第170話 にじの向こう側へ 1

 フロア全体が光に包まれ、地を揺さぶるような轟音が鳴り響く。

 打ち出された砲撃は、堅牢なはずの壁を易々と貫きザナドゥの一角を吹き飛ばす。


 魔法の放出がようやく収まると、前方には外郭を大きくえぐられたザナドゥの惨状が広がっていた。


 そして俺の目の前には、床に膝を付いたギルの下半身だけがポツリと残る。


「うっ…………がぁ…………あ!」

 だが驚いたことに、上方からギルらしき男の声が聞こえる。

 見上げると、空中にギルの胸部から上が浮かんでいる。

 いや厳密には、下半身から細い雷光で繋がっているようだ。

 それでも右腕は無く、左上も上腕が辛うじて残っているといった状態だが。


「驚いたな、その状態で生きてるのかよ!」

「生き……て、いる……てよりは、命を繋いでる、てとこだが……半分雷化してたおか……げかね、もちろん、戦闘……不能、オレの負けだ、やはりお嬢……お前は、オレの見込んだ通りのタマだった……よ」

 そう息も絶え絶えに語るギルは、しかし白い歯を見せニッと笑う。


「イリス……王国に、伝えて……くれ、ギルヴァルト・アルティウスは……敗れたとな、ではお嬢……また、会おう……」

 ギルは完全に雷光化すると解放されている外郭部から外へと跳ぶ。

 光の筋は街並みの中に溶け込み見えなくなった。


「チッ! 逃げられたか! だがここから追うのは……」

《無理ですよ! もうやめてくださいねリュウ君! 私生きた心地がしなかったんですからぁ!! もう本当に死ぬかと思いました! 私達本当に生きてますよね? ねぇ??》

 戦闘中は邪魔にならないように極力喋らなかったのだろう。

 しかしそんなユーティアは、押さえていたものが溢れたように半泣きでまくしたてる。


「わかってるよ。ま、あの状態では当分戦えまい。今回はそれで良しとするか」


 ギルめ、いざという時こうして逃げられるようにこの場所を選んだのか?

 それともあるいは……


「ふぇえええん! ティア! リューちゃん! 無事でよかったよぉ〜! わたし役に立たなくてごめ〜ん!!」

「ってあぶなっ! 落ちるだろうがマリオン! 押すなコラ押すなって!!」

 跳んだギルを追ってフロア外側の端まで来ていた俺に、突然後ろからマリオンが泣きながら抱き付いてくる。

 しかしその勢いで俺は足を踏み外し落ちる寸前!

 今日一番死にそうになったではないか!!


 ということは、イリスはマリオンの拘束を解いたということか。

 どうやら約束は守られたようだ。


「ばかな……アルティウス様が……第二等位のエクシードが敗れた……だと?」

 当のイリスは崩れたザナドゥを眺めながら、唖然とした表情で唇を震わせている。


「で、どーすんだ? 次はお前がやるのか?」

「……いえ、今回の私の任務はシェルバーン様をここにお連れして、アルティウス様との謁見を見届けること。それ以上の手出しは越権行為となります。ただ……予定には無かったもので、シェルバーン様をお送りする行為もまた越権行為となってしまいます。ご足労いただいておいて恐縮なのですが、ここからご自分の足でお帰りいただきたく存じます。私はアルティウス様の指示通り、王国に報告に向かわせていただきますので失礼いたします」

 そう言い残すとイリスは風に溶け込むように姿を消した。


 なんというか、四角四面に服を着せたような女だな。

 まぁ俺も消耗しているし、連戦にならず助かったのも確かだが。


「それにしても、リューちゃんの最後の魔法の仕掛け凄かったね! わたしもすっかり騙されてたよ! 最初からこうなるのわかってたってこと?」

 ようやく俺から離れたマリオンが、涙を拭きながら聞いてくる。


「いや、正確に読めてはいないさ。ただ色々と妙なところはあっただろう? わざわざザナドゥに呼び出すのも不自然、これは大規模な戦闘に耐えられる場所を選んでのことだろう。それにイリスが武装していたりやたらと急かしていたのも怪しかった。俺が途中で逃げるのを警戒していたんだろう。だから俺は危険を察知して万が一のために準備してから赴いたんだよ。ただ……」


《ただ、なんですかリュウ君?》

 俺はユーティアの問いに、ギルが消えた方向を眺めながら答える。

「いや、俺がそれを不審がるのなんて、ギルのオッサンならわかっていただろうと思ってさ。これは俺の妄想だが、ギルは俺が感付いて逃げる道を用意していたような気がするんだよ。わざわざこの外壁の無いフロアを選んだのも、いざとなったら俺が自力で脱出できるようにとか考えてのことかもな。まぁこの高さだとちょっと厳しいが、低すぎてもあからさまだしな。とはいえ、ギルのオッサン亡き今真相は闇の中だが……」


《いえ、亡くなってませんから! ……多分》

 先程までテンパっていたユーティアも、どうやら律義にツッコミを入れる程度には調子が戻ったようだ。


 んで、結局俺達は自分達でザナドゥの一階まで降りると、入ってきた時と同じ門を抜けて帰路についた。

 途中衛兵は居たが、止められることすらなかった。


 というか兵士達は吹き飛んだザナドゥの対処で大混乱のようだ。

 なにせ王都の本拠地が大打撃を受けたのだ。

 皆一見部外者の俺達などに構っている場合ではないとばかりに右往左往していた。


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