とらの白書

石堂十愛

第1話 面接

私の名前はとらの。


私は今8回目の人生を生きている。5回目からは朧気な過去の人生の記憶がよぎるようになった。5回目に生まれ変わったとき、人の生まれ変わりの回数と人間性が見えるようになり、恐ろしかった。徳が高い人間はすぐにわかる。また、その人間の適性や、何のために生まれてきたかも。そう、私は信頼できる人間が一目でわかってしまうし、その人の所謂使命のようなものを導くこともできる。そして、何もかもがわかってしまう状況で人を信じずに生きる人生はすごく辛い。幼い頃から周りに信頼できる人が誰もいなければ余計である。5回目の人生はそんな環境だった。そんな時、5回目の生まれ変わりを生きていた頃、あの一族と出会った。その後、一族は私が生まれ変わる度に私を見つけ、私の能力で一族を手助けすることと引き換えに豊かな人生を約束してくれた。何度生まれ変わっても一族が衰退しない限り約束は守ると、それはここ3回の私の人生の中でしっかりと守られている。

 

 高須川雅は緊張していた。今日は最終面接の日なのである。今まで3回の面接を経て、やっと今日にたどり着いた。財閥出身の世界的にも有名な企業が経営する大手の最終面接である。職種はなんでも良かったが、とにかく安定した生活で家族を安心させたかったのが志望の理由だ。今日で本採用になるかどうかが決まる重要な日。普段緊張しない高須川も今日ばかりは緊張していた。しかも、最終面接の会場には残った300名が一同に介しているという異様さだ。さながらオーディション会場のような雰囲気で、まわりの誰もが「できる人」に見えてしまう。

「ねぇ。なんで集められたか知ってる?」

 3回の面接で常に鉢合わせ、仲良くなった杉崎芳がこっそりと聞いてくる。

「最終面接が終わったら、部門配置を決めるみたい」

 杉崎芳を一言で表すとしたら「明るく元気な人」である。飛び抜けて目を惹くわけではないが、清潔感があり、信頼できるのが一目でわかる。今まで周りにはいなかったタイプですぐに仲良くなった。

「不思議じゃない?300人全員がここいて、どうやって部署の適正なんて分かるんだろう。」

「皆さん、お集まり頂きましてありがとうございます。これから番号を呼ばれた方は不採用となりますので、ご退室ください」

 私と芳は顔を見合わせた。

「2番3番…4番5番…6番7番…9番10番…」

 番号は読み上げ続けられる。

「番号なんてあった?」

 皆、手元のカードを見ているので、ちゃんと番号が配布されているようだ。

「受付はしたけど、配布されてないよね?」

 会場にいた人数はどんどん減っていく。

「不採用多すぎない?」

「そもそも面接もしてないよね?」

 10までの間で残っていたのは1番と8番だけだった。300人がこのペースで減ったら、単純に60人しか残らない計算になる。

「私たちはなんかの手違いかな?」

 私と芳以外にもおそらく、カードを持っていない人がいる。

「たぶん何人かいる」

「見て、あそこの男子二人もたぶん持ってない」

 芳が指差した先には、背の高い男性が2人並んでいた。1人はいかにもエリートという雰囲気で整った顔立ち、もう1人はスポーツマンに多い豪快そうなタイプである」

「あの人もじゃない?」

 私が見つけたのも男性だ。こちらは一人で妖艶な雰囲気を醸し出している。

「あの子も」

 芳が指差した先には芸能人のように可愛らしい女の子がいた。

「とりあえず様子をみよう」

「298番…299番…300番」

 300人読み終えたようだ。ざっと見たところ会場には50人ほど残っているようである。

「それでは、手元に番号がない方は別室に移動してください。それ以外の番号を呼ばれていない方は採用となります。後日配属部署につあてはご連絡いたします」

「別室?」

「番号がない方はこちらにお願いします」

 私たちを入れて8名がカードがない対象の人物のようだ。先ほどの見つけた4人以外、モデルのような出立ちのクールな女性と、いかにも真面目で気弱そうな男性がいた。

 集めただけで、面接もしていない。番号を呼ばれて退室した人はさぞ不服だろうと思う。

「あの、面接はないんでしょうか?」

 受付に抗議している人が何名かいた。

「先ほどの会場で面接は終わりました。申し訳ありませんが今回は不採用となります」

 面接ではなく、面通しだったのか?とふと思った。

「そうです」

 誘導係の人が突然答えたので驚いた。

「面通しが終わりました」

「え?」

 無言で歩いていたカードのない8名の中で、私以外4人が声をあげた。

「誰も何も言ってないのに」

 と芳が耳打ちしてくる。

「こちらにお願いします」

 大きなテーブルがひとつある会議室に私たちは通され、4名ずつ向き合って座った。テーブルの上には多くの料理が並んでいる。

「今から向き合った方とお互いに面接をしてください。食事は召し上がって頂きながらで大丈夫です」

「え?」

 今度は全員が声を上げた。

「各自面接後、手元のシートにお相手の方が採用が不採用かをご記載下さい」

 手元には確かにシートが置いてある。最終選考でお互いの面接?

「お名前は?」

 先ほどの見つけたミステリアスな男性が向かえに座ったアイドルのような女性に話しかけた。

「高梨瑠美です。」

「僕は天辰蓮です。お互い採用でいいでしょう?今ここにいる時点であなたも僕もこの会社の人のお眼鏡にはある程度かなっている事になります」

「あ、はい。」

 女性は可愛いがどこか不幸そうな雰囲気を持ち合わせている。男性は魅力的だが性格に難ありという感じだ。そして、わたしから見て2人の相性はおそらくすこぶる悪い。2人はお互いに採用をチェックすると、控えていた人に手渡した。

「承りました。お食事もよろしければどうぞ」

「僕は帰ります。あなたは食べたさそうなので好きにしたらいいのでは?」

「え?」

 天辰蓮はすぐに扉をでて、高梨瑠美は萎縮したように席に戻った。

「あの…なぜこの会社を志望されたか聞いてもいいですか?」

 私は向かえに座ったモデルのような女性に尋ねた。

「お給料がいいし、生活が安定するから、あとつぶれる心配もなさそう。私は両親がいないので、家族の大黒柱でもあるんです。学校でも常にトップだったし、モデルのバイトでもある程度稼いではいますが、家族を養うまでは足りません。合格して、仕事に集中して、家族を養おうと思っています」

 素直で率直な回答だ。伸び代があり、優秀な人材にもなりそうである。

「採用にします。お名前を教えてもらっていいですか?」

「上条茜」

 私は採用を記載した。

「私はあなたを不採用にします。お名前は?」

「高須川雅です。ちなみになぜ不採用か理由を聞いても?」

「あなたはなんでもできる人でしょう?おそらく、この会食会場で行動の速さや、採用、不採用の選択によって配属部署が決まります。私が採用にしても不採用にしてもこの会社はあなたを雇うはずなので、不採用になったらどんな部署になるのか、興味があります。」

 私で実験をしないでほしいとは思うが、率直で的確である。おそらくカードがなかっただけでここにいる8人はすでに選ばれているのだと思う。

 私たちも係の人に紙を提出する。

「面接シートの記載が終わった人は食事するので席つめてもらっていいですか?」

 上条茜が声を出し、私はすでに退席した天辰蓮がいた席に、上条茜は真面目そうな男子を隣に追いやって席に着いた。

「高梨さん、食べましょう」

 私が声をかけると、1人では食べにくかったのか、恥ずかしそうに頷き3人で食事が始まった。

「私は杉崎芳です。不採用にしてもらっていいですか?わたし、あの人と同じ部署がいいの」

 芳はそう言うと私を指差した。

「え?」

 杉崎芳の言葉に面食らっているのは、いかにもエリートっぽい男性だ。

「いやいや、不採用にしたら本当に不採用かもしれませんよ?採用の方がどう考えても勝算は高いのでは?」

「勝ちも負けもありません。不採用にしてもらえますか?私も早く食事したい」

 男性は、杉崎芳に再度面食らったような顔をして、芳の希望通り不採用に丸をした。

「あなたはどちらがいいですか?」

「本来は希望制ではないですから、あなたが判断してください」

「ではお名前と自分のアピールポイントをお願いします」

「高野了です。性格は誠実です。生まれてから今まで成績はトップ以外とったことはありません。驕り高ぶらないようという両親の配慮で年に2回はお寺での長期修行に参加しています。また、海外留学も3カ国経験があり、5カ国語が話せます。どのような部署に配属されても仕事に誠実丁寧に取り組む自信があります。また、成果ももちろん出します。」

「では!採用で!」

 芳は元気に答えると、高野了の記載分までシートを取り上げて、2人分を係の人に提出した。自分アピールポイントを誠実だと言い切るひとがいるとは驚きである。

「私は雅の隣!」

 芳はそう言うと、豪快そうな男性を押し退け、席についた。

「本当に不採用になったらどうするの?」

 私は芳に尋ねた。

「茜さんが言うようにその確率は低い!」

 芳はニコニコしながらお肉を食べている。

 あと残っているのはいかにも真面目そうな男性と豪快そうな男子のペアだ。ここも相性が悪そうである。

「あの、僕は山崎尊といいます。」

 真面目そうな男性が最初に口を開いた。

「岸雄太郎です。趣味は筋トレです。」

 お見合いじゃあるまいし、受け答えがおかしいが、見た目通り豪快そうな男性である。

「岸さんはなぜこの会社を志望しましたか?」真面目そうな男性は、おそらく一通り面接らしいことをしようとしている。

「自宅から近い!資本が大きい!実力主義!この三点です」

 普通の面接だったら絶対に落ちている。

「ご自身のどのような個性を活かしてこの会社で何をしたいですか?」

「自分の体力と実直さを活かして御社に貢献します。御社で何か特定のことをしたいという個人的な想いはありません。配属された部署でベストをつくします。」

 一番しんどい部署でも安心して任せられそうである。

「ご自身を一言で表すと?」

「質実剛健です。」

 ぴったりである。

「では、合格にします。」

 真面目そうな男性は、唯一面接らしいことをしようとしたが、わりと早く切り上げた。おそらく質実剛健に全てを察したのだろう。

「山崎さんは、ご自身を一言で例えると?」

「軍師です」

 真面目で気が弱そうにそうに見えたのに、実はクセが強い人だったようだ。

「ガハハハハハ!」

 私はリアルでしかも自然にこの笑い方をする人を初めてみた。おそらく他の人も一緒だったのか皆が岸に視線を送った。

「軍師!それはいいですね!合格!」

これで茶番に近い面接が全て終わったことになる。

 

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