どうせ殺される悪女なので、一〇〇年ほど眠るつもりが『無理矢理』起こされて主人公たちに一生付きまとわれている件。
あしなが
目が覚めたら、主人公たちに溺愛されていた件につきまして。
結論から言えば、大変まずいことになった。
「ルーナ! ああ、ルーナ! 本当に目が覚めたんですね⁉︎」
このタイミングで目を覚ますつもりなんて、これっぽっちもなかったのに。
「お待ちください、ルスエル様。そんなに揺らすと脳に支障をきたすかも知れません!」
これでは、私の計画した悠々自適の異世界ハッピーライフが永遠に叶わないじゃないの。
「んー? これ、聞こえてるー? おーい、るぅなー?」
もしかして、封印の魔法が甘かった? いやいや、そんな馬鹿なこと……。
だって私の知る先の話によれば、この世界での『ルーナ・オルドリッジ』は世紀の大魔法使いで、私にかけられた〝封印〟の呪縛を解くことが出来る唯一の人物だ。
それを、ルーナ以外の誰かが解くなんてことありえない。
「ルーナ! 聞こえていますか?」
……ありえないんだから。
「ルーナ! ああ、わたしはもう、あなたの手を一生、離しません」
でも……どうして私の封印の呪文を解かれているんだろう?
私の魔法は、私にしか解除できないっていう決まりじゃなかった……?
「あの……」
薄っすらと開いた瞼とやっと動いた私の口。
ようやく反応を示した私に、そこにいた銀髪の男と赤紫髪の男と金髪の男は一斉に口を引き結んだ。
ちかちかと輝く視界の中で、どこか見覚えのあるその人たちに、私はぐらりと頭を揺らす。
えっと……。
「あなたたち、誰……?」
「え……」
目の前の男は、彫刻のように美しく整った顔を歪ませる。
角度によっては青白く輝く銀色の髪の毛と海のように深い青色の目を、動揺したように揺らして、その眉間をぐっと寄せた。
「あっはは! ルスったら忘れられてやんの!」
「ソルフィナ様、それはわたしたちにも言えることでは……」
金髪の男がケラケラと笑って、赤紫髪の男が呆れたように溜息を吐く。
その瞬間、一気に部屋の温度が氷点下まで下がって、床が一面、ピキピキと音を立てて凍った。
きゅ、急に死ぬほど寒いんだけど……?
「うるさい」
私の身体を抱き上げていた彼が一段と低い声を出し、金髪を一喝するように睨んだ後、「ルーナ」と今一度、恋しそうに私の名前を呼んだ。
「本当に、わたしがわからないのですか?」
まるで懇願するように手を握られる。
星が輝くような銀色の髪に、青色の瞳。
そして、私の名前を切実に呼ぶ声と、乞い、慕うような眼差し。
『ルーナ……俺も、上手く魔法が使えるようになるだろうか……』
以前、似たような目を向ける少年がいたことを思い出し、私は一気に肝が冷えた気分になった。
「え……ま、まさか……ルス……?」
陰りが差していた表情が、光を灯したようにぱっと明るくなる。
その瞬間、私の嫌な予想が頭の中を過った。
まさかとは思うけど、この人って……。
「はい! あなたの愛弟子、ルスエル・グランディエです」
胸元に手を添えて優雅に微笑む、その男。
「…………」
いやいや、聞いてない。
確かに、原作には、外見に対して〝そういう〟描写はあったけど、イラストなどなかったから、容姿なんてあくまで想像だし。
あんなに死ぬほどショタ心をくすぐるように可愛かった男の子が、こんなに美しい男の子に育つなんて、本当の本当に聞いてないんだけど⁉︎
「う、うそでしょ……」
ずるりと、肩から服がずれ落ちそうになる。
そんな私の服を嬉しそうに整えながら、「ルーナ、肩が見えそうですよ」とか言う目の前の男。少々照れくさそうなその表情を見ながら青ざめてしまう。
だってこの男が、私の後ろをちょこちょことついて来ていた、あのルスエル・グランヴィエだなんて。
でも、ルスエルがいるということは……。
私は更に信じられない面持ちで、彼の後ろに立つ二人に目を向けた。
私のぼさぼさの前髪の隙間から見える、見目の良い彼らは勿論……。
もしかして、もしかしなくとも。
「それにしてもルーナの声がこうやって聞けるなんて夢のようだね。もう、いっそ永遠に耳元で鳴いてもらえるように縛り付けておくのはどうかな? そしたらもう二度と俺たちの前からいなくならないと思うんだけど。どうだろう、ユル。いい案じゃない?」
「ソルフィナ様の言い方はどうかと思いますけど、まあ、案自体は悪くないかも知れませんね。あんなことになるぐらいなら、一生縛り付けておく方がマシです」
淡々と、何かを言い合っている彼ら。
ごくりと固唾を呑んで、私は探るように尋ねた。
「あなたたちは……もしかして、ソルと……ユル……?」
「ああ、覚えててくれてたんだ? 嬉しいな」
ようやく存在に興味を示してくれた私に、金髪の彼は目尻を下げて、緩い笑みを見せる。
名前はソルフィナ・グランディエ。
「よかった。万が一、目が覚めなかったら、わたしたちの十一年が無駄になるところでした」
その横で、赤紫髪の毛を涼やかに揺らすのは彼の名はユル・グルーヴァー。
私は、この三人を良く知っている。
詳しく言えば、この三人の幼少期時代を誰よりも深く知っている。
って、いや。ちょっと待って……。
「じゅ、十一年……? いま、十一年って言った?」
「はい」
な、なんってこと! 十一年ですって⁉︎
真っ青になる私に、「おい、ユル」と怒ったのはルスエルだ。
「ルーナは封印が解かれてまだ脳が混乱しているんだ。それ以上、パニックになるようなことは言うな」
「確かに。目が覚めて、はい。ここは十一年後の世界です。って言われちゃ、そりゃ混乱するよねえ」
「配慮が足りませんでした。申し訳ございません。ルーナ様、お許しください」
緩い口調で告げたソルフィナに続いて、ユルがゆっくりと頭を下げた。
けれど、そういうことではない。
混乱しているからとか、パニックになったからとかで、青ざめているわけではなく。
〝計画が狂ったショック〟で、気が動転しているだけだ。
だって、嘘でしょ……。
なんで? どうして?
私は……わたしは!
「あと、八十九年は眠る予定だったのに⁉︎」
「「「八十九年?」」」
頭を抱えた私は、見事なまでに重なった三つの声にはっとした。
顔を上げると、訝し気なルスエルと、微笑んだままどこか仄暗い空気を纏っているソルフィナと、冷ややかな眼差しで私を見るユルがいる。
信じられないほど凍った空気を感じて、私はとにかく「あ、あはは!」と笑い飛ばした。
「って、思ってた気がした、けど……わ、わー、嬉しー。たった十一年で、目が覚めたんだー!」
すごーい。よかったー。などと棒読みで付け足した私を無言で見た後、「はあ」とこれ見よがしにソルフィナは溜息を吐いた。
「ほらー、俺の言った通りでしょ? 絶対〝わざと〟だったって」
「……信じられない。ルーナ様は何故そんなことを……」
ユルが口元を押さえて、不可解だとばかりに眉を顰めた。
そして。
「ルーナ」
両肩を痛いくらい、ぐっと掴まれる。
驚きながら目の前を見ると、ルスエルが怖いくらい冷めた目でこちらを見下ろしていた。
「もう二度と、わたしの前からいなくならないでください」
瞬きを繰り返しながら「え?」と首を傾げれば「ルーナ」と私の名前を再度呼んだ。
あまりにも真剣な眼差しに、どこか罪悪感を覚えて視線を外そうとすれば、思いっきり顎を掴まれた。
「約束してくれる?」
強引なくらい、強く上を向かされてしまう。
容赦のない手つきとは裏腹に口調は優しくて少しぞくっとする。
両頬を片手で掴まれてしまっているから私の顔はきっとブサイクだろうけど、そんなこと今はどうだってよかった。
私は真っ青のまま、こくこくと頷く。そうしないと。
今にも首を絞められそうだと思ったから。
ルスエルは私の迷いない頷きに、今度はぱっと明るく微笑んだ。
「よかった」
あまりに柔らかな笑み。
今し方感じた冷たさは、私の気のせいだったかもしれないと疑いたくなる。
「とにかく、今は十一年ぶりに目覚めたばかりなのですからゆっくり休んでください」
ルスエルが私から手を離し、気を利かせるようにして立ち上がった。
「確かにそれは言えてるね、じゃあまた後でね。ルーナ」
ソルフィナもまた、ひらひらと手を振り。
「失礼いたします、ルーナ様」
ユルは丁寧に頭を下げた。
「うん、ありがとう……」
こうしちゃいられない。
私は右手を振りながら、背中に隠した左手で魔法の調子を確認しようとする。
……けど、パチパチ、と左手の上で火花が散るだけで、魔力が発動しない。
え、嘘……? なんで……?
もしかして封印されている間に、私の魔力に何か……。
「あ、ルーナ。ひとつ言い忘れてましたが」
ルスエルがこちらを振り返る。
「あなたには、対魔力術を施した足枷をつけさせてもらっています」
「は……どうして……?」
「だって、あなたはこの帝国一の魔法師ではないですか」
にこやかなルスエルと、その傍に立つソルとユルの視線が、どうにも痛い。
「逃げ出されでもしたら、困るんですよ」
「……あ……はは、そんなこと誰が……」
するのよ、って言いたかったけど、三人の視線がどこをどう切り取っても冷たくて、私は言葉を呑み込むしかなかった。
「それではルーナ、おやすみなさい」
「おやすみー」
「おやすみなさいませ」
ルスエルが軽く微笑んで、ソルが手を振る。
そして、ユルが頭を下げる姿を眺めながら、私は笑顔を引き攣らせまいと必死だった。
「お、おやすみなさい……」
ばたん、と閉まる扉を見届けたあと、すぐにばっと布団を持ち上げて、自分の足元を確認する。
そうしたら、やっぱりついていた。
何やら重厚そうな足枷が。
「や……」
やられた……。
っていうか、その前に。
この展開は、何がどうなってるの?
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