……三日どころか、一カ月くらいは幽閉が伸びそうですけど……」

「虫と共に生きて、餓死するよりマシですから! ……って、この声はライリー様?」


 頭を掻きむしりながら顔をあげると、格子越しにライリーと目があった。


「何してるんですか? こんなところで」

「いや、それはこちらの台詞といいますか……ルーナさんがソルフィナ様に大変なことをしたって城内で凄い騒ぎになっていますよ」

「大変なこと……」


 を、したかといえばしたけれど、でもまさかあんなにルスエルが怒るとは思いもしなかった。


「もう城の皆が、ルーナさんがソルフィナ様を殺しかけたという話題でもちきりです」

「殺しかけただなんてそんな大げさな……ちょっと授業が過激になっちゃっただけですよ」


 愚痴を言うように告げた私に、「今回の件で、ルーナさんが危うく王城から追い出されてしまうところだったんですよ」とライリーは、ほんの少しの心配した眼差しを向けた。


「そ、それは……」


 そうとも言えるけど。ほんのちょこっと、懲らしめてやろうかと思っただけで……。

 と、思いつつも、私自身、つめの甘さには日頃から辟易している。

 うぐっ、と反省をしてると、ライリーは胸元の袖から一枚の便せんを取り出した。


「魔塔主様が間に入ってくれなければ、王室魔法師免許だって剥奪されていたんですから」

「えっ、魔塔主様が……?」


 そんな大事になっていただなんて……。

 しかも人知れず、魔塔主様に借りを作ってしまっていた、とは……。

 本当に最悪だ。後から何と言われるか。

 借りを作っただとかなんとか言って、妙なことを要求されなきゃいいけど……。


「ライリー様。もしかして、その手紙って……」

「はい。ルーナさんが反省しているかわからないから、と。魔塔主様から預かってきました」


 垂れた目尻で、にっこりと微笑むライリー。

 私は引き攣った顔で「そ、そうですか。なんと書かれているのですか」と頷いた。


「それでは読ませていただきますね。ええっと……」


 ライリーはかちゃりと眼鏡をかけ直しながら、手紙を読み始めた。


「『無様な奴め。初めからそうだが、見た目にそぐわず、お前はその脳筋のところを改めよ。魔塔の主となりたくば、その阿呆な頭からどうにかしろ。この間抜け』とのことです」

「…………」


 返す言葉がない。というか、相変わらず言いたい放題過ぎて腹立たしい。

 手紙越しでも、あの偉そうな面が頭の中に浮かんでくる。

 私が本物の悪党だったら、真っ先にやっつけてやるんだけど……。


「そ、そうですか。お忙しいのにお手を煩わせて申し訳ございませんとお伝えください」


 ついでに魔塔主なんぞになりたくねえから、二度と連絡するな。とお伝えください。


 と言いたかったけど既の所で言うのをやめた。


「それで、ご用件はこの手紙だけですか?」

「あとこちらを……」


 そう言って、ライリーは魔塔主の手紙の他に袖から小さな包みを取り出した。


「なんですか、これ?」

「星砂糖です。少しは空腹が紛れるかと……」


 小さな包みの中には、星の形をした砂糖が入っている。金平糖に形が似ていて、私は涙目でライリーを見上げた。


「ライリー様ぁ……一生ついていきますっ! ありがどうございまずっ!」


 涙声になる。最高! やっぱり持つべきものはモブの同僚だ!

 私が大きな声でお礼を言えば、ライリーは「しっ」と軽く口元で指を立てた。


「バレないよう、少しずつ摘まんで下さいね。魔塔主様の手紙がなかったら、僕もここに入ることは出来なかったんですから」


 ひっそりとした声で告げる。

 周りに誰かがいるというわけではないけれど、一応気を付けているのかもしれない。


「それにしても魔塔主様が間に入ったということは、わざわざ出向いたということですか? あのお忙しい方が? まさか他人のために? わざわざ?」


 信じられない気持ちが相俟って、皮肉めいた口調で言うとライリーは「実は……」と言葉を続けた。


「元々、黒龍のことについての報告をしに国王陛下の元へ訪れるところだったみたいで、先ほどまでお城にいらしたんですよ。それでタイミングよく……」

「なるほど……」


 最悪なタイミングで、ここに来ていたのか。ああ、なんて間が悪いのだろう。


「ルーナさんにもお会いする予定だったと言っていましたよ。黒龍のことについて調査のお手伝いをしていただきたかったそうです。だから殿下の命で投獄されてると聞いたあとは、すごくなんていうか……溜息が深かったような……」

「……あはは、あー……」


 想像出来る。あの呆れたような眼差しを思い出して、うんざりしていると「とにかく」とライリーは続けた。


「殿下の命令であれば、我々であってもどうすることも出来ず……」

「いいんです。こうして来てくださっただけでも十分……」


 魔塔主の手紙だけはいらなかったけど。


「ですが、ルーナさんがここから出るための条件として提案を、ひとついただきました」

「というと?」

「ソルフィナ様に、ルーナさんが謝罪をし、遠心魔法を解いてくれれば問題はないそうですよ」

「え? それだけでいいんですか?」


 私は格子を両手で掴んで、勢いよく声を上げた。


「だったら、いくらだって頭を下げますよ! 謝罪なんてお安い御用です。見て下さい、この美しい土下座を! 私は魔塔主様に、謝罪姿だけなら天下一品だっていつも……」

「言ったな?」


 ライリーの後ろから、声がした。偉そうな口調とは裏腹に、子供らしい少し高い声が、まさかという気持ちをさらに大きくさせた。


「そ、その声は……」


 私が息を呑むと、ライリーが先にさっと身体を引いて頭を下げた。


「ソルフィナ様! お身体は大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫なわけないだろう。この魔法師に、殺されかけたというのに」


 ランタンの明かりで照らされた通路から現れたのは、ソルフィナだ。

 ふんっと偉そうに告げて、私の牢の前までやってくる。

 閉じ込められている惨めな私を見下ろして、ざまあみろとでも言っているような表情をしていた。


「おまえ、謝罪すると言ったな」

「え? ああ、はい。ソルフィナ様が望むのであれば……」

「だったら、地面に額を擦り付けて謝罪しろ。そして今後もう二度と、俺の嫌がることをしないと誓え。ついでに遠心魔法も解くのだ。さもなくばこの城から追い出してやる」


 後ろに数人の護衛を引きつれたソルフィナ。一応、城の外に出たら身体が重くなるようにしていたから、今はピンピンとしている。

 怪我もしていなさそうだし、ひとまず安心。


「そんなこと、お安い御用です。でも遠心魔法は、ここから出していただかないと私にはどうにも……」

「なんだと。そうなのか?」


 ソルフィナは傍で頭を下げていたライリーを見た。


「はい。対魔術用の石が近くにある場合に魔法を使用してしまうと、全て吸われてしまいますので……」

「どうにもならないのか?」

「もしも、遠心魔法をどうにかしたいとのことであれば、ルーナさんから直接魔力を与えてもらって一時的に遠心魔法を解除することはできますが……」

「何? 本当か⁉」


 ライリーの答えにソルフィナが弾んだ声を上げた。


「そういうことなら、早く解除しろ。ウニ頭」


 ふん、と腕を組んで、私を見下ろす。

 なんて生意気な態度だろうか。いや、でも冷静になれ。

 私がなんでこんな惨めな思いをして、王室魔法師になったと思っているんだ……この生意気主人公たちを私の手中に収めるためだったじゃないか!


「で、でも殿下。牢から出していただければ、一時的な解除ではなく完璧に、遠心魔法を解くことができますよ?」

「いいから早くしろ! これは命令だ!」


 チッ、と心の中で舌打ちが出る。


「はいはい。わかりましたよ。では、お手をどうぞ」


 格子の隙間から手を差し出せば、ソルフィナは少し怪訝そうな顔をして「なんだこの手は」と告げた。


「なにって、今から魔力の受け渡しをするんですよ。早く握ってください」

「そ、そんなことで本当に遠心魔法が解除されるのか?」

「完全な解除というよりも一時的な処置ですよ。私の魔法がソルフィナ様の行動を制限しているのですから、あなたの身体に私の魔力を送ることによって、それを中和するイメージです。お湯に水を注ぎこむような感じですね」

「? お湯? 水?」

「……まあ、わからなくたっていいですよ。感覚の問題ですから」

「あ、おまえ。今心の中で、俺のことちょっと馬鹿にしただろ!」

「いいえ。してません。だから、早く手を握ってください」


 やれやれ、と言うような顔をした私に、ソルフィナは不満そうな顔のまま私の手を握った。

 子どもらしい温かな手を握りながら、この子もまた人間なのだと思い知る。

 こんな柔らかく小さいというのに、いつか私の首にこの手を掛けるのだと思うと、なんだか変な気分だった。


「な、何をじっと見てるんだ?」

「いいえ。ではいきますよ」


 手のひらから魔力をほんの少し流せば、ソルフィナは「っ」と眉根を寄せて手を離そうとした。


「動かないでください」

「っな」


 その頬がほんのり赤くなる。後ろにいる護衛も「だ、大丈夫か?」と心配そうな顔をしていた。


「……はい。終わりましたよ」


 ぱっと手を離すと、物凄い速さでソルフィナは手をひっこめた。


「へ、変態め! なんか変な感じがしたぞ!」

「変な感じ? というか、そんな言葉どこで覚えてきたんですか、ソルフィナ様」

「う、うるさい!」


 頬を赤らめたまま怒られた。


「とにかく、遠心魔法は一時的に解除されてますよ。それで、後は何をすればいいんでしたっけ?」

「しゃ、謝罪をしろ! いくらでも謝るって言ったよな?」

「ああ、そうでした。ソルフィナ様、この度は危険な目にあわせて大変申し訳ございませんでした」

「心が籠もってない!」

「大っっっっっ変! 申し訳ございませんでしたぁっ‼」


 土下座をしながら、地面に額を擦り付けると、ソルフィナは満足そうに鼻を鳴らして「はっ」と私を見下ろした。


「まあ、そこまで謝罪するなら? 許してやってあげてもいいけど?」

「本当ですか? じゃあ、ここから出していただけ……」


 顔を上げた私に、ソルフィナはにっこりと微笑んだ。

 さすが半分はルスエルと血が繋がってるだけあって、天使のような微笑みをするんだな。

 と思ったのも束の間。聞こえたのは。


「なんてね。誰が出すかっつーの」


 悪魔ような声だった。


「ぶぁーか」

「…………」


 べーっと舌を出して、そのままケラケラと笑いながら私のいる牢から離れていく。


「あっ、ちょっと! ソルフィナ様⁉」


 約束と違うんですけど⁉


「おい。衛兵。しっかりこいつを見張っとけよ。何するかわかんねえからな。そこの魔法師も、絶対に手助けすんなよ。やったらただじゃ置かないから覚えとけ」


 ライリーたちに命令をしながら軽い足取りで、地上へ向かう階段の方へソルフィナは、最後に私を振り返ってこういった。


「じゃあね、ウニ頭」


 ひらひらと手を振る、小生意気なガキ……じゃなく、ソルフィナに、私はわなわなと拳を握った。


 あんな悪魔みたいな子が主人公だなんて……この世界は間違ってる!






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