金髪碧眼の幼少期は可愛かった件につきまして。





 ◇


「―――ついてこないでください。暇なんですか、ウニおばさん」

「おば……さんではありません、殿下。私はまだ十六歳なのです。それにウニってなんですか?」

「は? 十六ならおばさんでしょ。何言ってんの?」


 十六以上の女性に、この子は一回しごかれた方がいいかもしれない。

 そんなことを考えながら苛々していた日々は、私からしたらついこの間の事にも思える。

 教育者としてルスエルに出会って、約一年経った。

 にもかかわらず、私は正直彼らに警戒されたままだった。

 なのに、ルスエルを始め、英才教育の賜物か、揃いも揃ってみんな口が達者だった。

 じとっとこちらを睨む目は生意気そのもので、こういうキャラが作者の好みだったのかも知れないと思うと、ちょっと握手してその趣味について語り明かしたいと思った。

 けれども、おばさんはいただけない。私はまだ、この世界では十六歳なのだ。


「それにウニってのは、おばさんのあだ名だよ。だって頭がウニみたいにぼさぼさしてるんだもん」

「……う、うに……」


 髪は一応長いのに、このぼさぼさ演出がそう見えたの? っていうか、この世界にウニがあるの?

 超感動なんだけど! 今度食べなきゃ!

 ……ってそんなこと思ってる場合じゃない。


「っていうか、これ以上ついてこないでもらえますか? 本当うっとうしいです」

「そうは行きませんよ。殿下、また逃げ出そうとしているでしょう?」

「…………」


 ぎくりとその子供ならではの華奢な肩が揺れる。

 青く光る銀色の髪をふわりと揺らしてこちらを振り返るルスエル。


『どうして?』とその顔に書いているようで、なんてわかりやすい。

 これがいつしか帝国を背負う王となるのだから、今の内にポーカーフェイスを鍛えなくては。


「な、なんで、ウニおばさんがそのことを……?」

「ウニおばでも何でもいいんですけど、私は殿下たちの先生ですよ? そのくらいお見通しです。今から城下に行って、遊ぼうとしているっていうのも」

「っそ、そんな下品なことしません!」

「本当ですか? 先ほど、同じようなことをソルフィナ殿下が言っていたような気がするのですが……」

「えっ、兄様ったら口走ったんですか⁉」

「ええ。今のあなたのように」

「あ……」


 うぐっと黙り込む。鎌をかけられたと気づいたようだった。

 ふふっと笑ってしまう。なんて可愛いんだろう。

 そのアホ可愛いほぺったを揉んでやりたい。


「ぶ、無礼だ……人を笑うなんて無礼者だ!」

「全く、どこが無礼者なんですか。私はただ、あなたが可愛ら……じゃなくて、騙されやすい方だから心配で……」

「な、騙した⁉ ってことは兄様が口走ったって言うのは……」

「冗談です。ごめんなさい、殿下」


 てへっと笑う私に、ルスエルはわなわなと口を震わせた後「おま……おまえ……」とその顔を真っ赤にして「クビだクビ!」と叫んだ。


「殿下、そんなに怒らないでくださいよ」

「ついて来るな! わたしはお前が大嫌いだ!」


 まるでエビのようにぷりぷりしながら歩いて行くルスエルにほのぼのとした気持ちになりながら、その後を追った。


「殿下~、待ってくださいってば」

「ついて来るなって言ってるだろ! 首を刎ねられたいのか!」


 可愛い可愛いルスエルの後をついて行っていると、「あ、ルーナさん。こちらにいましたか」と、同僚の魔術師でありリヴェル伯爵家の長男、ライリーに声をかけられた。

 若草色の髪をさらりと揺らして、縁のない丸眼鏡をかけているライリーは見るからに人のよさそうな男の子だ。


「探しました。ちょっと、魔法魔術の痕跡についてお聞きしたいことがあって……」


 彼の目が、私よりも少し先を歩くルスエルに向かう。

『あっ』と言う顔をした彼はすぐさま頭を下げて「ベヌス帝国の太陽に幸あれ」と挨拶をした。すると、ルスエルはきりっと顔つきを変えて、チャンスだとばかりにライリーに声をかけた。


「ライリーか、ちょうどいい。おまえ、この者に急ぎの用事があるのだろう」

「え、あ……いえ、もしも殿下の御用が済んでいない様子でしたら……」

「構わない。このウニ……ではなく、この魔法師に、うんざりするほど、あとをつけられて困っていたのだ。だから、お前がこの者に用事があるのであれば、そちらを優先してくれ」

「ちょっと殿下、それでは私が殿下についていけないではないですか!」

「ついてこなくていいって言ってるだろ!」


 すぐさま口を挟んだ私に、ルスエルが吠えるように告げて「いいか」とこちらをびしりと指差した。


「絶対に絶対についてくるなよ! ライリー、そなたの用が終わるまで、この者をきちんと捕まえておくのだぞ! これは命令だからな! 逆らったらどうなるかわかってるよな⁉」

「えっ? あ、は、はい! 承知しました……」


 ライリーが頭を下げながら、ちらりと私を見る。


「ルスエル様……命令とは、やりますね……」


 まだ幼いのに、一丁前に皇子様をやっている姿……ああ、なんて可愛いのだろうか。

 銀色の髪と真っ白な服が相俟って、まるで兎でも眺めているような気分だった。

 急ぎ足で私の視界から消えるルスエルに、口元を押さえて、ぐっと感動を堪えると「ルーナさん? どうかしたのですか?」とライリーが心配そうな眼差しを私に向けた。


「ええ。なんでもありません。ところで、どうされたのでしょう。ライリー様」

「あ、はい。それが魔法魔術の痕跡について、いくつか質問したくて……」

「痕跡ですか? 勿論構いませんが、なんの痕跡についてですか?」


 ライリーよりも分厚い眼鏡をかけ直しながら訊ね返す。すると、彼は少し声を潜めるようにして「黒龍の痕跡です」と告げた。


「彼の居場所がついに突き止められそうだという話が、魔塔からきて……」

「ええ⁉ あの黒龍が⁉ 信じられなーい!」


 というのリアクションは些かオーバーだが仕方ない。

 この世界でいう黒龍は、世界を滅ぼす強大な力を持っている魔獣として知られているから、これくらいオーバーな反応をしても違和感はないだろう。


「ルーナさん、ちょっと声を押さえて!」

「あ、ああ……申し訳ありません。それで、痕跡とは……どのあたりにあったのでしょうか?」

「黄泉の谷の近くで見つかったそうです」

「なるほど……黄泉の……」


 あくまで知らない振りをする。

 小説には、この時期の黒龍についてはあまり詳しく書いていなかったけど確か『ベヌス帝国の魔法魔術に特化した王宮騎士団に追いやられて、黄泉の国で休息をとっている。』というような一文があったような気がする。


「そこで、ルーナさんが魔法魔術の痕跡をより詳しく辿る方法をご存知であればと思って聞きに来たのですが……」

「あー……申し訳ないのですが、痕跡についてはちょっと研究外だったといいますか、私の得意とする分野じゃないともいいますか……」


 大嘘だけど。


「もしかしたら、他の魔法師にお願いした方がいいかも知れません。お役に立てなくて申し訳ありません」


 手のひらを合わせて謝れば、ライリーは「そうですよね」と残念そうに眉を下げた。


「そんな、僕こそいつも頼りにしてしまって申し訳ないです。ルーナさんは魔塔主様も認めるほどの実力をお持ちなので、いつも頼りきってしまって」

「そんなそんな……私なんてまだまだですよ! 別に魔塔主様も私を認めたわけではありませんから。ライリーの方が立派な魔法師です」


 というか、もしかしたら自分が『十数年後に世界を滅ぼす大悪党になります』ってわかってる状態で、現時点で魔法魔術に関しては世界最強の魔塔主に会いたくはない。

 正直、怖くて逃げたから、ろくに顔も見たこともなかったんだけど……。

 ライリーを始め、他の魔法師たちには一体どんな風に私の存在が知られているのか。

 まあ、あと二年したら黒龍を捕まえるふりでもして、自分も封印される予定だから。

 今はヒーローたちの再教育さえうまくいけば、どうだっていいんだけど……。


「何をおっしゃるんですか! 歴代最年少にして王宮魔法師になったのですから、もっと自信を持ってください!」

「あはは、ありがとうございます~」


 ぼさぼさの髪を掻きながら、へらりと笑う。『自分の保身のために、早めに頑張っただけですよぉ』だなんてこんなキラキラした顔に向かって言えない。


「ちなみにお聞きしたいのですが、痕跡について魔塔主はなんと?」

「うーん、それがさすが黒龍といいますか。何重にもフェイクの痕跡を重ねて、追跡が出来ないようにしてしまして……。正直、魔塔にいる魔法師でさえも、彼を探し出すのは難しいみたいです……」

「なるほど。だから、王宮まで話が回ってきたんですね」

「はい……」


 ライリーは困ったように頷いた。黒龍が見つかる時期ではないから、仕方がないだろうけど、ほんの少し気の毒。ちょっとだけ励ましの言葉でも送ろうかな。


「まあ、ライリー。そんなに落ち込まなくても、きっと見つかりますよ。だって魔塔の魔法師はみんな、優れていますから!」

「ありがとうございます、ルーナさん……励まされました」


 涙の目を拭いながら、ライリーは眼鏡をかけ直した。


「ところで、ルーナさん。先ほどはすみませんでした……。ルスエル皇子殿下とどこかに行かれる予定だったのに……」

「……あ」


 そういえば、そうだった。


「思い出させてくれてありがとうございます! 私、今から殿下を追いかけてきます!」

「えっ、今から追いかけるんですか?」

「はい! 殿下たちは、ダメと言ってもやりたいお年頃なので……」

「ダメ……? 一体どういうことですか……?」

「ルールというのは破りたくなるってことです。それじゃあ! 追いかけてきます!」

「え、あっ! ルーナさん! ……って、行っちゃった」


 ライリーに手を振って、私は急いでルスエルの後を追った。






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