第171話 にじの向こう側へ 2

「それにしてもどーしましょう! しっちゃかめっちゃかですよ大参事ですよ! 本当に私達どうなっちゃうんでしょう!?」

 ちなみにユーティアはザナドゥを出たあたりから延々と愚痴ってる。


 俺はもうなんか疲れたので帰りはユーティアに任せることにしたのだが、ユーティアは今更ながらに事の重大さにおののき始めたようだ。


《仕方ないだろう、俺は降りかかる火の粉を払ったまでよ。それにお前も戦闘の途中は応援してくれたじゃないか!》


「それはそれ、これはこれです! 私達これで大々的にお尋ね者ですよ! これからどうやって生きていけばいいんでしょうか? 頭が痛い話ですよもぉ~!」

「まったくじゃ、大変なことをしでかしてくれたようじゃなこわっぱときたら!」

「ってはわわっ! ミラ様!!」

 驚いたユーティアが兎のようにぴょんと飛ぶ。

 いつの間にか隣にミラージュが歩いていたのだ。


「わおっ! ミラちゃんなんでいるの?」

「そりゃザナドゥが盛大にぶっ飛んでるのが見えたからの。もしやと思い駆けつけてみれば、やはりこわっぱの仕業だったようじゃの」

 ミラージュは断片的な状況から、おおよその事態を察しているようだ。


「すす、すいませんミラ様! 私荷物をまとめたらすぐに出ていきますので!!」

「べつにかまわんよ。妾は王国の味方というわけでもない。誰に付くかは妾が決める。他に行く当てもないのじゃろう? とりあえずは今のまま生活を続けるがよい。ただ感謝するのじゃぞ? 天使のように心優しい大賢者ミラージュ・ルルリリア様にの! んなーはっはっはあ!!」


「わたしもわたしもー! 王国相手でも、ティアとリューちゃんを守るからね! 正義の魔法少女とは、親友を裏切らないものなのです! ねーポチ!!」


 なんつーか二人共に、驚くほど王国と対立することに抵抗が無いな。

 もっとも深く考えてないだけの気もするが。

 ま、ミラージュの頭脳は頼りになるしマリオンのお色気も手放し難くはあるのだが。


「そう……ですか、それはありがたいですが……リュウ君もう無茶はやめてくださいね、これ以上お二人のご迷惑にならないように。言っておきますけど、私がさっき使った魔法はもう使えませんからね」

 ユーティアはもう一度、胸元からネックレスを取り出す。


 俺を瀕死の状態から全快させた魔法具。

 本来シルバーだったはずの六芒星のトップは、今は黒く変色している。


《おおそれな! しっかしそんな便利なモンがあるなら先に言っておけよユーティア。知っていれば戦い方も変わってくるってもんだぜ》

 

「本当は使いたくなかったんですよ! これはとーっても高価なもので、院長もいざとなったら売って生活費に充てるためにと渡してくれたはずですよ! 無茶して戦うためじゃないんですから!」


《ほうそんなに高いのか? で、いくらぐらいで売れるんだ?》

「ほらそうやってすぐ売ろうとするから言いたくなかったんですよ! それに一度しか使えないんだから、今からじゃもう売れませんからね!」

 俺の下心を見透かしたユーティアがピシャリと言い放つ。


 しかしやはりか、黒ずんだこの魔法具の効果は失われているらしい。

 とはいえコレのおかげで助かったのだから、売っておけばよかったなどとは思わんけどね。


「今回は……さすがに途中からこれを使うことになるのではとは思ってました。ただあの激しい戦いの最中に私から言い出す余裕がなくて。だからあんなタイミングでリュウ君が私に代わってくれたのは結果的には幸運でしたし意外でした。私けっこうリュウ君に頼られてるってことなんですかね?」

 ユーティアはなんかそんなわけないでしょうけど、なニュアンスで聞いてくる。


《いや……ま、そうだな》

 たしかに、あの時俺が咄嗟にすがった相手はユーティアだった。


 俺の認識では限りなく頼れないはずのユーティアに、俺はあの時局面を託した。

 それは一見馬鹿げた判断だったが、それはただ闇雲な決断ではなかったはずだ。


 俺は……心の奥底ではユーティアを信頼してるってことなのか?

 ユーティアなら……母親なら自分を助けてくれるという心理が働いたとでもいうのか?


《そういえば……覚えているかユーティア? あの女――ローザに悪魔だと濡れ衣を着せられた時のことだ》


「えと、あの時のことがどうかしたんですか?」

《あの時のお前の選択……客観的には正しくはないのかもしれないし俺もそう思っていた。だがあの時お前は不利益を被ってでも俺の人権を尊重した。その事実があったからこそ、俺は真に心を許す側面があったのかもしれない。ユーティアという人間を認めたのかもしれない。そうでなければ俺はギルとの戦いの最中にお前を頼らず負けていたのかもな。ならば、あの選択は必ずしも間違いではなかったのかもと、今さらに思えてきたのさ》

 もっともあの時別の選択をしていれば今のような状況とはなっていないだろうが、それもたらればであろう。


「えへへ……それって、私けっこうリュウ君からお母さんとして認められてるってことですよね? ちょっと自信ついてきちゃいました! これからも仲良し親子でいましょうねリュウ君!!」

《なっ! そーいう意味じゃないから! ちょーしに乗るなよな!!》


 少し褒めたらすぐコレである。

 俺が母親と仲良くなど……ない……はずだ、たぶん。


 だが……母親という単語に以前ほどの嫌悪を感じなくなっているのも事実だろうか?


 そして思い起こされた。

 教会でユーティアが俺の名誉を守った時に感じたあの胸に渦巻く感情を。


 正体不明だったあの感情は、いつの間にかわりと身近なものとなっていた。

 その感情はまだ馴染めないものの、今は少しだけ温かく感じられる。


 そしてもし仮に母性愛なんてものが本当にあるのだとしたら……それを心地よく思える感情の正体がそれなのでは、などと思えてしまった。


 ……いや、どうかしてるな俺らしくもない。

 戦闘で助けられたからって、ユーティアに心を許しすぎだぜ?

 俺が家族愛だなんだと、分不相応極まれりさ。


「――ところでユティよ、よければ妾の変装術を使うかの? 他人になりすまして王国の追求をかわすことも可能じゃろうよ」

 ミラージュが、なんかちょっと含み笑いしながら俺達の顔を覗き込んでくる。


「本当ですかミラ様! ぜひぜひお願いします! これからは大人しく慎ましく生活しましょうねリュウ君! これで平和な日常が――」

 ミラージュの提案に飛びつくユーティアの口が止まる。


 いや、止めたのだが。

 もちろん俺が。


「じょーだんじゃない! コソコソと逃げ回るなんてまっぴらごめんだね! 向うから挑んでくるなら返り討ちにしてやるさ! それとも第二等位の次は第一等位エクシードを倒してやるかな? せっかくの才能に恵まれた人生なんだ! 活かさなきゃ損ってもんだぜユーティア!」

《だーからぁ! もっと別の方向で役立ててくださいよ! 人助けとか! 無茶したら今度こそ大変なことにぃ~!!》


 俺はユーティアの説得を振り切るように走る。

 ふと見上げると、空に虹が架かっていた。


 虹か……その向こう側へ行くことが不可能なことぐらい知っている。

 だが今の俺はそれを可能と思えてしまうぐらいに、自信に満ちていた。


 そして俺は虹に向かって拳を握りしめ、熱くたぎる情熱を高らかに謳うのだった。


「まぁ見てなって! やってやるさ! 世界征服をな!!」



 This is where the story concludes


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る