全ての事の経緯につきまして。





 私がこのベヌス帝国をいつか滅ぼす悪の魔法使い、ルーナ・オルドリッジだとわかったのは、十二歳の頃だった。

 孤児として明日を生きるのも必死で、路上で物乞いをしている時に、人間から酷い扱いを受けた。

 奴隷商人に引き渡され、競りにかけられそうになった時、思わず魔法を発動させたのだ。


 人々が私を中心に宙へ舞い、肌から血を垂れ流しながら許しを乞うその姿を眺めていれば、


 ぶわりと私の頭の中を前世の記憶が駆け巡った。


 そう、私はその昔。

 魔力など存在しない世界で生きていた、ただの一般的な女性だった。

 玩具会社に勤めていた私は日々仕事に追われていた。

 一息つけるのは通勤電車の中だけで、その時間に読む小説が至福の時だった。

 今月は何を読もうって思いながら、ダウンロードした一冊の電子小説。


 それが『黒龍に寵愛されし白女神は、千年の愛を誓う』だったのだ。


 ファンの間では、通称『白愛』と呼ばれているそれは、わかりやすく言えば恋愛ファンタジー小説だった。


 人間と魔法使いが一堂に会する世界観で、読みやすく今思えばワクワクする内容だったと思う。


 この世界での魔法の設定とても簡単で、いわゆる「風」「土」「水」「火」の四大元素で分けられている。


 そこに分類されない複合タイプとして「光」と「闇」が存在していて、私は言ってしまえば「闇」属性に振り分けられる魔法使いだった。


 この世界での複合タイプの属性については、珍しいもので生まれ持ってくる魔法使いは滅多に現れない。


 そんな謎設定があり、わかりやすく「光」に分けられるものはよいものとされ、「闇」とされるものはあまり縁起がいいものではないとされている。


 そのため、この世界では希少な「光」属性の魔法使いが現れたなら神聖的なものとして「白女神」。


 逆に「闇」属性の魔法使いが現れようものなら悪しきものの象徴として女性なら「黒魔女」男性ならば「黒魔法師」と呼ばれることになっている。


 そしてここでいう私は闇属性の「黒魔女」であり、白愛におけるヒロインは、千年に一度しか生まれないとされる光属性の「白女神」となるというわけだ。


 物語は、そんな白女神のヒロインだけが使える治癒魔法が軸になって進んでいく。


 光属性の魔法使いだけが使える治癒魔法は上手く使えば「不老不死」の薬とされ、ヒロインの力が手に入れば、永遠の命を得られる。

 そんな話を信じた小説の中のルーナは、彼女の魔力を欲しがった。

 しかしヒロインを含め、主人公たちの力は絶大で、なかなか手出しが出来ず。


 複数人の主人公たち相手では埒があかないと思ったルーナは、『この世界で最強の魔獣と手を組めば、彼らを簡単に殺して力を奪ってしまえるんじゃないか?』というアイデアを閃いたのだ。


 その魔獣が、まさにタイトルにも出てくる黒龍だ。


 この世界で最強の魔獣である黒龍はルーナが十八歳の頃に、封印される。


 だが、その十二年後、にルーナが封印を解き、共に手を組んだのち。


 帝国を壊滅の一歩手前まで導いていく。


 ……予定だったのだが、物語の終盤、ルーナと協力関係にあった黒龍が急に主人公側に寝返ることになる。

 理由は、黒龍が白女神の前世と恋に落ちていた魔獣だったからだ。


 好きな相手を殺すことは出来ないと、突如ルーナを裏切ってしまい、あっさり悪役は負けてしまう。


 もちろん、ヒロイン視点で読んでいた時はすかっとして凄く楽しかったし。


 帝国が壊滅寸前まで行って、主人公たちが命を落としかけていた時はハラハラもした。


 だけど結局は、ヒロインの光魔法が謎の覚醒を遂げ、皆があっという間に生き返り、悪を生敗してしまったし。


 一方、皆を一度は死まで追いやったルーナは、急に味方がいなくなったことで、彼らにこてんぱんにやられてしまって……。


 最終的には、殺されては蘇生され、また殺されては蘇生され……を繰り返し、ある意味死ぬことも叶わない「不死」を彷徨い続ける、残酷な結末を迎えるのだ。


 もちろんルーナ以外の、みんなはハッピーエンドを迎えて無事終了!

 ヒロインはイケメンの逆ハーレムを堪能しながら、永遠に幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし……って。

 これは、何度思い出しても。


「ルーナにとって……最低最悪なラストすぎる……」


 読者として読んでいた頃の、ハラハラしていた自分を殴ってやりたい。

 まさか当事者になるだなんて考えもしなかったんだから!

 それに、作中では圧倒的に強かったルーナだったけど……。

 どれだけ強かろうが、あんな主人公補正にかかったら、何の意味もない!

 仲間の裏切りに、悲しいまでの勧善懲悪展開!

 このまま小説通りに物語が進んだら、お先真っ暗は目に見えている。

 十二歳の私は、その事実を一瞬にして思い出してしまったのだ。


「はあ……頭が痛い」


 こめかみを押さえながら、私は自分で自分を封印してしまう前に、一体どんなことをしたのか。

 ひとつひとつゆっくりと思い出すことにした。

 といっても流し読みした程度だったから、細かいことは正直覚えてない。

 だけどとにかく、この世界が以前読んだことがある小説だからなんとなるだろう。

 と、自分の身に振りかかっている運命に気づいてから。

 私がまず、何をしたのかと言うと……。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る