可愛い教え子がとんでもない大人に成長していた件につきまして。
結局、黒龍を見つけられないまま自分の部屋に帰って来てしまった。
予定外のことが多いから、機を逃さないようにしないといけないのに……。
「……何を考えているんですか?」
「……え!」
はっとしてルスエルを見れば、少し悲しそうに彼は瞼を伏せた。
「あなたはいつも何かを考え込んでいますね」
「そ、そうですか?」
「ルーナ」
両手を掴まれて、顔を覗きこまれる。
「あなたは隠し事が下手です。その自覚はありますか?」
「あ……えと……」
私の隠し事が下手と言うより、主要人物たちの察しが良すぎるんだと思うんだけど。
と、思いつつ私は、あくまで照れ臭そうに笑って見せた。
「……バレました? その、実は、ちょっと戸惑ってると言いますか」
「戸惑ってる?」
「はい。だって、目覚めたら十一年後の世界なんですよ? そりゃあ戸惑いますよ。だって、変わってることも多いし、みんなも格好良く成長してるし……」
「みんなって……」
「あなたたちですよ。立派になりましたね」
笑顔で笑いかければ、ルスエルが少し面を食らったような顔をした後、頬を赤くした。
「……本当ですか」
「ほんとほんと! 本当に素敵です! 大人になったな~と思います!」
にこにこと褒める私に、ルスエルは照れ臭そうに私に目を向ける。
犬のしっぽをぶんぶん振るように、嬉しさを隠し切れてない。
うん、やっぱり大きくなってもルスエルだ。
素直じゃないのに、態度は正直なところが愛らしい。
「……実は、ルーナが眠っている間に、頑張ったんです」
ぽつりぽつりと、ルスエルは口を動かす。
「あなたの隣に並んでも恥ずかしくないように」
「……ルスエル様」
私の腰辺りからこちらを見上げていた頃のルスエルを思い出す。
今思い出しても……ああ、可愛い。
「何を言ってるんですか、昔から恥ずかしくないですよ。寧ろ、天使のように愛らしくて、可愛かったじゃないですか! いつも周りに自慢して回りたいくらいでした」
「…………」
ぴし、と固まるルスエル。……ん?
「どうかしました?」
「いえ……」
ルスエルは、一度考え込むように口元を押さえて、私へ顔を向けた。
「あなたがわたしをどう思っているのか、はっきりしてよかったです」
「え、なに……」
が? と私が首を傾げる前に、ルスエルはにっこりと微笑むと、掴んでいた私の腕をぐいっと引っ張って、ベッドの上に放った。
バウンドするように、倒れ込みながら困惑した顔をルスエルに向ける。
は……えっ⁉
「これで遠慮をする必要がなくなりました」
「えっ、遠慮って何の話ですか……?」
「今思えば、あなたは昔から超がつくほどの鈍い人でした。こっちが何を言ったって、まともに取り合ってくれたことなんて一度もなかったのですから」
な、何を言ってるの……?
「いや、いやいや! そんなことないでしょう? 私はしっかり、あなたたちのわからないことには答えて……」
「勉学のことではありません」
ルスエルがベッドの上に膝をついた。少しだけ沈むシーツに、無意識に喉を鳴らす。
「ルーナ、わたしは二十一歳になりました。つまり、今のあなたよりも三つも年上です」
「み、見た目がですよね? さすがにそれは見ればわかります……が?」
「……はあ」
溜息? なんで?
なんでそんなに深い溜息を……?
「ルーナ、あなたにとって、わたしは何ですか?」
「何ってルスエル様は……」
私にとって脅威であり、天敵であり。
出来ることなら、一生つかまりたくない主人公の一人、なんだけれど。
「この国の皇子殿下で、私の……」
「…………」
「可愛い教え子です……けど?」
それ以外に何かある? とばかりに首を傾げる私に、ルスエルは頭を押さえるように前髪をぐしゃりと掴んだ。
せっかく整っていた銀髪が無造作に荒れていく。
「……〝先生〟」
懐かしい響きに、びくと肩を揺らす。
ルスエルは姿勢を変えて、ベッドの上で私に迫って来る。
反射的に腰を引いて後ろに下がる。
「〝俺〟はあなたがいなくなったあの日から、血反吐を吐く思いで魔力を磨き、あなたに追いつき、追い越せるよう努力しました」
「え、えっと、ルスエル様……?」
「その腹が立つ呼び方もやめてください」
あっという間に、ベッドの隅までやってきた。
ルスエルが私の顔を覗きこもうとした瞬間、ばちばちと足枷の周りで火花が散った。
ああ、魔法が使えないのがこんなにもどかしいとは思わなかった。
前世では普通に人間やってたのに!
「先生、あれほど自信のあった魔法をとられた気分はどうですか?」
はっと顔を上げれば、黒い笑みで笑う元教え子。
「ど、どういう……」
意味? 言い終える前に、足先にルスエルの指が当たる。
咄嗟に足を引こうとしたが遅い。
足首を掴まれて、ルスエルに引き寄せられる。
ずるりと腰がシーツの上を滑って、足が持ち上げられたせいで、下の服が捲れそうになった
咄嗟に服を押さえて、「ちょっ⁉」と声を上げる。
「っ、ルスエル! 何する……んですか⁉」
「何って今から足枷を重くするんですよ」
足首からふくらはぎにかけて、なぞるように足を掴まれる。
「こ、こら! 仮にも皇子様がすべきことじゃ……」
ばちばちと、足枷から火花が散る。
その様子を見て、ルスエルはくすりと口元で笑った。
「どういう気持ちですか? 過去の教え子に成す術なしって言うのは」
「じょ、冗談は良いから……」
「冗談でこんなことしませんよ」
ルスエルが私の言葉を、強く遮る。
するりと、太腿にかけてルスエルの手のひらが伝った。
びく、と身体を揺らして「い、一体何をするんですか⁉」と目を見開けば、「ルーナ」と名前を呼ばれる。
「言ったでしょう?」
ルスエルは自身の肩に足を乗せるようにして、私の足首に軽く口付けをした。
「足枷に重くするんですよ。あなたは、少し目を離したらどこかへ行こうとするので」
足首から、膝にかけてルスエルの唇が滑っていく度に、足枷がどんどんと重くなっていく。
「歩けないくらい重くしてやろうかと」
「っこ、困る、歩けないのは困りますから!」
「日常生活は安心してください。俺があなたの手となり足となり、生活の補助を全てしてあげますから」
いやいや、そういう問題じゃない!
シーツを握り締めながら、私は本音をごくりと飲み込む。
本当の本当に、私が眠っている間に何があったの⁉
「ルスエル、あなた一体、何を考えているんですか⁉」
「そんなの決まってますよ」
肌にルスエルの指が食い込む。
そして、段々と太腿の付け根に彼の唇が近づいた瞬間、足全体が鉛のように重くなった。
「俺は息をしながら、永遠にあなたのことだけを考えています」
背筋が冷えるようなことを言われてしまった。な、なんで……。
今の台詞って、ヒロインに言う言葉じゃないの……?
ヒロインとイイ感じになったルスエルが、確か……どっかの場面で言っていたと思うけど。
一体全体、何を間違えてしまったのだろうか。
「ルーナ」
「……っ」
「こんな状況で、俺が冗談を言うような人間に思えますか」
微笑しながら、彼は私の肌の上に手のひらを滑らせながら、ゆっくりと私の身体のラインを確認する。
……ラインというより、存在を確かめるように私の身体に触れて、そうしてゆっくりと頬にその手のひらを添えた。
「どうして、ルス……」
「あなたのせいです、ルーナ」
微笑みを湛えているのに、青く光る美しい瞳がそこはかとなく悲しみを感じさせる。
「嘘をついて、俺を裏切った」
「裏切るだなんて、そんな……」
「裏切ったんです、十一年も!」
私の髪ごと、ぐしゃりと掴むようにして頬を持ち上げられる。
ルスエルが、こんなにも大きな声を出すとは思わなかった。
驚きで言葉が出てこないでいると、彼ははっとしたように、少しだけ目を逸らした。
「……とにかく、あなたは少し反省すべきです」
「ご、ごめんなさい……あの時はああするしかなかったっていうか」
じっと、疑うような眼差しでこちらを見るルスエル。
「二度と目の前からいなくならないと約束してくれたら軽くします」
その目がじっと見てくる様を、私は知っている。
あれは確か……。
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