金髪碧眼天使タイムはここで終了の件につきまして。








 空を割くようにして、びゅんっと勢いよく空を飛ぶ私に「うわあっ」「おい! 止まれ!」「落ちる!」と後ろから我儘な悲鳴が飛んでいる。


「っ、どこへ行くんだよ!」


 少し切れ気味のソルフィナが叫ぶように言った。

 お仕置きも兼ねているので、スピードを一切緩めないまま「あと少しなので~我慢してください」とにこにこと答えた。

 そして暫くして、地上に降りると、ぐったりした三人が地面に倒れ込んだ。

 うわ、やりすぎた……?


「っおまえ、ただじゃおかないからな……!」


 息絶え絶えに言うルスエル。ちっとも威厳がなくて、なんだか愛らしい。


「そんなことより、皆さん。あっちを見てください」


 連なっている山々の上までやって来ると、広い海が見えてくる。

 大きな水溜りの上で、太陽が沈んでいく様は、なんとなく前世を思い出した。

これほど鮮やかな景色が、こうして空の上から見られるなんて本当に贅沢だ。

 ふと振り返ると、彼らは食い入るようにその景色を眺めていた。


「美しいでしょう」


 笑いかければ、はっとする三人。ルスエルとユルは少しばつが悪そうな顔をしていたが、ソルフィナだけは不満そうだった。


「これが、あなた方が今後も守っていく国ですよ」


 まるで授業をしているように告げる。


「しっかり、覚えていてくださいね」


 ついでに、ヒロインに陶酔して、世界よりも愛を選ぶような愚かな男たちになって、私を勝手に敵認定しないでくださいね。

 と言っておきたかったが、心の中で留めておいた。


 課外授業と称して、空の上をぐるぐると回って、街中を見て回った。

 最初は不満そうだったソルフィナも、途中から「見ろよ、ユル! あそこの建物、上から見るとあんな感じに光るんだな」と楽し気に口を開いていた。

 子供とのコミュニケーションは仕事柄、正直得意だった。

 あらゆる玩具を作る時、リサーチするためによく子供達と遊んでいたからなあ。

 ルスエルたちを見てると、なんだか懐かしい気持ちになる。

 今度魔法で面白い玩具でも開発してみようかしら。

 もしかしたら喜んでもらえるかもしれないし、売れれば一攫千金も夢じゃないかも!


 そのお金で、無事運命から逃れられた100年後は悠々自適なスローライフを味わうのもありだ。うんうん。


 なんだか明るい未来が見えてきたぞ。


「ルーナ……先生」


 うきうきしながら空を飛んでいたら、背中側から声した。


「ん? どうかしましたか? ルスエル様」

「あ……えと……」

「うん?」


 もじもじとするように俯く彼に、「どうしました?」と今一度訊ねる。


「さっきは……その……」

「ユル! 俺さ、良いこと思いついた。罪人を空の上から落っことすっていう処罰を国王陛下に提案するの、どう? 絶対即死だよな」

「その……」

「ソルフィナ様、それはちょっと行き過ぎだと思う。せめて箒の柄にロープでもひっかけて宙吊りの方がいいんじゃないですか? 落とすのは一瞬だけど、宙吊りで浮遊するなら、長い時間、精神を削ることが出来そうです」

「えっと……」

「なるほど、確かにそれはそうかも。さっすがユル! おまえ、相変わらず頭いいなぁ」

「……なんでもない」


 ソルフィナとユルの物騒な会話に、ルスエルのなけなしの勇気がかき消されてしまったらしい。

 彼は諦めたように呟いて、また景色を眺めた。

 なんだったんだろう……?


「ソルフィナ様もユル様も、お言葉ですが、その執行人は誰がするんですか?」

「え、そりゃ先生みたいな魔法師だよ。当たり前じゃん」

「ええ~? 嫌ですよ、箒をそんな風に使いたくありません!」

「でも、先生だってムカつくやついたら、そのくらいしたくなりませんか?」


 ソルフィナのあと、平然とユルが続けた。子供とは思えない提案に、やっぱり前世とは偉い違いだと思う。環境や時代で、同じ子供や大人でも変わるものなんだなあ。


「まあ、ユル様の言う通り確かに。ムカつくやつがいたら、正直考えるかも」

「あはは。ウニ先生って、本当は結構性格悪いよな。ダサいのもふりだったりして」


 ぎくっ、と肩を揺らしてソルフィナを振り返る。黄昏に溶けるような金色の髪を揺らして、ソルフィナは得意気に口角を上げていた。なんて生意気な顔をしているんだろう。


「そのウニっての、やめてください。なんですか一体」

「頭がぼさぼさってこと。呼ばれたくないならちゃんと整えたら?」

「じゃあ、ウニでいいです」

「いいのかよ」


 途端、ソルフィナがつまらなそうな顔をした。

 暫く空の散歩を楽しんだ後、城の人たちにバレては面倒なので、普段の授業が終わる時間には戻った。


「あーもう終わりか。つまらなー」

「思っていても言わない方がいいと思うけど」


 伸びをしながら歩いて行くソルフィナの後を、ユルがついていく。

 二人の背中を見送っていると、「あの、先生」と私の袖をルスエルが引っ張った。


「どうしましたか、ルスエル様」

「……その、さっきの」

「さっき? ああ、何か言いかけていたやつですか?」


 ルスエルは扉の向こう側に消えて行ったソルフィナたちを確認しながら、私に向かって内緒話をするように背伸びをした。


「ん?」と膝を曲げて、耳を傾けると彼はこそっとこう言った。


「……さっきは、助けてくれてありがとう」

「…………」


 目をぱちくりとさせてルスエルを見れば、彼は「そ、それだけだ!」と少し顔を赤くして一目散に走って行ってしまった。


「え……なにあれ……」


 めちゃくちゃかわいい!


 あの出来事から、ルスエルは頻繁に私と目を合わせるようになった……ような気がする。

 ああ、凄く可愛かったなあ、あの時のルスエル。


 ――うんうん、と頷いていると「ルーナ?」と目の前で呼びかけられた。

 ああそうだった。今はルスエルと話している最中だった。




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