第169話 これも一つの結末 3

「やはりダメか……」

 想定はしていたものの、ここまで効かないとは。

 だが俺はさらに他の瓦礫の裏に逃げ込む。


「クッ……往生際が悪いぞお嬢!!」

 するとまたしてもギルは俺を追い「渦雷裂砕破からいれっさいは」で瓦礫を破壊する。

 今度はややウンザリ気味の様子で。


 やはりギルとしても、俺の姿が見えない状態で迂闊に瞬間移動は使えないか。

 俺が死角で待ち構えているかもしれないからな。

 だから正攻法で瓦礫ごと俺を粉砕する手に出ている。


 リスクを冒さず確実に仕留める。

 その戦闘スタイルは、まったくもって模範的だよ。

 一見豪快なようで、実に慎重な戦術を取る奴だ。

 しかしそれがギルの常勝無敗の戦績を築き上げたのだろう。


 だがもちろん、徐々に隠れることが可能な障害物が無くなってくる。

 俺も息が切れてきてまともに低位魔法すら放てなくなってきた。

 俺がジリ貧なのはもはや自明の理だが……


 だがふと、ギルが足を止める。


「――――――!!」

 まさか!


 ギルはハンマーで自分の足元の何もない床を打ち付ける。


「……なるほど、天井を落としたのはオレの攻撃を阻むためというより、不自然さを感じさせずにこのフロア内を移動するため……か。逃げ回るように見せかけて、床に巨大な魔法陣を描いていたなお嬢? 魔法陣を使えば長い詠唱が無くとも大魔法を使うことも可能というわけか。オレも今の今まですっかりと騙されたよ」

 ギルがハンマーを持ち上げる。

 すると割れた床から赤い光が蒸発するように吹き出し消えていった。


「だが、残念だったな。長年のキャリアで培ったオレの勘が、わずかな違和感を見落とさなかった。正直これは実力の差というよりは経験の差だ。この局面でこの機転、これは誇っていいぞお嬢!」

 それは本当に今この瞬間に気が付いたのだろう。

 ギルは肝を冷やしたとばかりに額の汗を拭う。


 だが見破られた!

 俺の奥の手が!!


「クッソ! もう少し……だったのに!!」

 そう、ギルの言う通りだ。

 俺が瓦礫の裏を逃げ回った一番の理由、それは密かに巨大魔法陣を完成させるのが目的だったのだ。

 そのサイズはこのフロア全体に及ぶほどに巨大。

 故に奴に悟られないよう魔法陣を描くためにカモフラージュする必要があった。


 それは柱を倒壊させ天井を崩落させた時から始まっていた。

 俺は着々と魔法陣を描き、完成まであと一歩、本当にあと一歩だったのだ!

 完成さえすれば特位魔法が発動し一発逆転で勝負はついたのに!!


 なのに……それすら見破られるのかこの男には。

 魔法陣は一部でも破壊されたら発動は不可能。

 俺が勝負を賭けた秘策が水の泡だ!


 ユーティアの魔法で傷は回復したが体力までは回復していない。

 そして必死で逃げ回った俺の体力は消耗しきっている。

 しかも幾度も瓦礫と共に吹き飛ばされたため、足を痛めもう満足に走ることすらできない。


 俺の負けは、客観的に見ても明らかだった。


「…………くっ、くそぉおおおおお!!!!」

 俺は絶叫し床に両膝をつく。


「なぜだ! なんでだよ! 俺がこんな奴に負けるはずないんだ! 俺がこの世界で一番強いんだよ! 最強なんだよ!! 嘘だ! こんなの嘘だ!!」

 俺は両拳で床を叩く。

 何度も、何度も!

 まるで怒りを吐き出すように。


「そうだ! 神だ! また神の奴が俺に意地悪をしてやがるんだ! 神め! どれだけ俺を貶めれば気が済むんだ! どれだけ俺から奪えば気が済むんだ! ふざけやがって! どこにいやがるんだ神め! 出てこい! ブッ殺してやる!!」

 そして俺は周囲の空気を拳でブンブン殴る。

 まるで憤怨を爆発させるように。


「ちくしょー! 俺は認めない! こんな結末は! こんな人生は! 今度こそ、成功を掴めると思ったのに! 他人に怯えず惨めな思いもせずに、新しい人生を謳歌できるはずだったのに! なんで、なんでこんなところでこんな惨めな最期を遂げなきゃいけないんだよ! あんまりだ! あんまりだぁああああ!!!」

 そして俺は地へと泣き崩れる。


 ユーティアは何も言わない。

 もう、どんな結末であっても俺に委ねるつもりなのだろう。

 マリオンとポチもイリスに身動きできないまでに縛られたまま。

 助けに入ることは不可能だ。


「…………バカめ、だから言っただろうが、お嬢じゃオレには勝てないと。なぜもっと早く気付けなかったんだ! なぜオレの言う事を信じてくれなかったんだ! オレだって、こんな結末は望んでないんだよ!」

 すでにギルの声から闘気は消えていた。

 もはや勝敗は決したと判断したのだろう。


 そしてゆっくりとこちらに歩いてくると、頭が半分砕けたハンマーを俺に突きつける。


「せめてもの情けだ、楽に死なせてやる。今なら一言だけ許そう。言い残したことはあるか?」

 ギルは感情の消えた声で淡々と告げる。

 いや、むしろ感情を押し殺しているように聞こえる。

 こいつは戦うのは好きでも、敵を殺すのは好きではないんだろう。


 しかし言い残したこと……か、ならここで聞いておくのも一興かもしれない。

 人というのは自分の死ぬ理由ぐらい知っておかなければ納得して死ねないものだろうから。


 俺はうずくまったまま、か細い声で絞り出した。

「…………なら、最期に一つだけ聞きたい。転写の魔法というのを知っているか?」


「転写の魔法……だと? あぁ、ある物に別の物の性質を与えることができる魔法、だったか? 昔の話だが、木剣に金属の強度を転写して使っているのを見たことがあるな。ただ持続時間が限られるため実践向きではないと説明された記憶があるが……」


「そう……か」

 聞くべきことは聞いた。

 俺は一人満足したようにそう返した。


「……そうかってお嬢、それが今聞きたいことなのか? お前の最期の言葉がそれで本当にいいのか?」

 ギルの言葉は戸惑いというより困惑の色を帯びている。

 そうか、どうやらこいつはまだ気付いていないようだ。


「ああ、いいんだ」

 俺は上体を起こす。


「ただ……勘違いしてるみたいだから正しておくと、この最期ってのは俺じゃなくお前の最期って意味だからな?」

 そう念を押しながら、ニヤリと笑みを浮かべてギルを見上げる。


 そしてその俺の手の平の上には、光の球体が浮かんでいた。


「なっ! なんだそれは!!!」

 ギルの顔が引きつる。

 その表情は、危機的というよりはもはや絶望的と形容すべきまでに歪む。


 さすがギルだ。

 この魔法の危険性が直感で理解できたらしい。


 サイズは直径約五センチと小型。

 だが光輝燦然こうきさんぜんたる青光と純黒の闇が超圧縮されうねるその球体は、この世ならざる禍々しいオーラを放つ。


「バカな! いつの間にそんなモノを!! 呪文の詠唱などなかっ――――はっ!!!!」


 そこでようやくギルは理解したようだ。

 俺の質問の意図を。


「まさ……か、転写して……いたのか? 先ほどの慷慨憤激こうがいふんげきの叫喚に! いやあの時の身振り手振りまでもか!!」


「クッ……クク」

 俺は込み上げてくる笑いを必死で堪える。

 いやなにせ、こんなにも思惑通りに事が運んだのだから。

 今すぐにでも万歳三唱したい気分だ。


 そうつまり、転ばぬ先の杖が役に立ったというわけだ。

 実は俺はここに来る前に転写の魔法で仕掛けをしておいた。

 俺が戦意喪失し、自暴自棄になったと見せかけるための台詞を用意し、そこに特位魔法のスペルを転写。

 そして一見ヤケクソの八つ当たりにしか見えない所作には印の工程を転写。


 つまり先程の俺の惨めで見苦しい所業の全ては、転写された魔法の詠唱だったというわけだ。

 そしてギルはそんな俺の猿芝居にまんまと騙されたのだ。


「いやぁ〜さすが天下のエクシード様だ! 俺のなっがい長~い呪文をアホ面下げてご静聴いただけるとは、余裕綽々よゆうしゃくしゃくですな? しかしおかげで完成したぞ? とびっきりのヤツがな!!」

「…………クッ!!」

 ギルはもはや俺の煽りに言い返す余裕すら無い。

 そりゃそうだ、もはや頭上のギロチンが落とされる直前とも言える状況なのだから。


「クソッ……がああああ!!!」

 それはまさに苦し紛れ。

 ギルの体が雷光を帯びる。

 だが――


「遅ぇよ!!」

 ギルの体が発光し始めてから跳ぶまでは約1.5秒が必要。

 しかし俺は0.1秒で魔法を解放できる。

 この至近距離なら逃がしはしない!!


  『 天 元 壊 闢 彗 星 砲クェーサスヴァルキュリア !!』

 

 本来交わるはずのない光と闇。

 その混合により生ずる爆発的なエネルギー。

 それを術式により前方に収束して放つ。


 ギルの体はその膨大なエネルギーの波に飲み込まれた。

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