再教育、失敗したかもしれない件につきまして。




 ばっと布団を剥がして、ベッドの上から足を下ろす。

 そんな私の足首についているのは、青銀色の足枷。

 ルスエルの髪と同じ色をしているその枷を見て、嵌めたのは彼だとすぐにわかった。

 魔具の色は、作った人の魔力の色に影響する。

 魔力の色は髪色ともほぼイコールだから、これはルスエルのもので間違いないだろう。

 重厚そうだとさっき思ったけど、さほど重くはない。

 その証拠に、布団の外には足を出すことが出来る。

 ルスエルったら……いつの間にこんな魔法を使えるように……。

 対魔法術がかけられていることに対する苛立ちと、教え子の成長を感じて感慨深くなる。


 これを私が教えたって思うと、なんだか複雑だなあ……。


 と、思いながらも私は、急いで立ち上がった。

 そして数回足踏みをして、筋力は落ちてないことを確認した。

 やっぱり封印は正解だった。

 体力も落ちていなさそうだし、老化だってしていなさそうだ。

 何一つ眠る前と変わっていなくて安心する。

 やっぱり若さが第一だ。うんうん。


 扉の外を覗いて、廊下を確認する。

 ここは王城らしく、こちらも昔と変わっていなくて安心する。

 ならば城内のことは頭に入っているし、抜け道だって知っている。

 とにかくさっさとここを抜け出して、違う作戦を立てなければ……。

 でないと私は来年、原作通りに悲惨な死を迎えることになる。

 それだけは避けたい。

 まだ自ら死んだ方がマシだ。


 だからそのための保険として、〝あいつ〟を探さなくちゃ……。


 廊下を走りながら、ばちばちと足首に火花が走る。

 ああ、やっぱり魔法が使えないのは不便だ。

 城を出た後、この足枷もどうにかしないとな……。

 いやそれとも。

 出る前に、この枷だけはとってもらえるよう、一応ルスエルにお願いする……?

 でも、もしかしたら思いもよらぬことが私が眠っていた十一年で起こっている可能性だってあるし……極力関わりたくないし、隙だって見せたくない。

 ……はあ、前途多難だ。


 とにかく、私の封印を解いたのがルスエルたちだとしたら、きっとどこかに投獄されているはずだ。

 私とともに封印されていた、〝あいつ〟……黒龍が。


 人に出会わないように廊下の隅を走り抜けて、ひとまず地下牢に繋がる階段へ向かう。

 闇眷属の魔獣だなんて、人目に付かないところに投獄しているに違いない。

 きっと地下にいるはずだ!

 と、思った矢先のことだった。


「どちらへ行かれるんですか、ルーナ」

「へ……あ」


 ぴたりと止まって、真横を見るとそこにいたのは。


「るっ……⁉」


 ルスエルだ。

 心の中で思いっきり悲鳴を上げる。まさか、こんなところにいるとは思わなかった。


 腕組みをして、いかにも私がここを通るのを待っていましたとばかりに、悠々と壁に背をつけて立っている。

 正直まだ見慣れてないから、一瞬誰かわからなかったけど……。

 ど、どうしてここに⁉


「ここから先は地下牢ですが、何か御用ですか?」

「あ、えと……」


 目元を隠すようにして前髪を梳く。

 なんと答えよう……。


「み、道に迷っ……」

「おかしいですね。この城はこの十一年、改装もしていません。記憶力には自信があると昔言っていた気がするので、この城の中のことについては、すべて把握しているものかと思いましたが……」


 ルスエルが壁から背中を離して、私に向かって歩を進めてくる。

 思わず後退するように、右足を階段の一つ下に置く。


「思い違いだったみたいですね」


 見下ろすようにして、私に詰め寄る。

 その顔はにこやかなのに、どうしてだろう。


「今後はあなたの行動をサポートできるように、侍女でもつけましょう」


 眼差しが冷たい。

 ルスエルって、こんな顔する人だっけ……?


「そ、それは必要ありません。私はひとりが大好きですから!」


 また階段を一段下がる。

 だって侍女なんてつけられたら、この城から逃げ出す時にちょっと邪魔だ。


「そうでしたか?」

「は、はい」

「うーん。それなら、足枷に力を加えなければなりませんね」


 ルスエルが何を言っているのかわからず、目を見張ってしまう。

 そのまま後ろに下がろうとすれば。


「……っ⁉」


 背中側に足を踏み外しそうになった瞬間、腰を支えられる。


「大丈夫ですか、ルーナ」


 青く糸を引くような銀色の髪が、頭上で揺れる。

 冷汗を噴き出した見上げた先、ルスエルが心配している風に見えて、可笑しそうに口角を上げる。

 サファイアを埋め込んだような煌めいた目が、白銀の睫毛の下で私を見下ろしていた。

 正直、大きくなったルスエルは見慣れないから、赤の他人に助けられた気分だ。

 妙にドギマギしてしまう。


「あ、ありが……」


 お礼を言って離れようとすれば、腰に回った手に更に力が入った。


「ルーナ。わたしは、あなたの考えがわかりません」

「え……」

「どうしてそんなに……」


 黙り込んだルスエルに「る、ルスエル様……?」と困惑気味に訊ねれば、彼は少し眉を顰めたあとにっこりと微笑んだ。


「ルーナ。わたしは幼い頃、あなたにあらゆる場面で助けられました。だからいつか恩返ししたいと、これまでずっと考えていたのです」

「恩返し……?」

「はい」


 頷きながら、ルスエルは私の髪を耳にかけるようにして頬に触れた。


「色々考えた結果、ルーナには何不自由なく健やかに過ごしてもらいたい。そのためには安全が必要だと」


 な、なんだろう……この手は。

 というか、恩返しって響き、このルスエルにはとっても似合わない。

 だって、男主人公たちはルーナのこと死ぬほど嫌っていたんだから!

 視線を泳がせながら「ルスエル様……?」と訊ねれば、彼は静かに表情を消した。


「……わからない」

「……え?」


 ぼそりと呟いた彼に、首を傾げる。

 するとルスエルは私の腕を引いて、「行きましょう」と告げた。


「あ、行くって、どこに……?」

「部屋に戻って、枷を強化します」

「ど、どうして……?」

「それはあなたが!」


 振り返ったルスエルが、少し怒ったように声を張る。

 驚いて、肩をびくりと動かすと彼は「いえ」とまた前を向き直した。


「行きましょう」


 私の手を引くルスエルの背中が、全く知らない人に見える。

 原作を少し変えてしまったから、私が眠っている間に、何があったんだろうか。

 もしかして……私を殺すために既に結託してる……なんてことある?

 じゃなきゃ枷を強化する、だなんて言わないだろうし……。

 ああっ、もう!


「……っ」


 どこで失敗したんだろう……!





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