生意気な主人公どもに天罰を与えてやった件につきまして。




 さてと……。


 ソルフィナやユルを始め、城下に向かっているルスエルを捕まえなくては。

 魔法師にベビーシッターの役割はないけど、三人ともわざわざ私の授業をサボって外に行こうとするから、何かあった時の責任を全部、私に負わせたいのだと思う。

 とにかく私を解雇させたくて、堪らないようだった。

 まあ、何をしたって辞めはしないですけどね。

 私だって、命がかかっているわけですから。

 王城を出て、城下に向かおうと城壁に沿って歩いていると「おい、早くしろよ!」とぼそぼそと声が聞こえた。

 この声は……ソルフィナだ。


「ま、待って、お兄様……やっぱりいつもの抜け道にしましょうよ」


 壁のちょうど一番上から言うのは、ルスエルで。


「あの抜け道は、あのウニ女が全部魔法で塞いじまったんだ」


 舌打ちにしながら、壁から垂らした紐を握って、丁度地上に降りようとしているのがソルフィナ。


「本当、余計なことしかしないな。あのひと」


 つんと言い放ちながら、魔法で足場に柔らかいクッションのようなものを出しているユル。

 三人の中では一番覚えが早く、コントロール力のあるユルが、魔法で補助しているのは納得だけど、あの程度のクッションじゃもしも落ちた時、怪我は免れないだろうな。


「いいから、早く降りてこいよ」

「う、うん……」


 ソルフィナに促されて、ルスエルがゆっくりと紐を伝って降りてくる。

 私はそれを暫し眺めながら、やっぱりなと確信を得る。

 本当に何度も飽きもせず、城下への脱走を繰り返す彼ら。

 これだけ悪戯好きなら、性根は悪役に向きだと思う。

 闇属性の魔法だって、あっという間に使いこなすだろう。

 やっぱり私の計画は間違っちゃいなかった。

 とはいえ、どうやってお灸を据えたらいいものか。

 ここで自由にさせてしまっては、私はいつまでも舐められた〝ウニ女〟で終わってしまう。

 うーん。と悩んでいると、「ルスエル様、早くしてください」とユルが一言。


「わ、わかってるって……」


 身体を震わせてルスエルが壁の下へ降りようとしたその時、強く風が吹いた。

 瞬間、彼はずるりと足を滑らせてしまった。


「うわあっ」

「ルス!」

「ルスエル様!」


 ソルフィナが叫んだ瞬間、ユルも動揺して魔法が不安定になったのかクッションが消えてしまった。


「―――」


 咄嗟に呪文を唱えて、ルスエルの身体を風で包み込む。


「え? あっ、ウニ女!」

「ウ……先生⁉」


 ソルフィナとユルが驚いたように声を上げる。

 ルスエルは何が起きたのかわからないような顔で、風に身を任せていた。

 そうして、地上でその身体をキャッチすれば、ルスエルは動揺したように私を見上げた。


「捕まえましたよ、殿下」

「あ……」


 ルスエルの涙に滲んだ目がゆるりと光る。

 そんな彼を見下ろすと、私の髪が彼の顔にかかりそうになったので、払うようにして首を振った。


「ソルフィナ様も、ユル様も。黙って城下へは行かないって約束した筈なのに、こんなところで何をしているんですか?」


 ぎくっとその肩が揺れる。ソルフィナはユルと目を見合わせて、「何の話? 意味わかんないんだけど」と一応、誤魔化そうとぼそぼそと呟いていた。


 私は呆れたように溜息を吐いて「全く、三人とも」と呟きながら、ルスエルを地上に下ろす。


「こっそり城下へ行ってはいけませんよ、って何度も言っているではありませんか」

「べっつにー。城下に行くなんて誰も言ってないんだけど? なあ、ユル」

「はい。俺たちは、ただ……その、魔法の練習をしていただけです」


 ソルフィナに振られて、まるでユルが毅然とした態度で続けた。


「魔法?」

「はい。ウ……ルーナ先生に、教わった浮遊の魔法と、耐久の魔法の精度を、城壁で試していたのです」


 思えば、ユルはこの時から頭が切れるタイプの男の子だった。

 六歳だか、七歳くらいの年齢だったのに、どうしてそんなにすらすらと作り話が出てくるんだろう。感心さえしてしまう。さすが前世の私の推しだ。


「なるほど、そうだったんですか。では、その精度はどうでしたか?」

「それは……その……」


 ユルは今一度、ソルフィナを見た。きっと言い訳の大半はソルフィナが事前に用意していたものなのかも知れない。


「イマイチだったかな。せんせーの言う通りやったのに、上手くいかなかったや」


 にっこりと笑うソルフィナ。思ってもいないのに、いつも笑って誤魔化そうとする。


「そうだったんですね。それは残念……」


 溜息交じりに告げ、その流れで指を弾く。


 そして、ソルフィナの身体がぐんぐんと空高く上がった。


「うわあっ、何だよ⁉」

「浮遊魔法は、コントロールとイメージが重要なのですよ。私は今、ソルフィナ様をこのまま雲の上まで持って行こうかと思います」

「はあ⁉ ちょっ、待っ……!」


 ついにソルフィナが言葉を失っていた。


「何してるんですか、先生!」

「あら、ユル様も空を散歩したいのですか?」


 すっとぼけたように言って、ユルの身体もソルフィナと同じように空に浮かした。


「っな、何してる! 兄様とユルを下ろせ!」

「ルスエル様たちが浮遊魔法の練習していると言ったので、私が直々に教えて差し上げているんですよ」

「こ、こんなことしてどうなるかわかってるのか! 国王陛下が知ったらどうなることか……」

「どうなるも何も、あの二人たちの身を先に案じた方がよろしいのでは?」

「えっ……」


 さらに指を鳴らした瞬間、見えない糸に宙づりにされていたであろう彼らが、途端ぷつんと糸が切れたように空から降って来た。


「「うわああっ⁉」」


 彼らの悲鳴が揃う。


「お兄様⁉ ユル⁉」


 ルスエルが叫ぶように彼らの名前を呼んだ瞬間、彼らの落下位置に透明の柔からなクッションを出した。

 ふよんっ、と柔らかいクッションの上を弾むようにして、ソルフィナもユルも身体を弾ませる。


「どうですか? これが、ユル様がやろうとした耐久魔法ですよ」


 淡々と告げれば、信じられないという面持ちで私を見上げるルスエルと、げっそりとした眼差しでこちらを見るソルフィナとユルがいる。


「お……まえ……本当に何を考えてるんだ! お兄様たちがあのまま落ちていたら、死んでしまったかもしれないんだぞ⁉」

「まあ、それはそうですね」

「もしも魔法を失敗していたらと考えなかったのか!」


 身内が危険な目に遭って、さらにはその危険にさらした当の本人が平然と答えることに腹が立つのか。

 ルスエルはわなわなと拳を揺らして、「お前なんかクビだ! さっさとこの城から出て行け!」と私に向かって大きく怒鳴った。


「ルスエル様」

「黙れ!」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますが」


 透明なクッションが緩やかに消えて、倒れ込むように地面に身体をつけたソルフィナとユルも、やっと身体を起こして、私たちのやり取りを見遣った。


「もしも魔法が失敗してたらとあなた方は考えなかったのですか?」

「は……」

「実際に、あなた方の魔力はまだまだ未熟です。正直、今のあなた方が束になってかかってきても、私が負けることはないでしょう」

「な、なんだと……」


 ルスエルは声を震わせる。屈辱だとその顔が訴えていたが、私は更に続けた。

 少しくらいはわからせなければ。


「ルスエル様。先ほど、城壁から足を滑らせましたよね」


 王室魔法師の教育係という立場が危うくなるのはごめんだからな。


「その際、動揺からユル様の魔法は不安定になっていました」


 ユルをちらりと横目に見れば、彼は少しだけ肩を揺らして図星を突かれたような顔をした。


「つまり本来、地面に身体を打ち付けていたのはルスエル様だったかもしれない」

「……っ」

「私が通りかからなければ、あなたは死んでいたかもしれないのです」


 狼狽えるルスエルは、言い返す言葉がないようでただただ唇を噛みしめていた。


「力がない状態で出歩くことは、リスクを伴います。特にあなた方は、そのリスクをより深刻に受け止めなければならない立場にいることをお忘れなく」


 見下ろす私に、ルスエルは傷ついたような顔をしてついに俯いた。

 ソルフィナもユルも申し訳なさそうに目を逸らしている。


「そんなこと、言ったって……」

「ルスエル様」


 目線を合わせるようにして、しゃがみ込めばルスエルはびくっと肩を揺らした。


「城下に行きたければ、私をお誘い下さい。魔法師をつけていれば、国王陛下もお許しになるでしょうし」

「…………」

「行きたいところがあれば、つれて行ってさしあげますよ」


 にっこりと微笑むと、「そ、そんなこと言って」とルスエルは動揺したように顔を逸らした。


「どうせお前も、他の大人たちと一緒のくせに……」

「本当ですよ? 私を誰だと思っているんですか?」

「は……?」


 再び立ち上がって、「王室魔法師を舐めないでください」と肩を鳴らして、私はぱっと大きく頑丈な箒を取り出した。


「ルスエル様」

「うわぁっ!」

「ソルフィナ様、ユル様」

「なっ⁉」

「これは……っ」


 彼らの身体を持ち上げるように浮かして、そのまま箒の上に跨らせた。


「それではみなさん、今日は課外授業をしましょう!」

「「「えっ」」」


 三人が声を揃えた瞬間、私も飛ぶように箒の先頭に乘る。


「しっかり掴まっていてくださいね」


 にっこり笑う私に、彼らは困惑しながら「「「へ……?」」」とまたも声を揃えていた。


 そしてこの後、彼らは。揃いも揃って大きな悲鳴を上げたのだった。






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